修行だよ!
あれから書類を読み込み、要注意団体とその構成員の写真付きリストを渡されて諸々サインをして終了となったのだが……。
「ダンジョンに行く時間じゃないなぁ」
「あら、行ってくればいいじゃない。時間制限なくなったんでしょう?」
「まぁ……それでもだよ。今行ったら泊まり込みになる」
俺の裁量に任せてくれる母さんはありがたい存在だけど、それでもこのテンションだとな。
退屈な授業の後の体育くらいすっきりしそうで、本当に時間を忘れかねない。
1日3時間の法が俺にとって機能しなくなったので、泊まり込みでも問題はないんだけどな。
もとより大した罰則もなく、努力目標に近い内容だったルールだけど違反回数に応じてペナルティが加えられる程度の内容だったし。
具体的に言えばペナルティ中はダンジョン潜れない免停みたいなもんだ。
それでも結構な割合でやらかす奴が出てくるのは、まぁ暴力を楽しみたい馬鹿と、純粋にトラブルに巻き込まれたかわいそうな人だ。
そんなかわいそうな人はスキル欄に【不運】とか書かれていたりする。
ただダンジョンでのトラブルの大半はモンスターの大群とかなので、それを対処できるなら美味しいという理由から【不運】のスキル持ちは意外とパーティに属していることが多いので、期間が遅れるのはギルドにとっても相当やばい事態として見られやすい。
結果として状況説明だけできればペナルティは無しとなる事も珍しくなかったりする。
「まぁ今日はいいや。それより爺ちゃん、ちょっと稽古つけてよ」
「うむ」
一言だけ頷いた爺ちゃん、母さんの父さんに当たる人だけど、4人の中では一番強いらしい。
レベルから感じ取れるのは「常人なら雑に、それなりの実力者でもそれなりの動きでどうにかしてしまえそう」という中堅ほどではないけれど鍛えている人のそれだ。
実際レベルだけで見れば100前後だと思うけど……それ以上に俺の感覚が「実質800レベルって言われても驚かねえよ」というほどの危機感を抱かせている。
殺し合いなら俺が有利だが、どこまで行っても有利なだけ。
少し気を抜いたら危ないというのがひしひしとわかる。
今まで稽古つけてくれなかったわけだよ。
やっぱりレベルは所詮数字、技量が一番大切なんだな。
そういう意味じゃ仮初の能力がレベルに見合った範疇でよかったとは思う。
それに合わせて自分を鍛えてこそ、物にできるわけだしな。
「じゃあ庭でいいかな」
「うむ」
寡黙な爺ちゃんだが、これで随分と優しい人だ。
手取り足取りとは言わんが丁寧に教えてくれるだろう、そう思っていた俺を殴りたい。
地面に叩きつけられる事数十回、カウンターで身体がくの字に曲がる事数十回、血反吐を吐くこと数百回。
他にも転がされる程度だったり、頭を小突かれたり、そりゃもう様々な方法で負けた。
動きやすいようにジャージで相手をしていたのだが、中学の頃の奴でよかった……体格が合わなくなって高校のジャージきれなくなっちゃったけど、それでもあちこち擦り切れてボロボロである。
「げほっ……」
「うむ……筋は悪くない。だが力任せすぎる」
「だよ、ねぇ……」
「小手先の技は時に巨大な力を上回る。だがまずは地に足をつけんさい」
「……はい」
地に足を、まさにその言葉がしっくりくる。
今本気で踏ん張ると足が地面にめり込みかねないからな。
そういう意味では、確かに地に足がついていないのだろう。
なんかもうプリンとかゼリーの上で戦っているような、そんなふわふわした感じなのだ。
今は無手で戦っているが、これは単純に庭先で刀だの大剣だのを振り回すのは外聞が良くないのと、まず身体の動きを覚えておきたいからだ。
けどなぁ……ちょっと憧れはあるんだよな。
今まではギルドで1000円出せば買えるやっすい短刀しか使ってこなかったから。
よし、思い立ったが吉日!
……って、思ったけど剣はどうやったら装備できるんだ?
ゲーム的な言い回しをすればインベントリに入っているのだが、そんな便利な物は現実には存在しない。
だから毎日ひぃこら言いながらデカい肉の塊を担いで帰ってきているのだが……あ、もしかしたら。
そう思い、ギルドカードのスキル欄を見ていくとあった。
【装備変更】と【インベントリ】の二つ。
ゲームでは戦闘中やダンジョンの探索中を除いていつでも職業を切り替えられた。
その都度インベントリから装備していては面倒というのがプレイヤーの本音であり、それを反映したシステムが装備の状態を保存してくれるものだ。
つまり早着替えがスキルでできるというもの。
早速【装備変更】を意識してみると頭の中にゲーム内の装備画面が出てきた。
中には登録した職業と装備がずらりと並んでいるが……あぁ、採取や生産も入っている。
という事はレベルにこそ換算されなかったが、スキルと装備は持ち越しができたわけだ。
随分と親切というかなんというか。
ついでに【インベントリ】を発動させてみれば、これまた頭の中にアイテム一覧が出てくる。
と言っても回復アイテムと、あとは食料がいくつかという状況。
必要以上に物を持たなかったのが災いしたか?
