【真珠】『協奏曲』と大失態!
昼食のオーダーを決定したわたしは、椅子からピョンと飛び降りる。
ハンバーグメインの『首長竜の巣ごもりプレート』にするか、オムライスメインの『パンダプレート』にするかの二択で悩んだ結果──首長竜『ピー助』に軍配が上がった。
先日、翔平と飛鳥がやってきた時に、木嶋さん作のふわとろオムライスを食べていなかったら、未だに延々と究極の選択に思い悩んでいたことであろう。
兄は『恐竜の足型ハンバーグセット』を、晴夏はテントウ虫を象ったハンバーグの載った『ミュージアムプレート』を選んでいた。
女性陣はレストラン名を冠したセットメニューを選び、貴志は天重セット、咲也はカツカレーを注文することに決めたようだ。
「真珠、どうしたの?」
理香がわたしの行動に首を傾げる。
「あのね、あそこにういちゃんがいるから、キーホルダーをプレゼントしに、ちょっと行ってくる。わたしの分のメニュー、オーダーしてもらってもいい?」
わたしは理香に写真付きのメニュー表を見せて、先ほど決定した『首長竜の巣ごもりプレート』を指さした。
「あら可愛い!──いいけど、穂高、晴夏──真珠に付き合ってあげて。さっき、優吾に連れ去られて肝を冷やした件もあるから、渡したらすぐに戻ってくるように──貴志、それでいいわよね?」
理香が貴志に確認をとった。
「ああ──穂高、晴夏、頼む。まとめてオーダーしておくから、お前たちはどれに決めたのか教えてくれ」
兄と晴夏は、それぞれのメニューを貴志に伝えている。
「子供たちは全員ハンバーグか」
貴志が興味深そうに頷く様子をみて、「いや、そうかもしれんが、微妙に違うぞ」と思ったところ、三人娘が意外そうな声をあげた。
「葛城さんが意外と大雑把で、なんだか可愛いです」
「ちょっと親近感が湧いてしまった」
「確かに」
三人の声に、咲也が首を傾げる。
「いや、でも、どれも──ハンバーグ、だろ?」
大人六人の間でハンバーグ談義が始まると同時に、わたしは貴志に向かって手を振った。「行ってくるね」と声には出さず、口の動きだけで伝えると、貴志からは「了解」のサインが届く。
わたしは兄と晴夏と共に、愛花の座る席へ向かった。
──あれ?
わたしは歩みを止め、レストランの中をグルリと見回す。
また──だ。
何処からともなく、複数の視線を感じたのだ。
キョロキョロと周囲を確認するけれど、親子連れが沢山いるため、誰から見られていたのか見当もつかない。
「真珠? どうしたの?」
「友達でもいたのか?」
わたしの行動を訝しんだ兄と晴夏が、口々に問う。
誰かにこちらをジッと見られているような気がした。でも──
「ううん。多分……気のせいだと思う」
わたしは首を左右に振り、何でもないと伝える。
兄と晴夏へ向けられた視線を、自分に向けられたものと勘違いしていた可能性もある。
そう思って周囲を見渡したところ、老若男女の視線が兄と晴夏に注がれていることに気づく。
ナルホド。そういうことか──どうやらわたしは、美少年二人への熱視線を、己に向けられているものと勘違いしていたようだ。
それもそうだ。
『主人公』や攻略対象である彼等ならいざ知らず、『悪役令嬢』であるわたしごときに興味を持つ人間がいるとは思えない。
自意識過剰であったなと思い直し、兄と晴夏を視界に入れる。
うん──二人とも、ものすごい美少年だ。
間違いない。正体不明の視線は、彼ら二人へと向けられた不特定多数からのものだったのだ──おそらく。
微妙な違和感は未だに残るものの、自分が誰かに熱い眼差しを向けらえる覚えもない。
気持ちを切り替えようと、右手で握りしめていたキーホルダーの小袋を見つめ、兄と晴夏に声をかける。
「あのね、このキーホルダーは、ういちゃんとゆずちゃんに渡すんだけど、お兄さまとハルのぶんも買ってあるの──自宅に戻ったら渡しますね」
わたしが笑顔を向けると、兄と晴夏は「ありがとう」と同時に答えてくれた。
愛花のテーブルに向かって、わたしは再び歩き始める。
清可はゆずちゃんの口の周りを拭き、甲斐甲斐しくお世話中。
彼等を見つめる愛花は、とても上機嫌な模様。
昼食を食べ終わった彼女は、気持ちよさそうに歌を歌っている。
あれ?
