涼 と ディア と 休憩と
4番の逸般人お姉さんがかなりの速度でゴールしたので、まだDブロックの他の試合は終わっていない。
そんなワケで、みんなが意識を自分がメインに注視するモニタに戻す。
「あー……21番さん。初心者は初心者なんですけど、かなり動けてますねこれ」
「プロフィール見ると本当に初めての探索のようですが――恐らく座学を、自分に置き換えてリアルに習得できたんでしょうね」
「これは十分イケてますね。卒業で良い気がします」
そんなわけで、21番は名誉の逮捕となった為、対戦相手の9番が勝ち上がった。
「残ってる5番さんvs17番さんは、一番この番組で見たかったバトルですね」
「おお。どちらも本当に初心者ザ初心者って感じだ☆」
:安心感すらある初心者バトル
:多くの試合がこうなる予定ではなかったのか
:ちょっと津田マテ~!人狼大杉な~い?
「お、17番さん。ジェルラビに対して背後から仕掛けたのはポイント高いですね」
「自分のスタイル関係なく、ソロならサプライズアタックは基本になりますからね」
「基本がソロの涼ちゃんが言うと説得力が違うね☆」
「不意を突き、意表を突いて、一撃必殺。ソロでやる時は自分のバトルスタイルにかかわらず、これを意識した方が生き延びやすいです。一撃で倒しきれずとも、片目とか片腕とか、生物に備わってる各種センサーや肉体機能を可能な限り減らしたいところですよね」
:さすが暗殺者スタイルの探索者よ
:でも大事
:生き延びるならモンスター可哀想とか言ってらんないもんな
:それを語る暗殺者がモンスター眠らせて寝顔堪能する趣味持ちなんだよなぁ
:あるいは部位破損を控えて解体して食料にしたりな?
「寝顔コレクションにしろ、ダンジョン食材にしろ、自分の力量をベースに可能な範囲でやってるコトですから。
いくらボクでも、対等な相手や格上相手に、無理して狙ったりしませんよ?」
「ドレイクやマザーグース食べた人がそれ言う~?」
「言いますよ。あれらは無事に倒せた結果、解体する余裕があったから頂いただけです」
:茶化しに強い
:相手が格上だろうがなんだろうが実力あってこその趣味だもんな
「とか言ってる間に17番さんが先にゴールしましたね。
どっちも逮捕の対象にはなってないので、通常ルールによる勝敗判定で、17番さんの勝利です。おめでとうございます!」
津田の勝利コールによって、Dブロックの試合も全て終了だ。
「これにて一回戦の全試合終了となります」
:いやぁ一回戦から濃かった
:大丈夫?このあともっと濃くなれる?
リプレイなどによる確認も大丈夫だということで、ここで一度区切るように、津田が切り出す。
「みなさん、ここまででどうでした?」
「いやー……面白いんですけど、面白いんですけどね」
奥歯にモノが挟まったようなグレイ。
それにサラサも苦笑した。
「いやー、さっきも話題になったけど人狼多過ぎない?」
:それな笑
:マジそれすぎて草
「さっきも言いましたけど、自分もこんな人狼いるなんて思ってなかったんですよ」
津田もさすがに苦笑気味だ。
:抽選したスタッフが雑だったのか応募に人狼が多かったのか
:自己申告だから誰でも応募できたワケだしなぁw
「無責任に楽しめる立場としてはめっちゃ楽しいです。あと、基本的に逮捕するかどうかの話題になると、褒めばっかりになるのもいいですよね」
「ルール上、動ける人を逮捕するワケですから。上手い動きをするかどうかだと、そうなりますよね」
逆にディグと涼は楽しそうにしている。
「それに今回参加して頂いて――現時点でちゃんと初心者だった人で逮捕による卒業になった人は、これからも精進してもらったり、適切な人に指導して貰えば、かなり動けるようになるんじゃないかと思いますしね」
:こっちの二人は楽しそうだ
:涼ちゃんが硬くならず楽しめてるようで何よりw
「もちろん、まだ残っている初心者すぎる方たちも、放送中あるいは放送後に成長する可能性がありうるので、それも楽しみです」
「公式的な配信に馴れてへん言う涼ちゃんが一番ちゃんとコメントしてるですやん」
「いやー……確かに」
「最初はガチガチだったけど、今はちゃんとできてるからさすが涼ちゃんだよねー☆」
「台本があってないようなののが幸いしてますね。最初から最後まで台本通りみたいなのだったら、ここまで喋れてませんよ」
:まぁ涼ちゃんは棒だろうしなw
:安定の台本棒
「さて、一度キリが良いのでここで休憩タイムとしましょう。
パネラーも視聴者も少し疲れてると思いますので、ここから15分ほど休憩となります。みんなトイレとか飲み物の補充とかどうぞ」
:休憩助かる
:濃かった上に長丁場だったからな
「ではまた15分後に~!」
津田のその言葉のあと、数秒後――
「ハイ、OKでーす! 一旦休憩入りまーす!」
スタッフの声と同時に、涼たちパネラーも小さく息を吐くのだった。
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「んー……一旦ここまでかー」
事務所で初心者すぎる大会を視聴していた大角ディアは大きく伸びをする。
すると、横で見ていた剣名ツボミも伸びをしながら笑う。
「まさかリンが参加してるとは思わなかったよ」
「ほんとだよねぇ。あまりにも色々お粗末だったけど。
ダンジョンに入ったコトのない初心者がスキル使っちゃダメだよねぇ」
ディアのツッコミに、ツボミも同意だ。
「それ! あれは探索中に習得するモノじゃんね」