ゲーム内のアイテムをアレコレ持ち込めれば便利だったとは思うが、それでも回復系アイテムはありがたい。
なにせ俺が普段使ってるポーションだと切り傷を治す、あるいはギリギリ繋げるのが限度だ。
骨折になってくるとハイポーションが必要だし、欠損した腕を繋げるにはエクスポーション、再生にはエリクサーが必要になってくる。
その全てが、インベントリの中に数百個という単位で詰まっている。
おまけに毒消しなども大量に入っているから安全面からすれば十分だろう。
油断する気はないけどな。
さて、ではそろそろ武器のお披露目といこうか。
二刀剣士、文字通り二刀流の剣士を選択してみる。
理由は単純で、いかにも探索者と言った様子の皮鎧と二本の剣を持っているのでそこまで目立たない。
侍でもよかったんだけど、和装なので少し異質というか目立つのでこっちにした。
攻撃力が高く、また回避率もそれなり、代わりに防御力は物理魔法共に低く狙われたら即座に蒸発するほど脆い。
だがその攻撃スピードは上位であり、DPSと言われる1秒間に出せるダメージの割合はプレイヤーのスキルに依存しつつも普通にスキルを使うだけでそれなりの数値が出せるため人気のジョブだった。
ただ攻撃範囲が短めの……と言ってもショートソードの範囲なのでかなり接近しなければ攻撃が届かないという弱点と、手数の多さから敵のヘイトを買いやすく蒸発しやすいという問題もあったので、使いやすいけど初心者向けとは言い難い、というなんともそれらしい立ち位置である。
二度三度と剣を振ってみてわかる。
あ、これダメなやつだと。
切れすぎると言ってもいい、庭木から落ちてきた葉を捕まえるように剣を差し出せば、振るうことなく葉が切れた。
スキルを使わない通常攻撃ですら並の相手にはオーバーキルになってしまうだろう。
諦めて普段使いのモンクにジョブチェンジ。
かなり癖の強いジョブだが、それでも俺は気に入って使っていた。
DPSは一定の条件を満たせば最大、回避率もそれに付随して上位2位、防御力を見れば魔法使いのような最低値を叩きだす相手より少し上程度。
攻撃範囲は文字通り手の届く範囲内で、更に付け加えられた特殊な条件がこのジョブの人気と不人気の理由だった。
それは武器を装備しない事。
スキルの回転率を上げるために素早さを上げるのが主流だが、モンクは武器を装備すると素早さが下がる仕様になっている。
そのため一発の威力を高めつつ、防御力も微妙に、素早さ以外の数値も盛れる装備というのはかなりありがたいのだが、30分くらい戦い続ける事になるボス相手になると素手の方が総合的に与えられるダメージが増えていく。
結果的に「武器を持つモンクは2流」とまで言われる。
ちなみに「防具を装備する忍者は3流」という言葉もあるが、これは魔法職と防御力最下位争いをしている一方で、多彩な攻撃方法とずば抜けた回避能力を持つ忍者は防具を着ると取り柄である回避率が下がるという仕様から言われている言葉だ。
ただ判定が防具なので、おしゃれ装備と言われる衣類なんかは普通に着ていて問題がないので全裸や下着姿で挑むようなことは……滅多にない。
結果論で言えば「装備が少ない方が強い」という意味で初心者にお勧めされ、流石に下着姿でうろつくのは……と遠巻きにされつつも金欠になったプレイヤーの行きつく先として用意されているジョブである。
結果的に忍者の総人口はかなり多いと言える。
さて、モンクにジョブチェンジした事で衣類の変化にも気付いた。
今はエンドコンテンツのレイド、普段ダンジョンに潜るのが4人パーティだとして、8人で挑むコンテンツでしか得られない最上級品を身につけている。
ただシステム的に重ね着というのがあり、見た目が好みじゃない装備の場合別の装備の見た目に変更する事が可能だ。
そして俺はモンクの際はチャイナ服を選んでいた。
ちゃんとズボン付きの、乗馬できるやつな。
カンフー映画に出てくるタイプの赤いチャイナドレスに、ズボンに、靴。
そんでもって腕に包帯まいて、武器は装備しない。
持っているけどロールプレイの一環で入手したレイドアイテムである。
今まで一回も使ってない新品なんだけど……うん、今は不要だな。
雑魚狩りなら装備していた方がいいと思うけど、訓練中はいらん。
確かモンクは【演舞】というスキルがあったな。
それを発動させると頭の中で動きが浮かんでくる。
それに合わせて身体を動かせば、脳内で丸やら三角、たまにバツのマークが浮かんでくる。
なるほど、リズムゲームか。
これを完ぺきにこなせたら、もしかしたらもう少し身体を上手く使えるのかもしれない。
ならやるべきことはただ一つ、今はこれをマスターしよう!
ちなみにゲーム内だと徒歩くらいの移動速度で最大1分続けられて、達成した秒数だけ攻撃力が上がるという仕組みだった。
上手い人はこれで敵の範囲攻撃全部避けながらバフガン盛りしてた。




