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【真珠】お怒りシャワーと自己弁護?


「あにするにょ。息れきないれしょ?──……あっこ!」


 くぐもった音が空気を震わせたけれど、ご愛嬌。

 鼻を掴まれているため、喉の奥から出てきた声が口腔内で反響し、不明瞭な言葉になってしまった。


 流れるような科白まわしで両手を広げ、どさくさに紛れて貴志に抱っこを所望することだって忘れない。

 相変わらず欲望に忠実なわたしだ。


 だが、こちらの様子を目にした貴志は、なぜか大仰に溜め息を落とすのだった。



 彼の指先が鼻から離れ、そのまま抱き上げてもらえるかと思いきや、今度は額をパシッと弾かれる。


 ──へ!?


 ちょっと、待て。

 この対応……もしや、いつもの──お仕置きか?


 ……と言うことは、先ほどからつづく貴志の不機嫌な様子は、疲れから生じたものではなく、わたしに対して怒っているという意思表示だったことになるぞ。


 んんん?

 彼のお怒りポイントに触れてしまった原因は、どこにあったのだろう?


 疑問が表情に出ていたようで、今度は貴志の苛々メーターが振り切れたのが秒で伝わった。


 すぐさま、貴志の機嫌を損ねた理由に合点がいったわたしは、小さく縮こまる。


 ──先ほどの、わたしの態度だ。

 久我山兄弟に見せてしまった、あの大人気ない対応。


 貴志は、アレを(たしな)めているのだ。多分。


 このまま『子供と張り合う情けない大人』という、レッテルを貼られてしまったら悲しい。

 今後もそんな色眼鏡で見られようものなら、将来の子育てに於いても戦力外通告を出されてしまうやもしれん──と、内心穏やかでいられない。


 いや……そうじゃないぞ。わたし!

 戦力外通告どころか、これって──百年の恋も、冷めるレベルの醜態だ。


 そのことに思い至ると、小さな身体がブルッと震えた。


 ここで言い訳のように「張り合った記憶すらございません」と反論しようものなら、それこそ自らの非を認められない幼稚さを露呈しているようなもの。


 いまは黙ってお怒りシャワーを受け、苦言を聞き入れられる『真っ当で、寛容な大人』としての自分を示しておこう。いや、そうすべきだ!


 ちょっぴり悲しげな目で、わたしは貴志を見つめた。




「まったく……この先が思いやられる。いや……予想はしていたが、本当に微塵も理解していないとは……衝撃だ」


 貴志が再び溜め息を洩らし、その後、この身体はフワリと抱き上げられた。


 希望が叶い、いつもの縦抱き抱っこをしてもらえたというのに──彼の呆れ声を耳にしたわたしの心は、動揺しまくりだ。


 自分の落ち度すら判別できないお子さまだと思われたままでは、いつか貴志に本当に見捨てられてしまう。


 焦燥に駆られたわたしは、自己弁護に走ることにした。

 貴志から叱られるに至った理由については理解しているし、反省もしているのだと、必死になって弁解をはじめたのだ。


「分かってます! そりゃ……大人気なく、無自覚に子供と張り合っていたかもしれないけど、自分でも──ちゃんと……悪いと思っているもん! ほんとは……本当は……競った記憶すら……ないんだけど……。でもっ 嫌いにならないで!」


 弁明の途中で前言撤回──隠すつもりだった本音すらも、後半部分でうっかりポロリと暴露する。

 我ながら往生際が悪いというか、見苦しいとは思うのだが、愛想をつかされたくなかった故の暴走だ。


 貴志は眉間に皺を寄せると、訝しげな眼差しをこちらに向けた。


「競った?──お前はいったい何を言っているんだ? まったく意味が分からん。が、俺の理解力では到底及ばない、別次元の話だということは、よくわかった。いまは、もういい──父さんのことだけでも、その手の話題で昨夜から頭が痛いのに……」


 お祖父さま?


 ──ああ、そうだった!

 すっかり失念していたが、祖父は加奈ちゃんを貴志の『三国一の花嫁』候補に仕立て上げようとしていたのだ。


 そういえば、その件はどうなったのだろう?


 まあ、昨日の今日で事態が大きく動くこともないだろうし、母と祖母がなんとかしてくれると話はついているのだから、既に収束に向かっていると考えてもいいだろう。


 だが、当事者の貴志にとっては悩みの種のひとつであることには変わりない。


 さほど大きな懸念ではないけれど、喉元に引っかかった小さな魚の骨のような問題であるため、たしかに結末は気になるところだ。


「お祖父さまの件って、加奈ちゃんのこと……だよね? 結局どうなったの? お母さまやお祖母さまは何て?」


 わたしの質問に、貴志は首を横に振った。


「まだ、何も報告は受けていない。早朝からの結納準備やら美沙の体調不良やらで、俺のほうから話を持ち出す隙すらなかったからな──要確認だ」


「なんだか、色々なことが重なるよね──心労で一気に老けちゃうんじゃない? わたしもここのところ精神的に追い詰められすぎて、なんというか……あっという間に、お婆ちゃんになっちゃいそう」


 わたしの言葉に、貴志がフッと笑う。


「大人になるのを飛び越して、一気にか? でも、なるほど……想像すると、案外似合っているぞ。悪くない」


 待て待て!

 何を想像したのだ。

 いや、皺々でヨボヨボの未来のわたしか!?


