第11話:マメーはししょーのでしで、ししょーのでしじゃないマメーはいないのです。
「魔女ってのは魔術師なんかよりずっと数が少ないけどね。魔力の扱いには長けているのさ」
師匠はそこまで言ってにやりと笑みを浮かべた。
「マメーだってこんなところで婆の弟子なんかになっとらんで魔術師になりゃ、ずっと儲かるしちやほやされるよ?」
マメーはぷるぷると首を横に振った。
「どしてそういうこというの。マメーはししょーのでし!」
「ピキーピキー!!」
「ピーピー!!」
ゴラピーたちも不平をあらわにする。
「ふん、そうかい悪かったねえ。あんたはあたしの弟子だ」
「ん」
マメーは満足そうに頷くと、再びお茶を口にした。
くくく、とルイスの抑えきれない笑みが響く。
「なぁに笑ってんのさ」
「いや、失礼。仲がよろしいなと」
けほん、と咳払いを一つし、ルイスは頭を下げた。
「グラニッピナ師、調薬の依頼をさせていただきたい」
ふむ、と師匠は唇を歪めるように笑った。
「ルイス・ナイアント、銀翼獅子騎士団、副団長ともあろうものが直々にこんな辺鄙な婆のあばら屋に買い物に来るとはよほどのことかい?」
「ふくだんちょー」
「ご存じなので?」
ルイスは驚きを顔に浮かべる。師匠は首を横に振って、枯れ枝のような指を胸に向けた。
「あたしゃあの辺の国がエッゾニアだった頃までしか知らんがね。紋章のその紋様は副団長にしか使えないのを覚えていただけだよ」
ルイスは顔には見せないものの内心では驚愕していた。その言葉が真であるとすれば、少なくともこの老婆は優に百年以上は生きているということになる。
「なるほど、ご慧眼で。ただ、私が参ったのはこの迷いの森を一人で抜けられる腕前の者が少ないというのもありますが」
魔女グラニッピナは大勢で押しかけられるのを好まぬという話も聞いていた。それ故にルイスは一人でここまでやってきたのだ。
気難しい魔女の機嫌を損ねぬように。断られる可能性を少しでも減らすために。
ふん、と鼻を鳴らして師匠は先を促す。
「それで? あたしに何をさせようってんだい?」
「は、これは内密の話にしていただきたいのですが、我が国の姫、ルナ王女殿下が病を発症されました。それを王宮の医師や薬師、魔術師に診せましたところ彼らの手には負えぬということで、これは高名なグラニッピナ師にお縋りするしかと」
師匠は手をひらひらとさせる。
「おべっかは結構だよ。まあ言いたいことはわかった」
「お受けいただけますでしょうか?」
「それに答える前に一つ聞きたいんだがねぇ。あんたの国の医師やらに診せてってことはそれなりに時間がかかっているはずだ。その何とかって姫さんの病気、すぐに死ぬようなものではないね?」
「……はい」
ルイスの顔に苦渋が浮かんだ。実際に命に別状があるわけではない。ただ、これを肯定してしまうとルナ王女の病気を見てもらえなくなるのではないかという不安からだ。
マメーもなんとなくその雰囲気から察するものがあったのか師匠に尋ねた。
「おひめさまたすけてあげないの?」
「ピキー?」
「ピー?」
ゴラピーたちも卓の上をてこてこ駆けて、師匠の袖のはしっこを掴むと、上目遣いに問いかけるような視線を送った。
ルイスは思う。いいぞもっとやれと。この魔女、気難しいと言われているが弟子たちにはだいぶ甘いと見た。
師匠はごほんと咳払いを一つ。
「いや? そういう訳でもないがね。だがまあ、ちょいとばかし間の悪いことにあたしも今、薬を作っている途中だからね。希少な素材をふんだんに使ってるそいつを放り投げてって訳にもいかないのさ」
「つまりその後なら受けていただけると」
国王からは直ちに薬を貰うか招聘せよと言われているし、金で解決できるならとかなりの金も預かっている。
だがここでそれを出せば機嫌を損ねるだろうとルイスは感じた。
「あんたの姫さんはそれで問題ないのかい? 一月も待たせるようなことにゃならんと思うが。で、なんて病気、あるいは症状なんだい」
「ルナ王女殿下のご病気はですね……」
ルイスは言い淀んだ。
「頭から角が生えているんです」
「つの?」
マメーは首を緩く傾げた。
「鹿の」
「しかさんかわいい!」
「ピキー!」
「ピー!」
マメーはばんざいした。ゴラピーたちもそれにならって両手をあげる。
「これ、困っているんだから喜んじゃいけないよ」
師匠が窘めれば、マメーは素直にルイスに頭を下げた。
「あい、ごめんなさい」
「ピキー」
「ピー」
ルイスは頷きそれを許す。
「いえ、ルナ王女殿下も御歳九つ。確かに我々から見ても可愛らしい。ですが、王女殿下がそれでは表にも出られないのもまた事実なのです」
「そいつが病だか呪いだかは会ってもいないんだし分からんけどね。どちらにせよそれら獣化の進行を抑える薬なら取り置きがある。ルイス、あんたそれを持っていきな。んでまた来ると良い」
師匠はそう提案した。
ルイスは感謝して、薬を大事そうに受け取って小屋を後にしたのだった。








