「恐怖」
「恐怖」
『はっ!? な、なに!? この気配っ!?』
「 っ!? ちょっと待ってみんな!? な、何かとてつもなく……この気配は何処から……う、うしろから!?」
フールが凄まじい気配を背後から感じ、マナークウルフの子供が吠える方向に振り返った。
マナの門の更に向こう側の洞窟から奴は現れた。
「……な、なんなの……あ、あれ……?」
目視した事で全員がその恐怖を感じ表情が歪む。
奴は途轍もなく、悍ましい気配を纏い、顔は骸骨、武装された鎧、中は空洞、そして大きい剣を片手にマグリが現れた。
「おおぉぉ……これは素晴らしい魂思意が揃っているな」
マグリのその言葉は全員の頭に響き渡り、マグリの言葉は続いた。
「おぉぉ……おお? 珍しい魂交換者が一つこれは好機だ。……ん? なんだこれは? 魂思意を司る天使サリエルの恩恵ではないのがいるな……この気配は……」
マグリはその場に居た全員の魂思意を探り、そして驚いた。
「な、なんだと!? 伊弉諾尊の恩恵だと!? なぜだ!? この世界に干渉しているとでも言うのか!? も、もしや? ノアの方舟の選定者!? ならなぜだ!? なぜ七十三に貴様がいる!?」
マグリの言葉は何も理解出来ない。
それでも、全員はたった一つだけ理解していた。
自分達に死が近づいて来ていると。
「皆!! 逃げてっ!!」
フールは恐怖を我慢して激声を上げる。
しかし……
「……動くな……」
マグリのその一言で全員が動けなくなった。
『え!? くそっ! か、体が動かない?!』
「ジム!? キリオ!? あ、あなた達は!?」
フールはマナークウルフの時と同様ジムとキリオは動けると思い状況を確認する。
「だ、だめだ!? なんだよこれ!? う、動けない?!」
「ぼ、僕も動けない!?」
「お、同じく?!」
ジムもキリオもツルギも動けなかった。
そして、マグリは刻々とそれでもゆっくりと近づいていた。
「まぁいい……全員食ってしまえば同じことだ。魂の声を我に味わわせてくれ」
マグリはその言葉を残して、気づいた時には瞬間的な移動を見せ、ザーコの目の前にいた。
「先ずは、お前から頂こう」
「い、いつの間に?!」
マグリはザーコの頭を左手で鷲掴む。
「良き魂鳴を期待するぞ」
それを見てフールが叫んだ。
「お願い!! やめてぇ!! あなたの目的は!? 何か私達にでも手伝える事がきっとあるはず!! ねぇ!? だから! 協力をさせてぇ!!」
『くっ……時間を稼がないとザーコが死ぬ』
フールの精一杯の言葉にザーコが叫ぶ。
「フール様!! それはダメです!!」
『この圧力……ここで全員死んでしまう!? くそ! でも下手に動けない!!』
そして、マグリは言った。
「歩兵の分際で我らに協力だと?」
「歩兵でもなんでもいいから!! ザーコだけは! ザーコだけは見逃して!?」
そして、フールは躊躇しながらも歯を食いしばり、意を決して次の言葉を口にする。
「……う、後ろの3人と私達は関係ない!! だ、だから……お願い……お願いします。私に出来る事なら何でもします……お、お願いします。ザーコを助けて……」
「……はぁ?……お、おい……な、何言ってんだよ……嘘だよな? なぁ? フール……嘘って言ってくれよ!!」
急に裏切ったフールの言葉にキリオは自分の耳を疑った。
「ごめん……私にとって、あなた達より……ザーコが大切なの……」
顔を伏せて、歯を食いしばり、フールはそう言った。
それを聞いたマグリは高らかに笑う。
「フハハハハハハハ!! 良き欲望ではないか! 清らかな心故に仲間を売ってでも愛する此奴を救わんとするか! 良き強欲に近いその感情!! 我は喜びを覚えるぞ!」
マグリのその言葉にフールは希望が垣間見えた気がした。
「だが、お主の欲望は強欲ではなく傲慢だ。履き違えておるぞ?」
マグリの続いたその言葉にフールの表情は一変し絶望へと変わる。
「……ぇ?」
「その欲望がどんな味に変わるのか……とても楽しみだ」
そしてその瞬間フールは理解する。
ザーコが殺されると。
