「トラウマ」
「トラウマ」
『もう! やめてよ!! お願いだからやめてぇ!!! こんなの思い出させないでぇ!!!』
映像を見せられるアンカー・ベガは叫び続ける。
その時、気づけば映像を見るアンカー・ベガの目の前にはティアが立っていた。
「……え? ティ、ティア?」
ティアは体を揺らしながら覚束ない足取りでアンカー・ベガへ歩み寄る。
「や、やめて……こ、来ないで……」
その時ティアから言葉が漏れる。
「どうして?」
「……ぇ?」
「どうして助けてくれなかったの? 見ていたのに……全てを知ったのに……どうして? ねぇ? どうして助けてくれなかったの?」
ティアが一歩、また一歩と進むにつれティアの関節が嫌な音を立てて逆へと折れていく。
「や、やめて……」
「ねぇ……助けてよアン……」
ティアは折れた手で勢い良くアンの首を絞める。
「ぅぐっ!?」
「助けてくれないの? ならアンも死のうよ……私だけ死んで、なんであなたは生きているの?」
ティアの力は更に強くなり、アンカー・ベガの意識が徐々に薄れていく。
『……あぁ……私が悪いんだ。まだティアが生きていたあの夜に私が身を捧げていれば、ティアは死なずに済んだのかもしれない……私はティアを犠牲にして運命から逃げていたんだ……」
アンカー・ベガは無力な自分を肯定し、ティアに甘え、間違った選択を選んだ事を後悔した。
同時に無力な自分への怒り、自分への絶望と嫌悪を抱き思いを漏らす。
「私に……私に少しでも身を呈す勇気があれば……何か……変わっていたの……かな……』
余りの絶望と苦しみに耐えかね、意識が終わるその時だった。
「言えよ!! 本当は助けて欲しいって!」
突然、響いた誰かの激声にアンカー・ベガは意識を繋ぎ止めた。
「自分の心と向き合え!! そして一言言ってみろ!! 僕が!! 君を!! 助ける!!」
『……ジ、ジム?……』
心に残るジムの記憶が走馬灯を見せ、アンカー・ベガの意識を引き戻す。
『……そうだ……私、ジムに……助けられる責任が残っている……』
アンカーは徐々に頭が整理され、気を保ち始める。
「わ、私は……ま、まだ……死ねない」
「どうして? どうして一緒に死んでくれないの!?」
「ごめんティア……私、責任があるの……」
気づけばもうティアに絞められる首は苦しくなかった。
しかし、ティアは何度も何度も力一杯に首を絞める中、アンカー・ベガは言葉を続ける。
「ジムが……こんな私を助けてくれるって言ってくれたの……もう全てを諦めたのに……」
「なら、一緒に死にましょ?」
アンカーは首を振りそして言う。
「ごめんね……私にはこの人生を生きていかなければならない理由が出来てしまったの……もう死を受け入れることが出来ない」
「……ど、どうして?」
ずっと真暗だった空間に亀裂が生まれ光が漏れた。
亀裂が徐々に広がる度、光りは光芒を作り段々と明るくなっていく。
「私は……助けられたその先の責任を背負わなければならない……いや、背負いたいの。その責任を精一杯自分で支えたい……苦しくていいの。辛くていいの。幸せを掴む責任だから頑張るの。あの日……ティアが夢見た4人の未来の様に……」
そして、力一杯強く意志を込め、心を一杯に乗せてアンカーはティアに決意の言葉を告げる。
「私はジムの為に自分の人生を責任としてこの先ジムをずっと支えて生きていきたい!」
その瞬間、暗がりを作っていた空間が全て音を立てて割れ、辺り一面に水面だけが漂う快晴の空間が現れた。
「だからティアごめん……いつか私が死世界へ行く時はまた迎えに来て……」
その時、感覚的に終わりが近い事をアンカーは理解し、一生懸命にティアに伝えたい言葉を感情を乗せて叫ぶ。
「こんな形だけど! 私は! ティアに会えて本当に良かった! あなたに気付かされた! ティアだったから気づけた! 私が憧れた、人を守れるティアだったから!! ありがとぉ!! 本当に!! 本当にありがとう!!」
現像と同時に幼きアンカーの映像が動き出す。
「……毎晩私にお手伝いをさせてください……お願いします……」
アンカーは「無」になる事でボンドンの玩具になる事を選んだはずだった。
しかしその時、ボンドンの部屋の開いてる扉が2回叩かれる音が響く。
「もしもーし! 私、お客さんなんですけど、孤児を1人売ってもらえませんか?」
ボンドンの部屋に突然現れた女性にボンドンは驚き言う。
「困りますなお客さん? この状況で今、商売が出来ると思いますかな?」
