【真珠】あんなこと『面倒事』そんなこと 後編
兄はフゥーッと長い溜め息を落とした。
「真珠の気持ちを知らなかったから、つい『面倒事』と言ってしまったけど……君自身が納得しているなら、それでいいんだ。しっかり状況を把握できていたようで、少しホッとして……驚いただけなんだ。本当に……お姉さんになったんだね」
淋しそうな表情を見せる兄の様子が気がかりなものの、気になるワードが続出する事態に、わたしは首を傾げた。
──んん?
「しっかり状況を把握」って、一体何の状況について?
兄の放った科白により、遅ればせながらではあるのだが、先ほどから何度も耳にしていた『面倒事』という言葉が、意識の表面に急浮上する。
しかも、含みのあるその物言いも、なんだか非常に気になった。
そもそも、兄の中のわたしは、何に納得していることになっているのだろう。
そこからして意味不明で、頭の上には幾つものクエスチョンマークが出現している現状だ。
兄の態度を不思議に思ったわたしの頭のなかにとある予想が生まれ、衝撃をもってビリビリと走り抜けた。
先ほどから、今後の未来に起きることを兄と話していたつもりだったけれど、もしかしたら兄はまったく別の観点で、わたしとの会話を繰り広げていた可能性に気づいてしまったのだ。
それもそうだ。
わたしは自分で十年後の状況を知っているけれど、兄としては、まさか妹がそんな荒唐無稽な話をしているなんて思いもよらないだろう。と、言うことは──
兄はわたしが口にした『未来』の意味を、どう捉えていたことになるの?
お互いが念頭に置いていた問題が、まったく別の話題なのだとしたら、噛み合っているように感じたこの一連の会話自体がまったく別の意味を持ってしまう。
話の主軸が根底から覆される事態に、この胸が警鐘を鳴らしはじめた。
──これは、なんだか、ちょっと……いや、かなりピンチなのではないか?
非常に好ましくない予感がする。
ふと兄の顔を見上げると、彼は難しい表情で思考の海を漂っている。
その真剣な姿が、わたしの心をより一層不安にさせた。
もしや……自分の預かり知らぬところで、その『面倒事』とやらを既に引き寄せてしまったのだろうか。
兄はずっと、そのよろしくない状況に陥っている妹に向けて、お説教をしていたのかもしれない。
いやいや。でもでも、ちょっと待て?
何を気弱になって早合点しているのだ!
そもそも、何か悪いことをした記憶は無いではないか。
それに、自分の落ち度にすら心当たりがない。
ここ連日、事故にも近い様々な難題に巻き込まれすぎて、きっと疑り深くなっているだけなのだろう。おそらく。
そんな一縷の望みに縋って、なんとか気を取り直したけれど、そうすると──兄の言動の謎は更に深まってしまうのだった。
このままでは、埒が開かない。
恥を忍んで、質問させていただこう。
穂高兄さま──と、声をかけようとしたところ、僅かに早く兄が喋りはじめた。
「真珠が、貴志さん以外にあの双子のことをそういう対象として見ていたことには驚いたけど……でも、候補は多い方が比較対象も増えるものね。こちらでも調べてみるから、君は安心していていいよ──僕もしっかり、兄としての務めを果たすから」
──へ?
貴志以外って?
たしかに先ほど、攻略対象としての重要度は久我山兄弟も貴志と同等だと伝えはしたけれど、兄の話題が違う方向を向いていたのであれば、これもまた違った解釈となる。
しかも、兄の様子から推測するに、きっと単純な話では終わらないのだろう。
それに……候補を比較って?
「僕も調べてみる」って?
何か調べるような話をしていたの!?
加えて、「あんなこと」が解決したばかりだというのに、お次は「そういう対象」というワードもお出ましで、何が何やらさっぱりわからない。
──どうしよう。
話にまったくついていけない。
これっぽっちも事態を把握できていない自分自身が、大変嘆かわしい。
理解できていないからこその焦りが生まれ、心の中では危険信号が再度点滅。鼓動もちょっぴり加速を開始だ。
その『面倒事』とやらの真相を一刻も早く確認しないと、ものすごく厄介な状況が待ち受けている気がするのだが、怖くて兄の真意を訊くことすら躊躇ってしまう。
怖気付いているわたしの胸中を知る由もなく、目の前の兄は何でもないことのように話しつづける。
「──美沙子さんが、彼らのお祖母さんから連絡先をもらっていたでしょう? あれは、将来のことも踏まえて、これから交流していけたらいいですね、っていう挨拶だったから──その……僕の言っている意味、わかっている……ん……だよ……ね?」
話しながらわたしの表情を読み取っていた兄は、妹が何も分かっていないことに勘づいてしまったのだろう。
科白の途中から、その声が実に怪しく揺れはじめた。
わたしは震える声を絞り出し──問う。
「穂高兄さま? おっしゃっている意味が、よく分かりません。その……『面倒事』なんて……ありましたか?」
兄は大きく息を呑んだあと、その動きを数秒間停止した。
「うわ……っ どうしよう。本当に『面倒事』だったってこと!?」
茫然とした兄の声が、その場に響いた。
遠い目になった彼は嘆息すると、その後重々しい口調にて、とんでもない秘密を教えてくれたのだ。
秘密とは──わたしにとってはまったくの想定外──久我山夫人と両親の間で交わされたプレイデートの約束に秘められた真の意味だった。
「えーとね、真珠。あの双子って久我山コンツェルンの関係者で間違いないよね? もしそうなら、彼らのお祖母さんはね『子供同士、相性がとても良いですね。賢そうなお嬢さんだから、このまま成長されたら将来的に御縁があったとしても喜ばしいと思いませんか』──って、美沙子さんに伝えていたんだよ」
「へ?」
突然の話題転換についていけず、間抜けな声をあげてしまう。
確かに、久我山夫人からは『聡明そうなお嬢さん』との言葉を賜った。『また来年遊びましょう』と誘ってもいただけた。そのことはしっかり覚えている。
でも、それって単なるお世辞、及びに、プレイデートの約束の取り付け……だよね!?
困惑するわたしの情けない顔が、兄の双眸に映っている。
「真珠……やっぱり分かっていなかったってこと? あれは、つまり、その──結婚相手の候補としても、家柄としては申し分なしに合格です。今後交流を重ねて様子を見ていきましょう──っていう、あちらからの提案だったというか……。あのお祖母さん、君のことをとても気に入ってたみたいだし」
へ………………………………?
ほ………………!?
はあああぁぁぁぁぁーーーーっ!?!?!?
兄の爆弾発言により、わたしの時間が緊急停止を余儀なくされたのは、説明するまでもないだろう。
長らくお待たせいたしました。以前お話していた件で推敲に手間取っておりました。
更新の際には活動報告にて都度連絡させて頂きますので、宜しければ「お気に入り」ユーザー登録していただくとわかりやすいかもしれません。
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(本格的な治療がはじまるので、もしかしたら秋頃まで更新が滞る可能性があるかもしれません。でも薬が合うか合わないかにより状況が異なるので断定できず、このような報告をさせていただいております。)
気を取り直しまして──
みぁ様(@mia_mia_1011 )より、真珠のイラストを頂戴しました!
皆様にも紹介させてください(*^^*)
お団子を手にして、とても可愛らしいのです(*´∇`*)







