契約書はよく読もう
土曜日、ダンジョンに潜るかどうかに和で身体を動かして悩んでいた俺の所にDの職員が訪ねてきた。
「お休みの日に申し訳ありません。手続きなどの問題で来るのが遅れてしまいました。アポイントメントもなく……」
「あー、いえ、こんなでも俺学生なんで、あまりお気になさらず。と言ってもいない時は近場のダンジョンで張っててもらえば遭遇できると思いますし」
「ありがとうございます。いくつかの書類手続きと、合わせて戦闘力調査を行いたいと思いまして」
腰の低そうな男性職員は、しかし強者特有の威圧感を持っていた。
レベルで言うなら……300は超えているだろう。
一般人には気付きにくいかもしれないが、今の俺ならわかる。
圧倒的なレベル差があったとしてもこの人に正面から勝てるようになるには、よほどの修練が必要だと。
正直馬力を持て余して、殺す事は出来ても勝つことはできないって状況が増えそうだと危惧していた所だった。
ちょっと模擬トレしようとしただけでわかった。
あ、これ本気出したらヤバいと。
持て余したパワーを十全に、力に変える事ができないのだ。
それこそ地面を踏みしめれば足が埋まるだろうし、拳を突き出せば衝撃波で周囲に被害が出る。
つまるところ俺の最大出力が急に上がりすぎたために、微調整が効かなくなってしまった。
もうフルスロットルか、超低速のどちらかしか選べないようなものだ。
「まず書類ですが、ダンジョン省の職員となるための物が数点。それから2級ライセンスに関する物が数点。その他諸々と言って差し支えない書類が通算30枚ほど」
「多いですね……国の仕事として見れば当然ですけど」
「本当に申し訳なく……ほとんどが署名と押印で済みますが、念のため内容を改めていただければ」
「わかりました。それと戦闘力調査というのは?」
「監視間同行のもと実際にダンジョンに潜っていただこうと思いまして」
「なるほど」
一番わかりやすい方法ではあるが……このレベルの人が来るなら問題ないか。
「では今日は書類と、時間があったらダンジョンで軽く体を動かしてこようと思うのですがいいですか?」
「はい、問題ありません。調査の方は後日、ご都合の良い日程をご相談させていただく形で」
「となると……平日はできればダンジョンに行きたいので休日の方が助かります。あ、でも時間制限内なら平日でもいいのかな? 休日の方が長く潜っていられるし……」
「それも込みで相談という事でよろしいでしょうか」
「はい、今更ですが立ち話もなんなのでお茶でも」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
リビングに通すと母さんがお茶と茶菓子を持ってきてくれた。
そして親父も母さんも俺と並んで座る。
爺ちゃん達は窓際からこちらを見ているが、その視線は何とも言えない物だ。
こう、爺ちゃん世代は探索者というのはかなり重宝されてたし、ダンジョンそのものも神々の恩恵として尊重していたという。
一方で国家はどうか、はっきり言えばいつ爆発するかもしれない爆弾を懐に抱え、しかもランダムに増え続けるという状況。
さらに民間人が多少の覚悟と引き換えに武装した兵士よりも強くなってしまうかもしれないという危惧。
対してダンジョンの封鎖は愚策と気付くまで時間はあったが、人的損失が大きく全てのダンジョンを見張ることなど不可能だったために急遽設けられた組織や法律は爺ちゃんたちをそれなりに悩ませたという。
まだ子供、あるいは未成年だった爺ちゃんたちも探索者に倣ってダンジョンに潜り、その日の糧となる食料を調達。
更にはドロップアイテムを闇市に流す事で生計を立てていたが、そこに横やりを入れてきたのだから思う所はあるのだろう。
ただそれを、その時代を知らぬ人に言った所でどうにもならないが、爺ちゃんたちの感覚では跡取りとなる長男が政治家の都合で家を継がないかもしれないという状況がそれを思い出させていたらしい。
というのも家に帰ってから爺ちゃん達からそういう話を聞く機会が増えたのであった。