一つでもスキルを持っている時点で、参加条件でである『一度もダンジョン探索したコトない人』という条件を満たしていないことの自白となってしまう。
「まぁでも。とんでもない人狼が紛れてたし、どっちにしろ途中で脱落してたんじゃないかな。リンは」
「え? そんな人いたの?」
「いたいた。誰とは言わないけど。別箱の子」
「生き残ってる?」
「生き残ってるよ。上手いこと擬態できてる。涼ちゃんとも顔見知りのはずなのに、涼ちゃんは気づいてなさそうだし」
「マジ? そんな人、混ざってたの?」
「マジマジのマジ。たぶん、直接的な関わりはなくとも、名前を聞けばツボミも分かると思うよ」
そう言ってから、ディアは手元にあった缶コーヒーの残りを一気に飲み干して立ち上がる。
「面白かったけど後半はアーカイブかなぁ」
「あれ? このあと、予定あるの?」
「あるから事務所に顔出してたんだよねぇ」
椅子から立ち上がり、傍らに置いてあったカバンを手に取った。
「収録?」
「夜に配信で料理するからね。第三でその下準備」
「わざわざ第三? 事務所の隣に第一あるじゃん?」
「あるけど、第一は広すぎるからねぇ……今回は完全な個人配信だし。大人数のゲストもいないから第三で十分」
「それってワタシらが乱入していいやつ?」
「いいけど、今日はカママが完全オフだよ? 探索にも行ってないらしいし」
「そっか……それだと呼び立てるのもなぁ……」
「一応カママに聞いてみたら? あとリンにも。大会の閉会式あとからでも間に合うと思うし」
「あれってどこで収録してるんだ?」
「確か、西東京の方だったと思うから。番組の終了予定時間からなら、間に合うんじゃないかな」
「じゃあ、二人に連絡しとこっと」
言いながらツボミも椅子から立ち上がる。
「トイレ行くから、途中まで一緒しよ」
「おっけー」
二人で連れ立って歩き出し、トイレと玄関とで道が分かれるところで――
「……ッ?」
「ツボミ?」
急にツボミが足を止めた。
それもただ足を止めたわけではなく、まるでダンジョンにいるかのような表情で、だ。
ディアが訝しんでいると、ツボミは大きく息を吐いた。
「いや、なんだろう……ごめん。
どう考えても気のせいだと思うんだけど、なんかモンスターの気配がした気がして」
「事務所で? 近くにダンジョンもない場所だよ。ここ」
「だよね。昨日の配信中、奇襲してくるモンスターの多いエリアに迷い込んじゃったからさ。その時の感覚が落ち着いてないのかな?」
「あるある。本当にやばいピンチに遭遇すると、ダンジョン出たあとも微妙に感覚引きずっちゃうよね」
実際、ディアも色々心当たりがあるのだ。
「すぐ近くの第三にいるから。本当に困ったりなんなりがあったらすぐ連絡してよ」
「ありがと。ま、杞憂だよ。杞憂。ただの錯覚だと思うしね」
そうして、ツボミと別れて、ディアは事務所から出た。
徒歩で十分くらいのところに、ルベライトスタジオの面々が第三と呼んでいる収録スタジオがあるのだ。
その道中で、ディアはスマホを取り出すと、メッセージアプリのLinkerを起動する。
どうにもツボミの反応が気になるのだ。
気のせいでもなんでもなく、探索者としての経験から来るカンによる動き。あるいは条件反射。
ツボミのさっきの動きはまさにそれに見えたのだ。
涼や、ディアの姉、香ならいざしらず、現実でああいう反応と動きができる人というのはそういないはず。
なのに、あの一瞬だけは一般人ツボミではなく、ダンジョン内探索中の探索者ツボミの顔に見えたのは、ディアの錯覚ではなかったように思える。
万が一の僅かな可能性。それがどうにも気になるのだ。
「ただの杞憂でも、料理をごちそうすれば笑って許してくれるよね」
そう独りごちると、涼をIDを呼び出してメッセージを入力していく。
幸いにして、昨日の配信でピヨヨバードという鳥モンスターを獲ってきているのだ。
これほど誘因力の高いものはないだろう。
「……あ。でも涼ちゃんに直接送ると、生配信に支障でそうだな」
気もそぞろにさせてしまう気がする。
なので、書いた文章を送信する前に切り取って、別のIDを呼び出しそっちに貼り付ける。
「……モカP宛てにしておこう」
>今日はピヨヨバードって鳥モンスターを料理する配信をするんだ
二人とも配信後のスタッフと一緒にする試食に参加しない?
メッセージの送信完了を確認すると、ディアは再び歩き出す。
「~♪」
涼と会えるのがうれしいのか、それとも鳥モンスターを料理するのが楽しみなのか。
自分でもよく分からないが、悪くない気分のままに歩くと、鼻歌交じりに第三へと入っていくのだった。
【Idle Talk】
第一、第三などとスタジオを呼んでいるものの、実はルベライト・スタジオ社の自前のモノではない。
運営会社と提携しているので、使用の優先権はあるものの、占有はしてないので、別の人が使っていて使用できないこともままある。
一応、第二と呼ばれるスタジオが事務所内にある。
ただ狭めで、調理できるスペースはないので、ディアはあまり使っていない。
最近のルベライトの業績も良くなっており、界隈全体が他の箱とのコラボする機会を増やしている。それもあって第一や第三を別箱の人と共に使うことも多い。
元々は前述の通り別箱の人たちも使っている場所ではあったのだが、コラボが増えルベライト勢が第一だの第三だの呼ぶので、なんだか同系ストリーマーの間で、この呼称が一般化され浸透している様子。
元々はルベライト内のみでの通称だったのに大きくなったものである。




