「無」
「無」
「……あ、あれ……?」
アンカーは明朝、目覚めて隣にいつも居るはずのティアがいないことに驚いた。
『ティアがいない? ど、どうして?』
その後、孤児の皆んなとの流れに沿って布団を片付け、朝食を取り、休み時間になってからアンカーはティアを探し始める。
しかし、どこにも見当たらない。
『……後は……パパの部屋だけ……』
その時だった。
「あぁ! 君! ボンドンさんは居るかな?」
突然、昇降口で話しかけられ振り返ればそこにはドシーの里親のゾルドバーデンの姿があった。
「は、はい……少々お待ちください……」
そう言ってアンカーは行こうとした手前で一歩止まって振り返り聞く。
「あ、あの……ドシーは元気でしょうか?」
「あ、あぁ! も、もちろんだとも!! そ、それがどうかしたのかい?」
「い、いえ……ではパパを呼んで参ります」
ゾルドバーデンが見せる焦りに違和感を抱き、ティアが守ろうとした理由を察する。
『考えたくない。お願い……生きていてドシー……』
そして、ボンドンの部屋の扉を2回叩く。
「入りなさい」
「失礼します」
「おお! アンか! どうした?」
「ドシーの里親の方がお見えになられております」
「おお! そうか……ありがとう」
アンカーは一度ボンドンの部屋を出てからトイレに身を隠し、ボンドンが移動する気配を確認してから再度部屋へと戻り、ティアの手掛かりを捜索する。
引き出しや、机の上の書類などティアの手がかりになりそうな物を探した。
「どうしよう……何も見つからない」
しかし、何も見つからないその時だった。
廊下側でボンドンの話し声が聞こえ、アンカーは急いでクローゼットの中へと隠れ、その扉の隙間から状況を伺う。
「ささ、どうぞお座りください」
お互いがソファーに腰掛けたのを確認し、ボンドンはゾルドバーデンに聞く。
「もうサジをお迎えに参られたのですか?」
その言葉にティアは疑問を抱いた。
『ドシーの里親がサジを迎えに来た? どう言う事?』
そしてアンカーは2人の会話に耳を傾ける。
「はい……もう我慢ができず、早いと思いつつも伺わせていただきました」
「……と申されますと、ドシーはもう?」
「ええ。お宅の子はまさに最高でした! 我慢できず持ち帰ってから直ぐに解体を始めてしまいましてね!」
興奮からゾルドバーデンの口角は上がり、瞳孔は狭まり、どれだけ楽しかったかを伝え続ける。
「彼は泣き喚いて命乞いをし、私はそんな彼をゆっくりと指や腕、脚、徐々に徐々に切り落としていくあの快感……もう!! たまらない!!」
「……!?」
『……う、嘘……ド、ドシーが……』
アンカーは驚きで声が出そうになる自分の口を手で必死に抑えて我慢する。
しかし、溢れ出る涙は我慢できなかった。
「おお! 楽しんでおいでの様で何よりです。こちらとしてはお金を頂ければどの子でもご案内できますよ」
「ほ、本当ですか!? で、では! 赤髪の子ではなく! 青髪の子を頂戴したいのですが!?」
男は興奮で立ち上がり言葉を続ける。
「実は私! 頂いた彼を殺して気づいたのです! 男の子でしたが殺した快楽で逸物を固くしてしまいました! な、なので今回は是非女の子をと思って!」
「あぁ……それは困りましたな。青髪の子は先日使い物にならなくなりまして、処分してしまいました」
『……え? しょ、処分? ティアが……し、死んだ?』
アンカーはその衝撃的な事実に思考が停止した。
数々の明かされてゆく孤児院の闇にアンカーの精神は追いつけず絶望から脱力感に襲われる。
「それはなんと残念な……ちなみに差し支えなければ理由をいただいても?」
