第17話:ししょーのほーせきもうれしいけど、ししょーのごはんもうれしいのです。
「こいつらからはずいぶんと良いものを頂いちまったからねえ」
「よいもの……あっ、きのうの花のみつ!」
マメーの言葉に師匠は頷いた。昨日の夜、ゴラピーたちは頭上に咲いた花から採取した蜜を師匠に渡していたのだ。あげたといえばそれしかないであろう。
ゴラピーたちはふふんと自慢げに胸をそらす。
「おいしかった?」
「おいしさの問題じゃないさね……」
大体おいしいジュースのお礼であったら、オパールなんかの宝石と釣り合うはずもないだろう。
卓の上をえっほえっほてちてちとゴラピーたちはオパールを掲げてマメーの前に運ぶ。
「ピキー!」
「ピー!」
ゴラピーたちはマメーにきらきら光る宝石を差し出した。
「えっと、くれるの?」
こくこくと彼らは頷く。
「これはあなたたちがししょーからもらったのよ?」
ぷるぷると彼らは首を横に振った。ちょんとマメーはオパールを摘み上げるように受け取る。
「えっと、おへやにかざるからみんなで見ようね」
「ピキー!」
「ピー!」
それで納得されたようだ。
彼らの話が終わるの待って師匠はゴラピーに問う。
「なあ、あんたたち。あの蜜がほぼ純粋な魔力溶液だって分かって渡したのかい?」
「ピキー?」
「ピー?」
「まりょくよーえきー?」
一人と二匹は揃って首を傾げる。
師匠は卓の上の瓶を手にした。
「魔力の源である魔素ってのは世界中に遍く存在する。空気の中にも、水や土の中にもね。ただ、それだけでは密度が薄すぎて普通はなんにもおきやしない」
マメーは、はいっ! と手を上げた。
「まじょやまじゅちゅちはそれをからだのなかにあつめてまりょくにして、それをほーしゅつしてまほーをつかいます!」
魔力や魔術師についての基礎となる知識だった。師匠は頷く。
「そうさね。それが基本だ。だが、人体じゃなく物質に魔力を貯められる方法もある」
「えーっと、あっ、はい! まりょくけっしょー!」
そう言いながらマメーは卓の上の宝石を指差した。師匠は頷き、そして瓶を手に取った。豪華で精緻な装飾と〈保存〉の魔法が付与された瓶にコップ一杯くらいの液体が込められている。
「そう、魔力結晶と言われる固体に魔力を込めたのと、魔力溶液と言われる液体に魔力を込めたやつだ。あたしが薬作るのにやってるだろ」
「まりょくぽーよん!」
「魔力ポーションな、ポーション」
「ぽーよん!」
ポーションとはもとは小分けにされた液体を意味する言葉であるが、魔術の込められた液状の薬を示す言葉として使われる。
魔力ポーションはその中でも魔術師や魔女たちの間で最も多く使われるものであり、使った魔力を回復する薬であるのだ。
「このゴラピーたちのくれた蜜は、今朝の明け方ごろに調べたが、魔力回復比率で言えば最高級の魔力ポーションに匹敵したってことさ。量こそ少なかったがね」
「つまり……どういうこと?」
「今こいつらが持っていったオパール、それも魔力結晶なんだがね。それよりも価値があったってことさ。だから別にあたしの気前が良くなった訳じゃないよ。なんならまだ足りないくらいだ」
魔女にとって宝石とはどれだけ魔力を蓄えられるかによってその価値が決まるのである。石の美しさや希少性などは二の次であった。師匠が宝石を広げていたのは、ゴラピーのくれた蜜の容量と手持ちの宝石の魔力量を比較していたのである。
マメーはばんざいしながらゴラピーに言った。
「ゴラピーすごいって!」
「ピキ〜」
「ピ〜」
彼らは再びふふんと胸をはった。師匠は溜息をつく。
「ほんと、あれ舐めたときは思わず『なんじゃそりゃあ!』って叫んじまったよ」
「えー、ききたかったなー」
「ふん、あんまりばばあを驚かすんじゃないよ。うっかりぽっくりいっちまったらどうすんのさ」
全くぽっくりいくようには思えない、かくしゃくとしたばばあであった。
師匠は宝石を無造作に袋にしまうと、どっこいしょと立ち上がる。
「ま、足りない分はマメーに美味い飯でも作ってやって払うとするかね。なんか食いたいのはあるかい?」
「なんでもいいの!?」
「材料がありゃあな」
「パンケーキ! ししょーのすごいパンケーキたべたい!」
マメーは椅子に座ったままぴょんぴょんとお尻を浮かせて言った。
「はいはい、すごいパンケーキな」
師匠は竈の方へ向かい、〈騒霊〉の魔術に2枚の分厚いパンケーキを焼かせ、自分はベリーを煮詰めて甘いソースにする。
そして〈虚空庫〉の魔術で保管しているアイスクリームをぽんとパンケーキの上に置いて、上からたっぷりとベリーのソースをかけてやったのだった。
ちなみにアイスクリームを作るには氷点下20度以下に温度を下げる必要がある。春にこの地でアイスクリームを食べるには、大規模な氷室を用意するか、魔術を使わねば作ることはできまい。王侯貴族や大商人、あるいは魔術師本人でなければ食べられない甘味である。
実際これはすごいパンケーキなのであった。
「わーい、ししょーのすごいパンケーキ!」
マメーは歓声を上げながらパンケーキを食べたのだった。