「や、やめて……お、お願い……い、いや……」
必死で動かない体を何度も動かそうとした。
しかし、体は動かない。
フールは喉が潰れるほどただ叫んだ。
「だ、ダメ!! やめてぇぇぇえええ!!」
「フハハハハハハハハハっ!!」
時間がゆっくり流れる中、マグリの笑った声が耳を打つ。
しかし、それでもザーコの声ははっきりと聞こえた。
「フール様……叶わぬ恋でした」
ザーコは一瞬だけ、フールに微笑みを向ける。
マグリはザーコの頭を力一杯に捻り、首の皮膚が張り千切れ、余りの痛みにザーコの断末魔の叫びが鳴り響いく。
「ああぁぁぁあああああああ!!」
そして、マグリはザーコの頭を体から力一杯に引き抜いた。
体から頭が抜かれ、連なる脊髄、噴き出る大量の真っ赤な血、そして、胴と頭を切り離されて尚、断末魔を叫び続けるザーコ。
「い……いやぁぁぉぁぁああああぁぁぁぁ!!!!!」
フールは目の前の光景に絶望し、悲鳴を上げる。
「な、なんだよ……こ、これ……」
キリオはその状況に経験したことのない恐怖を感じ、混乱し、絶望する。
唐突にザーコの死を理解したその瞬間に全員の動きを止めていた呪縛が解かれ、全員は崩れる様に膝を着き、キリオは嘔吐する。
「ぅぉえぇ……ハァハァ……ざ、ザーコの……目が俺を? 俺を見てた?……ぉえぇ……」
乱れる感情。
無惨に殺される仲間の瞬間。
次は自分が死ぬ恐怖。
今まで感じたことの無い絶対に敵わないと思わされる思想。
少なからず、キリオは今まで修羅場を潜り抜け(ぬ)けてきた。
しかし、マグリの恐怖は次元が違う。
キリオは脚がすくみ、顎を揺らし、更に嘔吐を何度も繰り返す。
「……ザ、ザーコ殿……」
突然の出来事にツルギは放心状態のままただ眺めることしか出来なかった。
「ぼ、僕の……僕の所為じゃないか? な、なんだよこれ……死んだ……ザーコが死んだ……ぼ、僕の所為で?」
余りの出来事に、ジムも狂い始める。
自分を責め、自傷し、ただ憂いていた。
「……アハハハハハ……」
その時、突然フールが笑い出した。
「……ハハハ……ハハハ……」
心を寄せ、拠り所にし、愛するザーコの死を目の前にフールの感情は今この瞬間に壊れた。
「おぉぉ……何という……何という美味かぁ!! 満たされるぞ!! 我の強欲が満たされていく!!」
マグリはその空間に充満する感情に心を躍らせ、両手を広げ、感極まり喜んでいた。
「素晴らしいぞ! この乱れ溢れる感情の連鎖!! これぞ! 魂感情!! 素晴らしい!!」
マグリの左手に持つ、首だけのザーコは揺らされながらもずっとキリオを見続けている様に見えた。
「死ぬ!? ここに居たら……こ、殺される……あ……あああああああ!!」
その時、キリオはあまりの恐怖に耐え兼ねて、叫びながらその場から逃げ出す。
キリオにとって初めてだった。
悍ましい恐怖心。
抗えない圧力。
圧倒させるマグリの脅威。
キリオは死から逃げる事で頭が一杯になる。
「い、いやだ!! 死にたくない!! 嫌だ!!!!」
キリオは一生懸命に走ろうとするが、恐怖で脚が竦み、震えて上手く走ることが出来ない、しかしそれでもキリオは仲間を置いて必死に逃げる。
「……え? キ、キリオ? そ、そんな……僕達を置いて……に、逃げた? な、なんだよ裏切……」
目の前で友達が自分の命惜しさに逃げ出したのを見てジムは驚きを隠せなかった。
そして、その状況を見ていたマグリが笑う。
「ガハハハハ!! なんと無様かぁ!! 仲間を見捨て、自分だけが助かりたいと!? 笑いが止まらない!! 愉快だぁ!! 愉快愉快!!」
マグリは一呼吸置いて言葉を続ける。
「だが……」
その言葉を残し、マグリがその場から消え、気づいた時にはキリオの目の前に移動し、立っていた。
「う、うぁぁあああああ!!」
目の前に突然現れたマグリを見てキリオは恐怖で叫び声を上げ後ろに倒れる。
「……見るに耐えん」
キリオは泣き叫んだ。
「や、やめて! 殺さないで!! 死にたくない! 死に……」
「……ぇ?」
キリオが気づいた時には頭が両断されていた。