「使い勝手が良かったもので、色んな所で膣をお貸してましてね……しかし、妊娠した為に商品としてはもう使い物にならなくなりましてな」
「そうでしたか……それは残念ですが、仕方がないですね」
アンカーはたくさんの涙を流しながらも出そうになる嗚咽を必死で我慢しその場を耐える。
「では、サジをご案内しますので参りましょうか」
そして、2人が部屋を移動した音を確認し、アンカーは崩れる様にクローゼットから出る。
「ティ、ティア………ご、ごめんなさい……私が昨日あの時……助けてあげられれば……ごめんなさい……ごめんなさい」
アンカーは憂いた。
昨晩、自分が何かあの時に行動を起こしていれば。
助ける事が出来ていれば。
もっと早く孤児院の闇に気づいていれば。
もっと早くティアの苦しみに気付いていれば。
もっと早くティアを信じていれば。
ティアは死なずに済んだのではないかと。
しかし、力も勇気も無い自分自身の無力さとティア、ドシーへの悲しさでアンカーは涙を流す。
しかし、その時だった。
「いったい誰を助けるって?」
アンカーが気づいた時には目の前にボンドンが居た。
「……な、なんで……」
恐怖と驚愕で身動きが取れないアンカーをボンドンは顔面から力一杯蹴り飛ばした。
アンカーのその軽い体は先程いたクローゼットに吹き飛ぶ。
「きゃっ!?」
クローゼットの扉は半壊し、余りの痛みと恐怖で起き上がれないアンカーにボンドンは馬乗りから片手で首を締める。
「うぐっ……う……」
「アン? ダメじゃないか。大人の会話を聞いちゃ……まるで昔のティアそっくりだ。悪い子ちゃん」
今まで見た事のない笑顔で笑うボンドンにアンカーは最大の危険を感じ全力で抵抗するが、体格差から抜け出すことはできない。
「そうだ……チャンスをあげよう」
そう言ってボンドンは空いている片方の手で自分のベルトを外し衣服を脱ぎ始め、奮い立つ逸物を準備する。
「いや……や、やめ……て……」
「次は君がティアの代わりに私を楽しませなさい……隣のティアみたいになりたくなかったらね」
「……ぇえ?」
ボンドンはアンカーの隣を見ながら笑ってそう言った。
アンカーは恐る恐るその方向を見て絶句する。
そこには悍ましい顔のまま死んだティアの死体がアンカーをじっと見つめていた。
ティアの死体は多くの関節が折り畳められ反対側へ曲がり、クローゼットの隅で小さくまとめられ押し込められていた。
「お、おねぇ……ぢゃん……お、おねぇ……ぢゃん……」
アンカーは今の今まで気づかなかった。
探していたティアが無残な状態でずっと隣にあった事に。
しかし、悲劇はまだ続く。
「連れて参りました」
「ちょっと!? 痛い!! 離してぇ!」
声のする方へ目を向けるとドシーの里親だった男ゾルドバーデンに抑えられたサジの姿があった。
「……サ、サジ?」
「ア、アン!? え? パ、パパ!? アンに何してるの!? や、やめてよ!! アンが苦しんでる!!」
下半身の衣服を脱いでアンカーの首を掴むボンドンにサジは状況を理解出来ずにいた。
そして、状況を理解できないサジにボンドンは言う。
「黙れ……」
ボンドンはゾルドバーデンに向けて言葉を続ける。
「……ゾルドさんよかったらここで一緒にいかがですかな?」
「え……よろしいのですか?」
「もちろん! ささ! どうぞ!」
ボンドンの了承を受け、ゾルドバーデンも衣服を脱ぎ始める。
「え? どうして脱いでるのよ!? 何する気!? や、やめてぇ!」
サジは危険を感じ暴れ出す。
「ダメじゃないか! 暴れちゃぁ!!」