「と、いうわけでして」
「なるほど、うちの息子は学生と省庁勤務の二枚看板……あぁ、探索者を含めたら三枚看板を背負う事になると」
「しかもそれがほぼ強制というのは、どうかと思いますが国としてはどうなんでしょうねぇ。これ、見方を変えたら未成年労働とかになるかもしれませんし、徴兵と変わりないと思いますけど」
親父は難色を見せるというより事実確認を滾々としているような感じだ。
さすが棟梁、交渉も必要な場面があるからまずは確認という事だろう。
対して母さんも流石というべきか、相手の痛い所をわかりやすく言葉にして刺していく。
雑賀さんも旗色の悪さを実感したのだろう。
早々に降参したようで、カバンから書類を追加で出してくる。
俺を見くびって出してこなかったわけではなく、順序だてて説明するためにしまっていたのだろうとはすぐにわかったけど。
「こちら、総理大臣の署名が入った書類です。労働を強制する物ではなく、また監視下に置く場合も私生活に不都合が無いようにするという旨が記載されています。また今後に関する支援なども記載されておりますのでご確認を」
「金を払うから息子を差し出せというならお断りです」
親父がばっさり切り捨てた。
「そうね。もしそうなったら……イギリスにでも移住しようかしら。あちらは同じ島国でもダンジョンの数は少ないらしいから」
「そういう意図はないと言えば嘘になります。ですがこれは三上さんとご家族の安全のためという部分が多いです」
爺ちゃん達の視線がそろそろ物理的な痛みを帯びてきたのだろう。
特に徴兵という、母さんの言葉にこれでもかというほどの殺気が感じ取れた。
一方で母さんはのらりくらりとした様子でお茶に口を着け、無言のまま続けろと伝えている。
「今回三上幸助さんの身に発生した事象は誰の目から見ても明らかです」
「それはそうねぇ。全国的にも奨励が少ないって聞くわ」
「はい、それを狙い国内外問わず問題のある人員が接触してくる可能性も十分にあるという前提でお話しさせていただきます」
「すんません、問題のある人員って具体的になんですか」
その場の空気に耐えきれなくなった俺が吐き出す感覚で質問をすれば皆が俺を見る。
爺ちゃん達も見ているし、父さん母さんはガン見で、雑賀さんは信じられない物を見るような胡乱気な視線だった。
俺へんなこと言ったかな……。
「まず端的に国内から。基本的にアンタッチャブルな所にも遠慮せずに飛び込んでいく人物というのはいます。組織にしてもそうですね。とても単純な、しかし確実な力を持っている反社会的勢力の存在」
「つまりヤクザ」
「そうです。アレらにとって三上さんは使って良し、売って良しの美味しい獲物に見えているでしょう。最低でもご家族を人質に利用するくらいには」
「あ、だから護衛と支援」
「はい、万が一不都合が発生した場合を鑑みてダンジョン省からご家族を含む人員の護衛。更に仕事に支障が出る事を鑑みての支援です」
納得したと言えば、まぁ……しかし。
「使うはわかりますよ。ダンジョンに放り込んでドロップアイテムを取ってこさせるにも、他の組織を攻撃する鉄砲玉にもできる。けど売るというのは?」
俺ならそんなもん売らないと思うが……だって切り札になるような強力な武器って事だろ。
「失礼しました、まだ高校生という事を失念しておりまして……端的に言えば春を売らせるというのも使うという用途になります」
あ、そうだ。
俺今女じゃんと思った瞬間、親父が湯飲みを握り潰した。
……そう言えばダンジョンで鍛えたって言ってたな。
「失礼。まだレベルが上がって間もないので力加減が難しくてね」
そう言いながらも拳を緩めないのは、まぁいつでも殴れるようにだろうな。
「いえ、この先の話になれば必然かと。ですが傷の手当てをしてからの方が後悔もないかと思います」
雑賀さんの言葉に親父は一度手を開いてからティッシュで拭えば血の一滴もついていない。
……ダンジョン擁護的に言うなら敵の攻撃を引き受けるタンク適正が高いな。
防御力が並じゃない。