首が無い死体に激しく腰を振り続けるゾルドバーデンにこれからアンカーを犯そうとするボンドンのこの状況でその女性は至って平静だった。
「でしょうね。けれどここは孤児院ですよね? 私は今あなたが犯そうとしてるその子が欲しいのです。傷物にされては困ります」
「あはは! ご冗談をいいなさる! この状況を見てしまったあなたをお客さんとして返すとお思いですかな?」
「あらあら、私も混ぜていただけると言うのですか?」
「と申されますと、あなたは痴女で私達2人をお相手にしていただけると言うことですかな?」
「ウフフ……そうですね。私は構いませんよ? ただそのお粗末な物で私を満足出来るとは到底思えないですが!」
「はっはっは! では……ご教授願いましょうか!」
そう言ってボンドンはアンカーから手を離し立ち上がった時だった。
「……さようなら! 粗ちんさん……」
女性は凄まじい速さで移動し、気づけばボンドンの懐で拳を力一杯に笑顔で構えていた。
「なっ!?」
ボンドンが気づいた時にはもう遅かった。
女性の拳はボンドンの溝から背中を突き破って血飛沫が舞い、ボンドンは一瞬にして殺された。
「あ……あ……いい!! これぇ! 凄くいい!! また出ちゃう!! あ……出る! 出る出る出る出る!!」
ゾルドバーデンは自分が性行為中にボンドンが目の前で無惨な死に方をした事で更に感極まり、腰のスピードが増す。
「見るに堪えませんね」
更に女性はその場から一瞬で消え、気づいた時にはゾルドバーデンに回し蹴りを見舞い、ゾルドバーデンの首を跳ね飛ばした。
「漸く静かになりましたね……」
その時、アンカーはその人がリンゴを拾ってくれた女性なのを思い出した。
「り、リンゴの人……」
「あらあら、覚えててくれましたの? まぁ、嬉しい」
「ど、どうしてここに?」
「ん? さっきも言いましたよ? 私はあなたを購入しに来ましたの」
女性は微笑みを向けてアンカーにそう告げる。
「……購入?」
「そうですよ。残念ですけど助けに来た訳ではありません。ですが……ここに居るより、私と来た方が遥かにマシだと思いますよ?」
「どういう事ですか?」
「あら! いけない! 私ったら自己紹介がまだでしたわ! 改めて……私はアルデバラン国の国師、治癒師ペテル・ベガと申しますの!」
「治癒師? 五大選使の治癒師がなぜ?」
「治癒師は呪われていますの。ですので、私の代わりに死んでいただける子を探していますのよ。生も死も諦めたその目……良かったらあなた私と来ませんか? 」
そう言ってペテルはアンカーに手を伸ばす。
生きることも、死ぬことも諦めたアンカーにとってはもうどちらでも良かった。
ただ流れのままに身を委ね、いずれ来る死を待ち、その過程にある知らない人生を歩めるのならそれもいいとアンカーは思い承諾する。
「もうなんでもいいです……この世界に生きる意味も理由ももうありませんから」
この時、アンカーは生を見限り、生きる理由も無くなった。
だからこそ伸ばされたペテルの手を取った。
「……思い返せば、師匠が来てくれたから……私はジムに会う事が出来た。この残酷な過去も含めてジムに会えるまでの道のりなら私はこの過去を受け入れなきゃ……私はもう諦めたりなんかしない!!」
アンカー・ベガはジムに助けられる事より、その先の助けられた後の責任を深く感じていた。
あの時のジムの言葉が、行動が、思いがアンカー・ベガの心を動かし、思いを動かし、生へと繋げ、アンカー・ベガは残酷な過去と向き合え、受け入れる事ができた。
その瞬間、アンカーベガの胸を中心に光が瞬く間に広がり全てを飲み込んだ。
「……ん……こ、ここは……」
「おかえりなさいアン」
呪いにより、ベッドの上で寝ていたアンカーは目覚め、隣には微笑むペテルが居た。
「し、師匠? 私……今まで夢を……」
「いいえ……あなたは呪いに勝ったのですよ」
「呪い? あぁ……なるほど」
アンカーは自分の意識が途切れる寸前の記憶を思い出した。
「師匠……私過去の記憶を見せられてました」
「ええ……そうみたいですね。過去の心的苦痛を利用した呪いだった為に、私達は何も出来ませんでした」
「いえ……助けてくれたのは師匠です」
「いいえ……私はあなたを購入しただけですよ」
「私……師匠にまだ言えてない言葉があったんです」
「何かしら?」
「あの日、私を買っていただき本当にありがとうございます」
「……いったい何があったのですか? あなたからそんな言葉が出るとは」
「心は……ジムに……助けられました」
「……そう……それは良かったですね」
「私……行きます……ジムを助けないと」




