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【真珠】久我山兄弟


 やばい、やばい、やばい!

 最っ高ーーーーっに、ヤヴァイ!


 こんなに近くにいたとは想定外だった。

 なんと、久我山(くがやま)兄弟は、愛花(ういか)の隣のテーブルに座っていたのだ。


 彼らは、何故かわたしのことをジッと凝視している。


 先ほど勘違いだと断定した、あの「見られている」という感覚──その視線の主は、もしや彼らだったのではなかろうか?


 いや、視線だけではない。

 ──あの時の声も、だ。


 『フーコーの振り子』を咲也と見ていた時──寝落ちる直前に、似通った子供の声で名前を呼ばれたような気がしたことを思い出す。



『あれは<シンジュ>だ──間違いない』

『え? シンジュって、あの……<シンジュ>?』



 あの声は、夢の中の出来事だと思っていた。

 けれど、あの不思議な声の発信源は、まさかのこの双子──久我山兄弟!?



 いや──ちょっと、待て。わたし!

 少し、落ち着いて考えよう。



 『この音』の久我山兄弟ルートにおいて、わたしは彼らの『幼馴染』という立ち位置で、悪役令嬢として登場する。それは、今まで出会った親族以外の攻略対象である晴夏とラシードと同じだ。


 本来の『この音』の予定調和に従った場合、『真珠』が小学校五年生になった年、音楽教室のリサイタル会場で、わたしは彼ら久我山兄弟と出会うはずだった。



 『だった』と過去形で表現したことには、きちんとした理由(ワケ)がある。



 何故ならば、わたしは()()この二人との出会いのフラグを、()()()()()()()()()()からだ。



 『真珠』がバイオリンを師事していた音大講師の香坂(こうさか)詩織(しおり)先生の門下生のひとりが、久我山兄──(しのぶ)


 香坂先生の夫であるチェロ奏者の大学教授・利根川(とねがわ)(はじめ)先生のスタジオに通っていたのが、弟──(いずる)だ。


 久我山双子は小学五年生の夏に都内に転居し、それを機に、香坂・利根川夫妻の音楽教室に通い始めるのだ。そして、翌年の発表会にて、ひとつ年下の『真珠』と出会う運命だった。


 けれど──()()コンクールの演奏が発端となり、わたしは香坂先生の恩師である早乙女(さおとめ)功雄(いさお)教授に師事することが、既に決まっている。

 それが決定した時点で、久我山兄弟と出会う未来が綺麗さっぱり消失したため、わたしの中で彼らの存在自体が薄れていたのは否めない。


 晴夏やラシードのように、出会ってしまったのならば仕方がないと諦めもつくが、接触せずにいられるものならば、是非ともそうしたい。


 自分が『悪役令嬢』として扱われる未来を、できうる限り排除しておきたいのだ。


 そう──自分自身の心の平安のためにも。


 だから、彼らと幼馴染フラグを立てずに済んだことに気づいた時、わたしがどれほどの安堵を覚えたのか、想像にかたくないだろう。


 そして現状──五歳の『真珠』は、この双子と出会っていない。よって、彼らがわたしの名前を知っているなんてことは、十中八九あり得ないのだ。


 そう結論づけようとしたところ、ひとつの可能性が脳裏に浮かび上がる。


 いや──違う。

 あった──ひとつだけ。


 彼らがわたしの名前を知るに至った可能性。


 星川リゾートが配信した──『クラシックの夕べ』の演奏動画だ。


 滞在中、手塚支配人に、紅子と貴志が演奏した『リベルタンゴ』をDVDに焼いてほしいとお願いしたことがあるのだ。

 手塚さんは快諾してくれたが、その場にいた千景(ちかげ)大伯父の科白がよみがえる。


「演奏動画を、宣伝のためにWEB上にアップロードしてあるから、早く聴きたいのなら、そこでも視聴できるよ」


 最終日にDVDもしっかりいただいたが、アップロードされた演奏も勿論聴いた。


 星川リゾートの『クラシックの夕べ』の動画群には、『リベルタンゴ』だけではなく、晴夏と共に『天球館』で演奏した『ふたつのバイオリンのための協奏曲』も存在し、演奏者紹介のアナウンスも流れていた。


