娘と画家と六月
※娘視点です。
「お父さん、お母さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
夕食の後での家族の団欒の場。そこで私は切り出した。
「なあに? ルイーゼ」
4歳になる弟を膝の上であやしながら、母がこちらに顔を向ける。
父も話の続きを促すように、私に視線を合わせる。
「うん……実はね、いつも行く公園で気になる子がいるんだけど、どうやって仲良くなったら良いのかわからないの」
「そんなの簡単だよ」
母が笑う。
「その子に似顔絵を贈ればいいの。ルイーゼはお父さんに似て絵がすごーく上手だから、きっと相手の子も喜んでくれるし、仲良くなるきっかけにもなるでしょ? 何を隠そう、お父さんとお母さんが結婚するきっかけだって似顔絵が元だったんだから」
おや、父と母にそんな過去があったとは。
もっと詳しく……と身を乗り出した時、父が口を挟んできた。
「ちょっと待ってくれ、ルイーゼ。その仲良くなりたい子というのは、あれだ……まさか男の子なのか?」
「うん。そうだけど」
「俺は反対だ!」
即答した父。珍しく声を荒げている。どうしたんだろう。似顔絵がそんなに悪い事なのかな?
「もしも似顔絵がきっかけで仲良くなって、いずれは結婚……なんて事になったらどうするんだ!」
「エルンストってば、わたしたちがそうだったからって思考が飛躍しすぎ。それにルイーゼだってもう13歳なんだから、好きな子の一人や二人、なんだったら三人や四人いたっておかしくないでしょ?」
「そんなに何人もいてたまるか」
「でも、わたしがエルンストに初めて出会った時だって14歳だったんですよ?」
な、なんてことだ。そんな早くから父と母は出会っていて、似顔絵が元で結婚までしたのか。初耳だ。
「あ、あれは、君がまさか年齢を誤魔化していたとは思わなかったから……!」
それも初耳だ。一体父と母の過去にどんな事情があったんだろう。そのあたりをもっと詳しく……と思ったところで、父がテーブルを握りこぶしで軽く叩く。強く叩かないのは、弟を驚かさないようにとの配慮だろう。
「とにかく俺は反対だ!」
「もう、頑固なんだから。そんな事言ってたら、明日からエルンストの似顔絵を描くのをやめますよ? ねールイーゼ?」
「うっ……」
父が言葉を詰まらせる。
私と母は毎日父の似顔絵を描いている。それを父は毎日の何よりの楽しみにしているらしい。母は残酷にもそれを取り辞めようというのだ。
暫くの間無言で俯く父、テーブルに肘を付き、両手を額のあたりで組んでいるために影が落ちて表情は見えない。
母を見るも、知らん顔で弟と遊んでいる。
お父さん、ちょっとかわいそう……。
なんて思った直後、父が
「わかった」
と、しわがれた声を発した。絞り出すように。
「似顔絵を描く事を許可しよう」
「ほんとに!? いいの!?」
あんなに反対していたのに。
「だからこれからも俺の似顔絵も描き続けてくれないか。頼む」
父にとっては日々の楽しみのほうが重要だったみたいだ。恐るべし似顔絵の威力。
「わあ、お許しが出たよ。よかったね。ルイーゼ」
母がまるで自分の事のように喜んでいる。その隣で複雑な顔をしている父。やっぱりちょっとかわいそう。
でも、似顔絵を描く許可がでたのは嬉しい。明日は思い切ってあの子に声を掛けよう。公園に行くときはスケッチブックを忘れないようにしなきゃ。
そう思いながら席を立つ。
「そろそろ寝るね。お父さん、お母さん、おやすみなさい」
「あれ? もう寝るの?」
「うん。明日の準備をするから」
父の顔が一段と暗くなった。
この後、何が起こるのかわかっている。拗ねた父を慰めるための母とのいちゃいちゃタイムが始まるのだ。
「もう、エルンストってば、機嫌を直してよ。ルイーゼだけじゃなくてわたしだっているでしょ?」
「だが、ルイーゼは俺にとっての天使だ」
「えー、それじゃあわたしはエルンストにとっての何?」
「……女神だ」
うわあ。聞いているだけで恥ずかしい。
私は早々に居間から退出したのだった。




