第20話:とりだ!ドラゴンだ!ブリギットししょーだ!
マメーとゴラピーたちは薬草畑の柵にもたれかかって休憩していた。太陽も森の木々よりずいぶんと高い位置まで昇り、春らしいぽかぽか良い天気である。まるでピクニックでもしているようだ。
二羽のコマドリがチュリチュリ鳴いている。さっき卵取られちゃったんだけどー返してくれたのーとか話しているのだろうか。マメーはそんなことを思って笑みを浮かべた。
「ピキ〜?」
赤いゴラピーが空を見上げて首を傾げる。ゆらりと青い花が揺れた。
ゴラピーはぴょんと立ち上がって雲一つない空を見つめる。
「どうかした?」
マメーがそう問うが、返事はない。何か気になるのか黄色いゴラピーもぴょんと立ち上がって空を見つめ始めた。
「ピー!」
黄色いゴラピーが空の一点を指して鋭く鳴いた。
「ピキー!」
「ピー!」
彼らはわたわたと慌て始める。
「ピーピーピー!」
そしてマメーの茶色いローブの袖をひいて、急いで隠れようと言い始めた。
「なあになに?」
マメーは立ち上がって空を見上げた。ゴラピーを食べそうなタカなどの猛禽類や、あるいは遠くの空にドラゴンでも飛んでいるのだろうかと思ったが何も見えない。
見えない……なにもいない……本当だろうか?
ゴラピーたちは小さいからというのもあるだろうが、師匠も探せない魔力の実を見つけてきた。
コマドリの巣だって探し出したし、その中でも最も魔力の多い卵が分かるというのだ。
「まりょく……そうだ!」
マメーは瞳に魔力を込めるつもりでぎゅっと集中した。
彼女は別に〈視力強化〉や〈鷹の目〉といった魔術が使える訳ではない。だけど魔力による〈偽装〉や〈幻術〉なら、それだけで見破ることもあり得るのだ。
「うーんうーん……見えた!」
果たして空を飛んでいるものがいたのである。
「まじょだ!」
空を飛ぶ人間がいないわけではない。昨日きたルイスもグリフォンライダーであり、グリフォンに乗って空を飛ぶはずだ。
このあたりでまず見かけることはないが、天族や翼人種は背中に翼が生えた人型種族である。
高位の魔術師だって魔術で空を飛べる。
だけど箒に乗って空を飛ぶのは魔女しかいない。
空の色より深い青のローブととんがり帽子を着た人影が、箒に横座りに座っていた。
魔女の箒研修では、箒にはちゃんと跨って乗りなさいと指導されるので、それを守らない悪い魔女である。
「かくれなくてだいじょうぶだよ。マメーのしってるまじょさんだから」
マメーはゴラピーたちにそう告げる。
「ピキー?」
「ピー?」
彼らはホントに? とどこか不安なのか、マメーにひしっとくっついてきた。
「じゃー、ここにいるといいよ!」
マメーはゴラピーたちを抱え上げると、ローブのフードの中に隠す。
そして再び空を見上げると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手を振って叫んだ。
「おーい、おーい!」
空を飛ぶ魔女が下を向き、視線があったような気がした。
すると彼女は箒の柄の先端側を下に向け、空から落っこちてくるように高度を下げた。
「ひゃぁぁぁぁ」
と高い声で悲鳴が聞こえた気がする。
魔女はどんどん地面に近づいて、マメーの前のあたりの地面に落っこちる! っていう直前に、柄の先端をくいっと持ち上げて飛ぶ向きを変えた。
そして着地の音もさせず、綺麗に地面に降り立った。
「あらあら久しぶりね、森のおチビさん」
そう言った青いローブの彼女は非常に妖艶な女性であった。歳のころは二十代後半から三十代前半だろうか。
かかとの高い靴、濃い青のアイシャドウと濡れた真紅の口紅、闇を内包したかのような艶やかな黒髪。この森の中にあってはとても浮いていたが、彼女には非常に似合っていた。
「こんにちは、ブリギットししょー」
マメーはぴょこんとお辞儀した。
「ピキュ」
「ピュ」
その動きでゴラピーたちがぶつかったのか、フードの中でもぞもぞと小さな声で鳴いた。
ブリギットはマメーを見た時からローブの中に何かいると知覚していたが、子供が何か小動物やら綺麗な石やらお菓子やら服の中に隠すのは当然のことである。それについては特に追求などせず、別のことを口にした。
「アタシの〈隠行術〉を見破るとは大したものじゃない」
そう言ってマメーの緑色の髪を撫でる。
長く伸ばされた爪は虹色に輝いていた。
「わぁい、ブリギットししょーにほめられた」
マメーはぴこぴこと頭を左右に振る。
「さすがは最年少で新参者階梯の魔女になっただけのことはあるわねえ」
そう言って彼女は舞台の女優のように大仰な仕草でマメーに魔女の礼をとる。
「マメー・マジョリカ。偉大なる万象の魔女の弟子よ。魔女としての長き道を歩み始めたあなたに秘儀の神々のご加護があらんことを」
マメーはぴしりと気をつけの姿勢をとってその祝福の言葉を受けた。
「ありがとうございます、ブリギットししょー」
「全く。アタシのバカ弟子にも見習って欲しいものだわ」
ドサリ、と地面に倒れる音がした。倒れたのはオレンジ色のローブを着た、マメーよりは少し年上の少女である。
飛んでいるブリギットの腰にしがみついて一緒に来たのだが、ここで力尽きたようだ。
「ウニーちゃん!」
マメーは喜びの声をあげた。