 彼等があの動画を見つけて、視聴した可能性は限りなく低いが、残念なことに(ゼロ)ではない。


 それだけのことを瞬時にまとめ上げたわたしの頭が出した結論──何はともあれ、一刻も早くここから離れるのが吉──だった。


 わたしは久我山兄弟を、そっと視界の隅に入れる。


 二人の食事の手が止まっていることに気づいた彼等の両親は、双子に向かって「早く食べてしまいなさい」と(たしな)めているところだった。

 (しのぶ)(いずる)も、ハッとした表情を見せ、残りの昼食を慌てて口の中に放り込みはじめる。


 彼等が、今にもこちらにやって来そうな雰囲気を醸し出していたので、二人の食事が終わるまでの短時間で、この場から去らねばならない。


 久我山兄弟が、愛花に興味を持って話しかける分には全く問題ない。

 いや、むしろ大歓迎だ。

 なぜならば、それが彼等三人に訪れる正しい運命なのだから。


 けれど、わたしは現段階で、久我山双子とは極力お知り合いになりたくない。それも切実に。



 正直な気持ちを言えば、愛花と少しでも長く話していたかったが、己の保身のためには致し方ない──早々にこの状況から離脱しよう。



 愛花との最後の逢瀬を邪魔された感もあるけれど、実際のところ、彼等の間に割り入ってしまったのはわたしだ。


 久我山兄弟と愛花の大切な出会いの場面を、横から掻っ攫ってしまった張本人が文句を言っては駄目だろう。



 わたしは手早く説明しながら、恐竜のキーホルダーの入った小袋を愛花とゆずちゃんに手渡した。


 二人が不思議そうな表情をしながら、袋を開封し、中身を確認する。


 子供の掌でも包み込めるサイズの、透明な直方体がコロンと転がり出る。

 周囲のアクリル樹脂が輝いて、キラキラと光を反射させる姿がとても美しい。


 その中に恐竜の化石を模した物が入っていることに気付いた二人は、パアッと顔を輝かせ、中身に見入っている。


 愛花は喜びからか、突然立ち上がると、わたしをハグしてくれた。

 清可も、今回ばかりは静止しなかった。


 わたしも喜ぶ彼女を抱きしめ返そうと、自らの腕を愛花に回そうとした──のだが、何故か兄と晴夏から両手を掴まれ、返礼の抱擁は封じられてしまう。


 と、同時に、愛花も背後から髪を引っ張られ、驚いた彼女はわたしから離れていった。

 

 愛花のうしろを確認すると、ゆずちゃんがいた。

 顔を赤くして、愛花に抱きついている。


 わたしに愛花を奪われたと感じ、幼心にヤキモチを焼かせてしまったのかもしれない。


 申し訳なかったなと思いながらも、わたしは愛花のモテモテぶりにひどく感心する。


 ゆずちゃんは愛花が大好きなのだろう。


 そして、我が兄上さまも、愛花に一目惚れ。

 晴夏も、音楽を愛する彼女に、興味を持ったのかもしれない。


 同性であったとしても、わたしと自らの愛する少女が触れ合うのは嫌ということか。


 少し狭量すぎやしないか?──とも思うが、子供のヤキモチなど、きっとそんなものだ。


 そんなことよりも、わたしの頭の中は、愛花への礼讃の花吹雪が舞い上がる。


 ──さすが『この()』の『主人公』!


 『攻略対象』と彼女は、惹かれ合う運命なのだな、と納得する。


 そう言えば、忘れがちだが、お隣に座る久我山兄弟も『攻略対象』だ。


 そうか!

 久我山兄弟がわたしを見ていたあの視線──物凄く熱心で、『何か』特別な気持ちを感じていたのだが、あれはただ単に、わたしを睨みつけていただけなのかもしれない。


 先ほどから感じる久我山兄弟の視線の正体に、やっと得心がいった。



 愛花と仲良くするわたしに、嫉妬をしての行動だとしたら、わたしをずっと見ていたことにも納得がいく。



 そう思って、彼等を再び視界に入れると、食事を終えた(しのぶ)(いずる)を誘い、こちらに向かって動き出そうと腰を上げたところだった。


 これは──本格的に、まずい!


 彼等の様子に肝を冷やしたところ、横から咲也と加奈ちゃんの声が届き、わたしは咄嗟にそちらを向く。


 どうやら二人で、わたし達を迎えに来てくれたようだ。


「今、貴志が昼飯のオーダーをしているから、そろそろ手を洗って来いってさ」


「そうそう! 食事の前にはしっかり手洗いしないとだからね。わたし達と一緒に行こう?」


 この場を離れるタイミングを見計らっていたわたしにとって、二人の登場は助けに船だった。



 愛花に別れを告げ、手を振った。

 名残惜しい気持ちを胸に、彼等から少しずつ離れていく。


 今度会えるのは、高校の入学式だろうか?

 それまで、わたしのことを覚えていてくれたらいいなと、感傷的な気持ちにもなる。


 加奈ちゃんに手を引かれたわたしと、咲也に連れられた兄と晴夏。

 男女で二手に別れ、厨房裏にある通路奥のお手洗いへと足を進めた。


 最後にひと目、愛花の姿を確認し、この目に焼きつけようと振り返る。


 愛花の目の前には、チェリストである弟・久我山出がいた。

 二人で何かを話しているようだ。


 愛花が嬉しそうな顔をして、思わず抱きつこうとしたところを、清可によって阻止される。

 先ほど、愛花が穂高兄さまにした行動とまったく同じ動きに、わたしはフフッと笑い声を洩らした。


 一連の彼女の動きを見るに、愛花と出の使用言語はおそらく英語だ。


 久我山兄弟も愛花と同じく、現在は海外在住のはず。

 彼等は今、夏休みのため、日本へ一時帰国中だったのだろう。


 彼等が日本で言うところの小学校五年生になった年の夏── 一年後に待ち受ける帰国子女枠の中学受験準備のために、母親と共に日本へ本帰国するのだ。


 ふと視線を感じ、出の隣に視線を移す。


 ビオリスト兼バイオリニストである双子の兄・久我山忍が、わたしの姿を何か物言いたげに見つめていた。


 わたしは慌てて忍から視線をそらし、歩調を速めて角を曲がる。


 大丈夫──彼等と出会うのは、わたしが中学生になってから。


 彼等は中学受験を経て、愛音学院の中等部に入学することが決まっている。だが、彼等はわたしより一学年上であり、滅多なことで接点はない。


 何か特別なことが起こらない限り、彼等と関係することはないだろう。


 わたしは自分の心を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返した。

 





覚えていらっしゃる読者様はいらっしゃるでしょうか? 出のチェロの師になる利根川一先生は、貴志を中学生まで教えていた先生であります。

早乙女先生と一緒に『大人の密談』回にて居酒屋に登場&真珠と貴志の出会いのきっかけとなった浅草での演奏を打診した先生だったりします(*´-`)

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『くれなゐの初花染めの色深く』
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