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【真珠】王子殿下の成長


 エルとラシードの滞在する部屋に招き入れられ、居間のソファへ案内される。

 わたしと貴志を先導してくれたのは、神官服に身を包んだ見知らぬ男性だった。


 ソファに腰掛け、この部屋の主の訪れを今か今かと待っていると、今度はお茶が運ばれてくる。

 前回の訪問時には影も形もなかった侍女らしき人物が、目の前のテーブルに茶器と果物を並べ始めた。


 その間、神官も侍女も一言も発することなく、もてなしの準備を進め、それが完了すると波が引くように去っていった。

 どうやら彼らは、完全に影に徹しているようだ。






 ──落ち着かない。


 笑顔で挨拶をしようと決心したものの、本音を言えばエルと会うのは少々気まずい。


 それに現在、貴志の様子も何故かおかしかったりするのだ。

 先ほど、あんなに楽しそうな笑い声を聴かせてくれたと言うのに、まったくもって訳がわからん。


 彼の根本的な悩みは、未だ解決していないのだろうか。


 いや?

 新たな悩みが出現した可能性も、無きにしもあらずだ。


 チラリと隣に座る貴志を盗み見ると、彼は両手の指を組んだまま、此処ではない何処か遠くを見ている様相。


 本当にどうしたのだろう?



 こんな時こそ、ラシードの無邪気なタックルがあれば、この場の雰囲気が和み、わたしの気も紛れるのに──と思った瞬間、都合よく青い瞳の王子殿下が登場だ。


 ラシードが天の助けに見える。


 わたしの姿を認めた瞬間、ラシードの全身から再会できた喜びを表す何かがブワッと溢れ出した。


 いつもならば、彼はここで跳びかかってくるはず。

 痛いから止めて欲しいと願っていた激突も、今回ばかりはこの空気を刷新する為にひと役買ってくれそうだと、甘んじて受け入れる準備をする。


 よって、わたしは「よし! 来い!」と身構えた。


 だが、駆け寄る素振りを見せていた彼ではあったのだが、突然その動きが止まり、今度は深呼吸をはじめたのだ。


 今まで、再会のたびにみせていた衝動的な行いを、彼自身が封印した……ように映る。

 わたしは首を傾げ、ラシードをまじまじと見つめた。


 自慢げな笑みを口元に刻んだ王子殿下は、少しだけ鼻を膨らませると、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてくる。


 その動きに王族の持つ余裕のようなものを感じたわたしは、彼の一挙手一投足に視線を奪われた。


 ──鷹揚としたその態度に宿るのは、気品。


 わたしはポカーンと口を開けてしまう。

 跳びかかって来るものとばかり思っていたので、完全に拍子抜けしてしまったのだ。


 目の前にやってきたラシードは、わたしに対して膝を折ると右手をとって額づいた。


 この挨拶の仕方──エルの真似をしているのだろうか?