 頬をプゥと膨らませ、ジト目で軽く抗議する。


 貴志が笑ったことで、彼の眉間に刻まれていた線がスッと伸び、雰囲気も和らいだ。


 その様子にホッとしたわたしは、文句ではなく──気になっていた別件を質問することに決める。


「そういえば、お迎えに時間がかかっていたけど、紅子と何かあったの? 美容室の前でわたしと別行動になってから、すぐに連絡を入れたんでしょう?」


「ああ……いや、紅とは直接話したわけじゃないんだ。アイツにメッセージを打っているときに電話がかかってきて、迎えが遅れたのはその──」


「真珠、穂高、そろそろ時間よ。貴志も──戻るわよ」


 貴志が続けようとした言葉は、母の呼びかけによって封じられてしまった。

 それと同時に父が目の前に現れ、わたしに手を伸ばす。


「貴志くん、私が真珠を連れて行くよ──しぃちゃん、貴志くんも一日中抱っこしてばかりじゃ大変だ。だから、今はパパの方においで」


 貴志が話そうとした内容が気掛かりではあった。けれど、父の胸に移動するのは既に決定事項のようだ。


 この状態では、貴志と込み入った話をすることもできない。

 つまり、しばらくの間は、会話の続き自体がお預けということだ。


 皆でキッズルームから退出するべく、久我山社長夫人と双子にも最後の別れを告げる。

 仲良くなれた出と忍とも、これで数年のお別れだ。


 けれどそのとき、久我山兄弟と話していた夫人が手帳を取り出し、一筆走らせた用紙を母へ手渡した。


「月ヶ瀬さん、これは私のプライベートの連絡先なのよ。せっかく子供同士が仲良しになれたんだもの、この機会に親交を深められたら嬉しいわ──」


 わたしの方を向いた夫人が優しい声を響かせる。


「真珠ちゃん──来年の夏、この子たちが一時帰国した時に、また会って、遊んでやってちょうだいね。本当に……聡明そうなお嬢さんだこと」


 最後にお世辞が付け加えられ、夫人はホホと品よく笑った。

 わたしはコクリと頷き、夫人の隣に並ぶ出と忍へ手を振ると、彼らも笑顔で手を振りかえしてくれた。



 美沙子ママは、頂戴したメモに視線を落としている。

 何かを熟考しているような雰囲気だが、所謂プレイデートのお誘いくらいでこんなに悩むものなのだろうか?


 もしかしたら、葵衣のことを気にしているのかもしれない。

 返事を躊躇っているような素振りを見せた母は、父と──なぜか貴志に向けて合図を送った。


 父は静かに頷き、貴志も小さく溜め息を落としてから首肯する。

 何事かを確認した母は、その考えをまとめたのだろう。


 スッと目線を上げると吹っ切れたような晴れやかな表情が顕れ、久我山夫人へと向き直る。


「本日中にこちらのアドレスに連絡させていただきます。お気遣い、ありがとうございます。今後とも、よろしくお願いいたします」


 にこやかに笑った母は、前向きな言葉を返したのだった。



 久我山夫人との出会いをキッカケにして、母は葵衣との問題にも更に踏み込んで向きあい──その先へ、進もうとしているのかもしれない。

 そんな意気込みのような感情が、母の言葉から、垣間見えた気がした。




 晴夏と涼葉とも別れ、父と共に廊下を移動する。


 そういえば、貴志が紅子との連絡を試みたときに、コンタクトしてきた人物って、いったい誰なんだろう?

 その話の用件も、なぜか気になった。


 質問できる訳でもないのに、後方を歩く貴志の姿をチラチラと何度も視界に入れてしまう。

 我ながら子供っぽい態度だとは思う。


 貴志は美沙子ママと、何やら話し込みながら移動しているのだが、母の体調を気遣っているからか、彼らの歩みは通常よりもだいぶ遅い。

 そうこうしているうちに距離が開いてしまい、二人の会話内容すら耳に届かないほど離れてしまった。


 けれど突然、母の声が聞こえた。



「トマトソースのパスタよ。確か……ミートソースだったかしら?」



 わたしの食欲魔人センサーは、かなり有能なのだろう。

 食べ物用語だった故に、その会話の一端をキャッチできたようだ。


 二人の話題は、今夜の夕食?


 そう思って耳をそば立ててみたものの、その後の会話の詳細は聞こえなかった。


 食べ物の話をしているはずの二人が、途中から難しい表情になっていくのが見てとれる。

 はっきり言って意味不明だ。


 貴志は僅かに柳眉を(ひそ)め、美沙子ママはなぜか申し訳なさそうな態度へと変わっていった。


 貴志と母──まさかの姉弟喧嘩、勃発か?

 しかも、夕飯のメニューで?


 子供でもあるまいし──との考えも浮かんだのだが、そういえば伊佐子時代にも夕飯のメニューで尊とルーカスと三人で揉めた日もあったことを思い出し──わたしの頭は、「あり得るか……」との判断をくだす。


 まあ……あれだ──いい大人になっても、仲の良い間柄であれば、そういった子供じみた喧嘩をすることだってあるのだろう。


「真珠、さっきから表情がコロコロ変わっているけど、どうかしたの?」


 父の隣を歩いていた兄が、わたしを見上げ、心配そうな声で質問をした。




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