湯呑を握り潰せただけあってパワーもあるだろうから両手剣とか持たせるとちょうどいいかも。
そんな事を考えながら、まだ胸糞悪い話あるんだなと思った。
「売るというのは国外の問題に行きつきます。これも端的に申し上げれば、解剖でしょうか」
バリンと、今度は母さんが湯飲みを握り潰した。
続けざまに爺ちゃん達もバリンバリンと湯呑を砕いていく。
……まぁ、あの世代はだいたいがそれなりのレベルの探索者だからね。
今でこそライセンスができたから潜ってないだけで、いわゆる無免許であればそれなりの階層で活躍できる人材だ。
思うに、当時のシステムでダンジョンに潜れる人間を選定しすぎた結果、有能な人材を何人も見逃したからこそ今回の全員保護とか言う無茶な案に行きついたんじゃないかなと思う。
実際、今の俺が爺ちゃん達と戦ったとして、それこそ殺す気で攻撃しなきゃ勝てないと思う。
レベルで言えば70くらいだろうか。
だからというか、やはり技量の面が凄く気になって来るもんだ。
今度稽古でもつけてもらおうかな。
「現在各国は入国審査を厳にしています。それでも、という場面が多くあり、また厄介な取引もいくつか確認されています」
「厄介? これ以上の厄介ごとがあると?」
親父がぶちぎれているのは俺という存在じゃなくて、後手後手に回っている国に対してだろう。
そろそろ血が噴き出すんじゃないかというくらいに顔が赤くなっている。
「あぁ、いえ、これは国家にとってのという意味です。我々が保護し、支援もするとはいえそれ以上の報酬を目にして海外に、というのは探索者に限った話ではありません」
「……そういうことか」
納得したのか、赤鬼だった父さんが少し落ち着いたようだ。
「えっと……」
「現地の戸籍と莫大な報酬用意するから移住してくれって事よ」
「あぁ」
母さんの言葉で納得した。
なるほど、そりゃ国にとっては厄介だわな。
人材の流出、それを止める手段は無いし、最期は本人の意思によるものだ。
さっき脅しとはいえ母さんが言ったイギリスへの移住も、本気で考えている人もいるかもしれないとなれば……うん、致し方なし。
「またこれから発生する問題としまして、未成熟な人間による悪意や、それに付随する集団心理なども考えますと保護というのはご家族様だけでなく集団にも働くと考えております」
「難しい言い回ししますねぇ。言わんとすることはわかりますけど、当人に伝わってないと意味ないんじゃないですか?」
え、何今の政治的なオブラートに包まれた発言、母さん読みとけたの?
父さんも首をかしげているぞ?
「あのね、簡単に言うなら幸助が可愛らしくなっちゃったことでいじめられたり、それに怒って反撃して相手に怪我させちゃったりしないようにその場で止めに入りますよって言っているの」
「……怪我させるで済めばいいな」
「うん、だとしたら法的にも幸助を裁かなきゃってなるから、そうなる前に相手を止める役割だと思うの。ですよね」
ギラリと、母さんの視線が鋭くなる。
まさかいじめっ子を守ろうという魂胆ではあるまいなと。
「その通りです。我々が用意する護衛には、その手の輩がいれば骨の数本で理解させろと言い含めております」
「もし本人が出張るような状況になったら? そうならないためにといっても、限度はあるでしょう」
「未成年の内は最大限の情状酌量により保護観察で済むというのを先にお話ししたうえで、接触した場合も常に護衛を用意しているので本人が手を出すよりも先に叩けると考えています。それが無理ならば相手の戸籍や情報が変わるとだけ」
「いいでしょう。じゃあ幸助はとりあえずこの書類の山を見ておきなさい。その上で同意するかどうかは……あぁ、拒否権は無いんだったわね。ならせめて不都合が無いように確認して、付け足したい項目があればそれも書いておきなさい」
そう言って母さんは布巾を取りに台所に行ってしまった。
「えと、学生にわかりやすく言うと……?」
「転校引っ越ししてもらいつつ、ブラックリストに載せておくという事です」
「あ、はい」
物凄く物理的で、なおかつ恐ろしい方法だった。