 わたしの疑問をよそに、ラシードは颯爽と立ち上がると、期待の眼差しをこちらに向けた。


 その様子を訝しく感じたものの、今日の科博での遣り取りを思い出し、ナルホドと納得する。


 ラシードが突進した結果わたしと衝突したら、お互いに大怪我を負ってしまう旨を説き、彼の行い窘めたのは今日の昼間のこと。

 その行動を反省した彼は、もう危ない真似はしないと約束し、二人で指切りを交わしていたのだ。


 彼はその誓いを、早速守ってくれたのだろう。


 もしかしたら、針千本の刑を免れるためという目的も含まれているのかもしれない。けれど、短い間に成長を見せた彼の行動に対して、わたしの胸は感動でいっぱいになった。


 我が子の成長を見届ける親というのは、きっとこんな驚きを毎日感じ、その幸せを噛みしめているのかもしれない。


 彼の本当の親になったような気持ちになり、ラシードの心の成長に頼もしささえ覚える。


 自然と頬が緩み、わたしはその嬉しさに、笑顔がこぼれて止まらない。


 間違いない。

 彼はわたしとの約束をしっかり守ったのだ。


 よって、母親役を任されたわたしに課された対応はひとつ。


 両目を輝かせたラシードも、今か今かと、わたしの言葉を待っているではないか。


 彼は──褒めてほしいのだ。


 その期待を裏切ってはいけない。

 適切な時に、最適な言葉かけをすることで子供のヤル気を促す。それが、良識ある大人が取るべき行動だ。


 それ故に、わたしも彼を認め、更なる成長へと繋がる言葉を伝える必要がある。


 わたしは、親の務めを果たすべく、ラシードを労うことにした。


「昼間の約束をキチンと守ってくれて、ありがとう。責任のある立場だって分かっているから、すぐに行動を直せるんだね。とても素敵なことだと思う──ラシードは民を守るために行動できる、心からの王族なんだね」


 王族としての自尊心も、忘れずに(くすぐ)っておく。


 昼間、幻聴かと自分の耳を疑った、彼の口から飛び出した「消えてもらう」発言。あれは絶対に実行されてはいけないヤツだ。

 あの不穏当な科白を思い出したわたしは、それとなく権力を持つ者こそ自制する心が必要だと刷り込みをしておこうと思ったのだ。


 いや、エルもこれから先ラシードを鍛えてくれると思うので、取り越し苦労なのかもしれない。が、何でもかんでも欲望のままに行動されたら、力のない下々の者はたまったものではない。


 思惑尽くしの言葉を発する自分を、少し寂しく思ってしまうが、それも大人の役割だ。


 ラシードは得意げに胸を張り、意気揚々()つ鼻高々の姿勢になる。


「そうなのだ! わたしは王族だ! 身分とは、下のものを守るためにあるのだと、兄上にも教えてもらった!」


 ラシードのその言葉に、わたしはホッと息を漏らした。

 既にエルが色々と指導しているようだ。


 これならば、将来『主人公』が手に入らない場合でも、愛花(ういか)に無体な真似を強いることはないだろう。多分。


 ラシードは、わたしに満面の笑顔を向けると、次いで頭をグイッと寄せてきた。


 撫でて……欲しいのだろうか?


 本当に黒猫のようだな。

 わたしは、ラシードの頭を撫で、「えらいエライ」と呪文のように何度も唱えた。


 子供同士でじゃれ合う流れの中、土産のキーホルダーを手渡すと、彼はとても気に入ってくれたようだ。


 恐竜の話題で二人して盛り上がっていると、いつの間にやらエルが現れていたことに気づく。彼は既に貴志と話し込んでいたようだ。


 真剣な面持ちの二人の様子を不思議に思ったわたしは、その会話に聴き耳をたてる。



 ──え!?

 それって……どういうこと?



 わたしの耳に、今まで貴志の口から語られたことのない、衝撃の話題が飛び込んできたのだ。



          …



 彼等の会話内容から、貴志が母と祖母に向かって婚約宣言をした時に洩らした「謎の科白」が突然よみがえる。



 『暫く真珠にも寂しい思いをさせることになるが、既に決めていることもある』



 彼はそんな、気になる言葉を口にしていた。


 ──既に決めていることって何?

 あの時は訊けぬまま、いつの間にか忘れてしまった会話。

 その意味が今、やっと繋がった。


 茫然とするわたしの視線に気づいたのか、貴志がこちらを向いた。その瞳が湛えるのは──


 静謐──何かを決心した時、人が見せる──澄んだ眼差し。



 ──嗚呼、この目は。



 過去──尊が、わたしに向けたそれと……酷似していた。






■『天球』の森を歩く■ 真珠&貴志 

挿絵(By みてみん)


リメイクしたイラストですが、こちらを

 60話【真珠】『クラシックの夕べ』@石のチャペル『天球館』

に掲載しました。


■舞台裏の紅子■

挿絵(By みてみん)

同じく、リメイクしたイラストのこちらを

 61話【貴志+真珠】『リベルタンゴ 〜Libertango〜』

に掲載しました。


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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
hakeさま作画


↑評価5桁、500万PV突破
筆者の処女作&代表作
ラブコメ✕恋愛✕音楽
=禁断の恋!?
hake様作画

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