しかし、サジは暴れる事をやめない。
「そうか……じゃぁ悪いこの手とはおさらばしないといけないなぁ!!!」
ゾルドバーデンは懐から魔道具のナイフを取り出し振り上げた。
「や、やめてぇぇ!!! サジ逃げてぇ!!」
それを見てアンカーはボンドンを振り払おうと暴れるが全く動けずただ叫ぶことしか出来ない。
そして、ゾルドバーデンはサジの片腕を一瞬で切り落とす。
「……っ!? ぅぎゃぁぁああ!!! 手がぁ!? 私の手がぁぁああ!?」
サジは床に落ちた自分の腕を見て激痛が走り、強烈な悲鳴をあげる。
しかし、サジの切った腕からは血が一滴も出る事はなかった。
「これは拷問用の魔道具でね! 鞘から抜くと高温を帯び、人間の体でも豆腐のように切って、更に切ったと同時に高温で焼いて傷を塞ぐ優れものなんだよ!!」
余りの痛みに悶絶するサジに興奮しゾルドバーデンは逸物を奮い立たせる。
「もう!! が、我慢できない!! 入れさせろぉぉ!!」
ゾルドバーデンはサジの服を引きちぎり、後ろから自分の逸物をサジの膣へと乱暴に入れる。
「あぁ!! いいぃ! 凄くぃぃいい!!!」
興奮と快楽にゾルドバーデンは腰を何度も何度も激しく振る。
その状況をボンドンはアンカーに見せつけ言った。
「どうだアン? まだ私のお手伝いの方が良かろう? さぁ……言ってみろ……毎晩私のお手伝いをします。よろしくお願いしますと。その一言を! さぁ! 言いなさい!」
「サ、サジ……サジ……」
ただアンカーは嘆くことしかできなかった。
「いゃぁぁあああ!!! やめてぇぇえ!! 痛い! あぁっ! い、痛い!! あっ! いやぁあ!!」
その時、叫び続けるサジの悲鳴が気持ち良がりたいゾルドバーデンの癇に触れ過ぎた。
「うるさいなぁ……こっちはこんなに気持ちいいのにこの頭が邪魔だな……」
ゾルドバーデンはそう言ってナイフを振り上げる。
「ちょっ!? な、何する気!? やめて!? やだぁ! 死にたくない!! 死にたくない!! やだ! やめてぇ!!!」
サジは更に暴れ、必死に抗う。
それを見てアンカーはただ叫ぶ事しか出来ない。
「や、やめて! お願い! やめてぇえ!!!」
アンカーの思いも虚しく、ゾルドバーデンのナイフはサジの首を切り飛ばす。
飛ばされたサジの頭は重い音を立てて転がり、アンカーの目の前まで止まった。
「あ……ぁ……や、だぁ……し、死にたくない……な、なんで……あんただけ……い、生きてん……のよ……」
サジは首だけの状態で振り絞った最後の言葉がそれだった。
「……あ……あぁ……サ、サジ……サジ……」
しかし、首が亡くなったサジの体はそれでも暴れつづけていた。
またそれにゾルドバーデンは興奮しサジの死体に一層激しく腰を振る。
「最高ダァ!! あぁ!? だ、ダメだ!? で、でちゃぅ! でちゃぅぅううう!!!」
アンカーにとって目の前の光景は混沌だった。
争う力も、その自信も、戦う勇気も、死ぬ勇気も、全て持ち合わせてはいなかった。
目の前の惨劇に何も出来ず、生きることも、死ぬことも、抗うことも、全てを諦めたアンカーに選択は一つしかなかった。
「……毎晩……私にお手伝いをさせてください……お願いします……」
アンカーは「無」になる事を選択するしかなかった。
『もう! やめてよ!! お願いだからやめてぇ!!! こんなの思い出させないでぇ!!!』
しかし、映像を見せられるアンカー・ベガは抗い叫び続ける。
だが、映像は止まる事はない。
アンカー・ベガは過去のトラウマを呼び起こされ、心的苦痛を与え続けられる呪いに抗っていた。




