第113話:ルイスまたねー!
ジョンの家を辞去すると、村の家々からはこちらをこっそり窺っているような気配がしたが、師匠がじろりと村を一瞥すると、それらは逃げるように消えた。
家の裏手、オースチンを繋いでいる丘の上に皆で向かう間に、ブリギットが口を開く。
「……お婆ちゃん」
「お婆ちゃんはやめな。何さね」
「お婆ちゃんの薬、パクられてたみたいだけど良いの?」
「おくすり、もってかれちゃったの?」
マメーも尋ねた。師匠は、ふーっとため息をひとつ。
「道義的に良いわきゃない。良いわけはないが……、まぁそんなもんさと思ってるし、どうでもいいっちゃどうでもいいのさね」
「どうでもいいって……その薬なんだったの?」
「治癒薬と万能薬の複合品さね」
ブリギットは天を仰いだ。ルイスも手で顔を覆った。それはどれだけの価値があるものなのだ。治癒薬は外傷を治し、万能薬は風邪や病気であればなんでも治すことのできるという魔女の薬である。万能薬は魔女の薬の中では比較的一般的なものであるとはいえ、金貨を積んで買い求めるようなものだ。
しかし師匠は肩をすくめて言った。
「もっとも、劣化とつくがね。いろんなものに効くよう混ぜている分効果は限定的だし、それに……」
「それに?」
「〈虚空庫〉にでもいれてるんじゃなきゃ、そう何年も長持ちするってもんでもないからね。売るにしても難しいだろうさ」
実際、あの薬は真っ当に買い手がつけば大金が稼げるだろう。だが、行商人に高く買い取ってもらったり、市で高く売れるようなものではない。
なぜなら薬というものの常であるが、見た目はただの黒い粒である。あれを見て魔女の製薬の大家であるグラニッピナの薬だとは誰にもわからないのだ。
もちろん〈鑑定〉の魔術を使えば、薬の作製者も効果もわかるだろう。だが、〈鑑定〉という知識系魔術でも高難度の魔術を使える魔術師などそうそういるものではない。それなりに大きな街に行かねばならないし、その鑑定にかかる費用だってばかにならない。
そのようなことを師匠は話し、マメーやウニーはへー、と聞いていた。
「ピグルゥゥ」
話しているうちにグリフィンのオースチンの繋いでいるところに着いた。
オースチンはルイスに頭を擦り付けるように甘える仕草を見せると、マメーに頭を寄せてカチカチと嘴を鳴らした。
隣にいたウニーが思わずのけぞる。馬の大きさの獅子、その頭が鷲になっているのである。嘴は鋭く、マメーやウニーの身体に簡単に穴を開けられるであろう。
「だいじょーぶだよ、ウニーちゃん。オースチンやさしーから」
「う、うん」
「オースチン、なあに?」
とマメーが尋ねると、マメーのフードから肩の上へ、ゴラピーたちがよちよち這い出してきた。
「あいさつするの?」
「ピキー!」
「ピッ」
「ピュー」
お別れなのである。黄色いのと青いのはマメーの肩の上でオースチンに手を振ったが、赤いゴラピーはぴょんとマメーの肩からオースチンの嘴の上に飛び乗った。
オースチンはぶんと首を振り上げ、ゴラピーを頭の上にのせる。
「ピキー!」
赤いのはオースチンの頭の上でわあいと鳴いた。彼は以前オースチンから羽根も貰っていたようだし、ずいぶん仲良しなようである。
「おや、赤いゴラピー殿は王都に来てくださいますか?」
「ピキッ!?」
ルイスがおどけたように言えば、赤いのは慌てて頭の上からぴょんと飛び降りて、マメーの胸元にぽすんと着地した。
「えへへー」
マメーは赤いのを抱きしめて笑う。皆もその様子に笑みを浮かべた。
ルイスは師匠の前に立ち、礼を述べた。
「それでは、グラニッピナ師。今回の件、改めて王国より感謝を。それとこちらがお送りしたにもかかわらず食事など頂いてしまいました。ありがとうございます」
「構わんよ。マメーたちもあんたにゃ懐いてるようだしね。また来な」
「はい」
そしてルイスは皆を見渡す。
「ブリギット師、マメー、ウニー、ゴラピーたち。あなたたちにも感謝を」
森の庵でもやったが、もう一度マメーやウニーと握手を交わし、そしてゴラピーたちにも指を握らせた。
最後にウニーとマメーが言う。
「ルナ王女に、魔術の勉強と運動頑張ってねと」
「ん、それとルナちゃんにゴラピーよろしくねって」
マメーはルナ殿下のために小麦色のゴラピーを作り、預けているのだ。
ルイスは胸に手を当てて、拝命された時のように二人の小さな魔女に恭しく頭を下げた。
「二人の言葉を必ずや殿下にお伝えしましょう。マメーにはルナ殿下よりゴラピーについての質問などあるやもしれません。その時はまた来ますのでご助言お願いします」
「わかった!」
そしてルイスはオースチンに飛び乗ると、サポロニアンの方角に向けて飛び立って行った。
マメーとウニーとゴラピーたちは、彼らが空の彼方に見えなくなるまで手を振って、そうして森の小屋へと戻ったのだった。








