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【余聞・藤ノ宮紫織】久我山蝶子


 インペリアル・スター・ホテル。

 美粧室『(さん)ーSUNー』に出向き、目的の人物と顔を合わせた途端──その質問は始まった。


紫織(ゆかり)くん──あなた、そろそろ身を固めたりしないの?」


 目的の人物とは、姉・葵衣(あおい)の義母──久我山(くがやま)コンツェルン社長夫人・蝶子(ちょうこ)氏だ。

 初老に差し掛かる年齢にもかかわらず、彼女の辞書には『衰え』という文字は無いのだろうか──肌の内側から照るような美貌が未だ健在なところが羨ましくも恐ろしい。


 裏でとった情報によると、処女(おとめ)の生き血を啜って、この容色を保っているとかいないとか。

 まあ、この美しさを揶揄(やゆ)したい輩が面白おかしく撒いた、風評に近い噂話の(たぐい)だ。


 (くだん)の蝶子氏といえば、こちらに答える隙を与えることなく機関銃のように喋り続ける。


「もしも出会いがないと言うのなら、()い女性を紹介してさしあげるわよ? 数年交際してから結婚というのであれば、そろそろ意中の人を作っておかないと。ところで──東山王(ひがしさんのう)家の御息女・式子(のりこ)さんはご存知?」


 頭の中にある人物事典から、必要な情報を取り出す。

 東山王式子──確か、元華族・東山王家の三女で、現在は海外の大使館だったか領事館で外交官としての業務に携わっていたはず。ただ、記憶しているのは資料で目にした高校時代の写真のみ。残念ながら現在の姿は思い浮かばないため、この辺りの情報を後ほどアップデートしなければいけないようだ。と、脳内の『To Doリスト』に書き加える。


 ちなみに、蝶子氏は会うたびに見合い話をチラつかせてくるので、もはやこの会話自体が挨拶の一環だ。


 それにしても、今回は東山王式子嬢。

 前回は禅定院(ぜんじょういん)呉羽(くれは)嬢。

 前々回は確か……犀川(さいかわ)静流(しずる)嬢を薦められたと記憶している。


 元華族に旧宮家、元藩主の武家と、錚々たる家柄の適齢期の御令嬢が並んでいることに、蝶子氏の顔の広さがうかがえた。


 もともと面倒見の良い人なので、若い女性からの信頼も厚いのだと思う。

 歯に衣着せぬ言い方をすれば──世間知らずのお嬢様方からすると、蝶子氏は天女のように慈悲深い女性に見えるのかもしれない。


 だが、私個人の見解としては──久我山蝶子のその柔和な外面(そとづら)は、例えるなら()()()()()()()()()()()()()ようなもの──だと思っている。


 そうでなければ、『影の大御所』や『(はがね)の女傑』なんていう幾つもの大層な二つ名が、彼女に冠されるわけがないのだ。


 よって、彼女から(もたら)される縁談にのり、借りを作ったが最後、後々何をさせられるのかわからないという得体の知れない恐ろしさが終生付きまとうことになる。


 笑顔の仮面を貼りつけたまま警戒心を態度に顕すことなく、その提案をやんわりとした口調で、だがしっかりと固辞する。


「東山王家の……それは光栄なことですが、私はまだまだ勉強中の身──将来的に父の地盤を引き継ぐとは言っても、今は所詮一介の秘書に過ぎません。東山王家のような名のある家柄の御令嬢であれば、私のことなど歯牙にも掛けませんよ。それに……先方も蝶子さんからのお話であれば断りにくいかと……ですので、このお話は無かったことに」


 この会話の流れ。

 実は毎度のことだ。


「あら残念。今回も振られてしまったのね。紫織くんは、本当に殊勝なんだから。でも、遠慮なんていらないのよ。だって、あなたはアオちゃんの弟さんなんですもの。うちの放蕩馬鹿息子の命を救ってくれたのはアオちゃんなのよ。それに加えて可愛い孫の顔まで見せてくれたのもアオちゃんなんだから。……そうだわ! 名家の御令嬢では気がひけるというのなら、一般家庭の出の、とびっきりの才媛(さいえん)なんてどうかしら? きっと彼女なら、将来の首相夫人として公私共に卒なく支えてくれると思うの。どう? 興味はある? 本当に素敵なお嬢さんなのよ」


 次から次へと口を挟む間もなく、蝶子氏から様々な提案が湧いてくる。


 この会話で仕入れた有益情報は、姉と蝶子氏は嫁と姑の関係ではあるけれど、相変わらずその仲は良好だと言うことだけだ。


 ──というか、『久我山の女帝』を手懐けているのか。

 姉の手腕が、空恐ろしい。


 聞くところによると、この蝶子氏。

 夫や息子の言葉には一切耳を貸さないが、姉からの提案ならとりあえず一考すると言うのだから、随分心を許したものだ。


 そんなことを思いながら、私は蝶子氏が薦める才媛との縁談話を辞退する方向で舵を切る。


「蝶子さんのお眼鏡にかなうほどの立派な女性なのですね。それならば尚更、若輩者の私などには勿体無いお嬢さんなのでしょう。今日はそのお気持ちだけ頂戴しておきます。いつも気にかけていただきありがとうございます」


 口角を上げ、満面の笑顔にてこの話にケリをつける。


 ちなみに先ほど、蝶子氏が口にした『放蕩馬鹿息子』とは、葵衣の夫・久我山(しゅう)氏のことだ。


 修氏は近年久我山コンツェルン内で大改革を起こし、それを軌道にのせた功績から、現在米国支社長という地位におさまっている。……のだが、実はホームレスもどきの生活を送っていた過去を持っていたりもする、なかなか破天荒な人物であった。


 若かりし頃の修氏が、路上生活をしていたところを姉が拾ったという話を聞いた時は、自分の耳を疑った。

 それが事実だと分かったときは、卒倒しそうになった。


 交流を進めていく中で、修氏が久我山の嫡男だと知った折には、女帝蝶子氏が自分の息子に特殊な経験を強いたのかもしれないと憶測し、彼の境遇を憐れんだりもした。

 その当時、私は蝶子氏との面識がなかったので、『鋼の女傑』『影の大御所』『久我山の女帝』と渾名される彼女を勝手に誤解して、なかなかに香ばしい人物だと思っていたからだ。


 なんというか……修氏の境遇に『獅子の子落とし』が重なってしまったのだ。よく聞く『獅子は、我が子を千尋の谷に突き落とす』と言うやつだ。


 私も相当厳しく育てられたと思っていたのだが、まさかその上を行く荒療治型の教育方法を採用する家庭があったのかと、心底驚いたりもした。


 だが、それはまったくの見当違い。

 なんのことはない──修氏は母親を疎ましく思い、その手から逃げるように行方をくらましている最中だったのだ。


 ちなみに姉は、修氏が久我山の御曹司だとは知らず。

 修氏も苦学生の姉が藤ノ宮家の令嬢だとは想像だにせず。

 互いにいつしか惹かれ合っていたというのだから──きっと世間一般で良く言われる『運命の相手』──だったのだろう。






【余聞・藤ノ宮紫織】は全4話→訂正:全5話です(汗

明日は複数話を時間差で更新予定

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