【余聞・藤ノ宮紫織】キッズルームにて
本日3話目の更新(昨夜更新分を含めると4話目になります。)
蝶子氏は美沙子さんご夫妻と挨拶を交わした後、世間話になだれ込んだようだ。
その大人のすぐ横では、子供たちが集まり、真珠ちゃんが中心となって互いを紹介しあっている。
甥っ子たちの様子を暫く観察していたところ、子供同士でのヤキモチなのか──真珠ちゃんを巡って、不穏な空気が漂いはじめる。
しかも忍だけではなく、出も彼女のそばから離れようとしない。
忍は自分のお気に入りに対しては、人でも物でもかなり固執するところがある。だから、気になる少女の近くにいたいという思いからの行動だと納得できた。
だが、今日に限っては、出までがその場に残っている。
出は争い事を好まない子供だ。不穏な空気を察知すると、いつの間にやらその現場から消えていることも何度か見たことがある。
危険回避能力に長けた出が、争いの渦中にいるなんて、かなり珍しいことなのだ。
その争いの中心人物の真珠ちゃんはといえば、男の子同士の抗争を気にしつつも、隣にいる女の子との会話を続けている。
自分が原因で、少年たちの間に微妙な牽制が生まれているというのに、それを泳がせているようにも見えた。
──いや、流石にそれは考えすぎというものか?
まったく気づいていないということも有り得る年齢だな、と考えを改める。
だが、無自覚にしろ、こんなに幼いうちから男児の心を鷲掴みにするとは、なかなかに恐ろしい──まるで将来の悪女予備軍のような少女だ。
一触即発になりかけた子供たち。けれど、結局、真珠ちゃんともう一人の女の子が少年たちの頭を撫でて回ることで、その場の空気を変えることができたようだ。
少女たちの働きもよかったけれど、あの場の一番の功労者は、涼しげな表情をした寡黙な男の子だったのかもしれない。
彼が見せた、屈託のない笑顔に全員が目を奪われていたのだから。
なるほど。子供とは、こうやってぶつかり合いながら社交を学び、成長していくものなのだなと、珍しく優しい気持ちになる。
出も忍もなんとか他の子供たちと交流ができているようなので、とりあえずこのまま、様子見をしていても問題はなさそうだ。
手持ち無沙汰になった私は、貴志くんに声をかけようと、彼のもとに歩み寄る。
十数年前、赤ん坊に毛が生えたくらいの小さな少年だった彼が、今では立派な青年になっている。そのことに、時間の流れを感じ、感慨深くなった。
子供の頃、彼が「ユカくん、ユカくん」と呼んで、曇りのない瞳で私を見上げてくれた日々を思い出す。
末っ子長男だった私は弟妹を欲したこともあったが、それは叶わぬ夢に終わった。
だから私を慕ってくれるタックンを本当の弟のように思い、彼のあまりの可愛いらしさに、何度か自宅に持ち帰ろうとしたこともあった。
すべて失敗に終わったのだが──姉との不仲を除けば、あの頃の日常がとても懐かしい。
目の前に佇む貴志くんは貴公子然とした風貌の青年だというのに、その彼が、ベソをかきながら紅子さんから逃げ回っていたのだ。
大泣きをする直前になると、姉が彼を抱き上げ、紅子さんを叱りつつ、貴志くんをあやしていた。
すると貴志くんは「アオ! アオ! 好き! アカ、あっち行っちゃえ! べぇーっ」と言って、姉に抱きついたまま寝てしまうことも多かった。
その時美沙子さんが何をしていたかというと「泣き顔だって、うちの貴志は可愛いのよ! そこで助けたらそのキュートな表情が見られないじゃない」と、弟の自慢なのか、姉に対する不満なのか、よくわからない言葉を放っていた。
タックンにとって、このときばかりは大好きなミサミサ姫でさえも、敵に見えた瞬間だったと思われる。
もう流石に、貴志くんのことを「タックン」とは呼べないなと思いながら、彼に声をかける。
「貴志くん、お疲れさま。真珠ちゃんを送り届けた後、その報告をしようと一度廊下に戻ったんだけど、電話中だったから、声をかけるのを遠慮させてもらったよ。たしか──紅子さんと話をしていたんだっけ? 彼女は相変わらずなんでしょう? なんというか……本当に元気だよね。色々な意味で」
泣き虫だった彼が、謂わば天敵だった紅子さんと、今では普通に会話ができるようになっているのだ。
そこにも貴志くんの成長を感じ、思わず目頭が熱くなる。気分は既に、実の兄だ。
「紅にはテキストをしただけで、通話していた相手は、また別……です──」
少し躊躇うような口調を不思議に思う。
だが、その言葉尻から、先ほど電話の向こうにいたのが、私の知らない女性だということに気づく。
単なる勘だが、おそらく外れてはいないだろう。
「別って……その言い方からすると、女の子だよね? 貴志くんも隅に置けないね。真珠ちゃんとのことは政略だって理解しているつもりだけど、いくらなんでも結納の最中なんだから、少しは自重しておかないと……」
若いので遊びたい気持ちもわからなくはない。
けれど、念の為、チクリと釘を刺しておく。
お節介であることは百も承知なのだが、時には誰かが苦言を呈する必要もあるだろう。
身近な人間は、その関係を壊すことを恐れて注意することを避けるきらいがある。
きっと、私くらい離れた間柄のほうが、煙たがられることを前提に、ひと言物申すにはうってつけなのだ。
「紫織さん……どんな目で俺のことを見ているんですか。そんな信用を失くすような浅はかな真似、絶対にしませんよ。そもそも、そんな相手はいません」
貴志くんの科白には不満気な言葉が並んでいた。けれど、その戒めを耳にしたあとであっても、貴志くんは焦ることも、ましてや慌てることすらなかった。
恐ろしいほどのポーカーフェイスを見せられ、少しだけ彼の内面に踏み込んでみたくなる。
──もう少し切り込んでみるか。
「そうは言っても相手は女の子なんでしょう? 君自身のためにも、せめて暫くの間は軽率な行動は慎むべきだよ」
後々、どう影響するのか分からない行いは、可能な限り避けておいた方が身のためだ。
特に女性問題は思わぬところで災いの種となり、身の破滅にも繋がりかねないのだから。
「なんと言うか……政治家も大変そうですね。紫織さんの、その勘の鋭さも相変わらずというか──確かに女性ですよ。先ほど廊下で通話していた相手は」
──やはりそうなのか。
そう思いながら、念のため確認をする。
「……貴志くんが婚約したことは、先方も知っているんだよね?」
我ながら首を突っ込みすぎだという自覚はあるが、乗りかかった船ということで聞いてしまうことにする。
「随分と踏み込んできますね」
貴志くんの言葉には、相変わらず感情が見えない。
そのため、彼が何を考えているのか未だ読めずにいる。
「口うるさいとは、分かっているんだけどね……」
今後の彼の人生を思えば、ここで引いてしまうのは良くない気がする。やはりケジメは大切だ。
まあ正直言って、私のこの行動自体が、かなり鬱陶しいことは自分でも分かっているのだけれど。
残り、もう一話。
全5話になります。