この曲は──
わたしが過去を思い出し、先ほど歌っていた、あの曲──アントニオ・ヴィヴァルディ作曲の『Concerto for Two Cellos』──『ふたつのチェロのための協奏曲』だ。
「タッタラタッタ、ラッタッタッタ、ラッタラタッタ、ルールールールー、ララ、ランラン、タラ、ランラン──」
愛花は弾き始めの部分を、何度も何度も繰り返し歌っている。
そういえば、愛花は──チェリストだった。
この曲は確か、乙女ゲーム『この音』の中の愛花が、弾きたくて、けれど叶わなくて──いつか、誰かと一緒に弾いてみたいと願っていた曲。
同じチェリストである貴志ルートと、もう一人のチェリストである攻略者ルートで、彼らが心を通わせるきっかけとなった曲だ。
尊と共にハミングして遊んだ思い出もよみがえり──懐かしさに駆られたわたしの口から、思わず声が流れだす。
「──、ランランランランラン、ラータララン」
わたしはオーケストラのバイオリンパートが演奏する旋律を歌った。
その途端、驚いた表情を見せた愛花が、こちらを勢いよく振り返る。
そして、その声の主がわたしだと気づいた彼女は、満面の笑顔でその先のチェロパートを歌いはじめた。
迫り来る漣のような、怒涛の連符。
ドラマチックな緊迫感を帯びた旋律が、競い合うようにして走り出す。
時に、問いかけ
時に、語り
そして、時には、反発をする
けれど、お互いの音同士は付かず離れず、心地よい距離を保っては、折り重なるようにひとつの音楽を作り上げていく。
本来であればチェロの深い音色で奏でられる調べを、愛花とわたし──二人の少女の声で響かせる。
わたしは遠い昔に戻ったような気持ちになり、この心が徐々に高揚していくのを感じた。
幼い頃──楽器が手元にないときは、こうやって歌うことで尊と合奏を楽しんだのだ。
声という楽器で歌われる協奏曲が、心の中に広がっていく。
──ああ、なんて、素敵な時間なのだろう。
公共の場所のため、最初の区切りのみを歌ったわたしたち。
まるで示し合わせたように同じ小節で発声を止め、お互いに微笑みあう。
短時間ではあるが、愛花と一緒に声の合奏を楽しんだ──その事実に、わたしの心は歓喜で満たされる。
愛花と共に声を出して笑い合い、どちらからともなく歩み寄った。
彼女は瞳をキラキラと輝かせると、協奏曲への想いを語る。
「しいちゃん、この曲……知ってるの? わたしの大好きな曲なの」
──『この音』攻略本で、読んだことがある。
この曲は、愛花の通うチェロ教室の発表会で、年長の生徒が演奏し、いつか弾いてみたいと彼女が憧れを抱いた曲だ。
「しいちゃん、いつか……いつかね、わたしが弾く、この曲を聴いて! わたし、しいちゃんに聴いてもらえるように、頑張って、たくさん練習するから」
頬を上気させた愛花の、なんと愛らしいことか。
わたしはうっとりしながらも、しっかりと首肯した。
「楽しみにしてるね。ういちゃんが弾く、この曲。わたしもその演奏を聴いてみたい! 本当は一緒に弾けたら嬉しいんだけど、わたしはバイオリニストだから」
そう答えた瞬間──突然、とある少年の顔が浮かんだ。
『いつか、わたしが弾くこの曲を聴いて!』
『楽しみにしてる。君が弾く、この曲。僕もその演奏を聴いてみたい。できることなら、一緒に演奏をしたい。僕も君と同じ、チェリストなんだ』
あ……れ?
この記憶は──
わたしの背中を、ざわざわとした感覚が駆け抜けた。
何だか、大変大変、よろしくない予感がする!
いや、よろしくないどころか、非常にまずい気がするのは、何故だろう?
──違う!
何故だろう、とか言ってる場合じゃない!
わたしはなんて、なんて!
──迂闊なことを、してしまったのだろう!?
幼い愛花と、チェリストの少年の回想の映像──『この音』のスチルが頭の中にチラチラと浮かぶ。
わたしは、間違いなく、この遣り取りを、知っている。
まさか、まさか、まさか──
わたしはパッと周囲を見渡した。
心臓がバクバクと音をたてる。
緊張によって手は震え、血の気が引いたような奇妙な感覚が身体中を支配する。
何処?
どこにいる?
いや、本当なら、この場には、いてほしくない。
お願い。
どうか、どうか、わたしの勘違いであって。
祈るような気持ちで、周囲に視線を走らせた結果──
「──い……た……」
クラリと軽い目眩に襲われる。
あれは、間違いなく──
久我山兄弟!──最後の攻略対象の双子だ。
ものすごく、まずい!
迂闊にも程がある。
救いようのない事態に突入だ。
何故ならば、今のわたしと愛花の遣り取り──本来であれば、久我山兄弟と愛花が繰り広げるはずの会話だった。
しかも共に歌い──声で合奏する相手も、わたしであってはいけなかった。
久我山兄弟と愛花の、大切な大切な──出会いの場面を、わたしが全て横取りしてしまったのだ。
大失態という単語は、きっとこの状況を説明するために、神様が造った言葉なのではないだろうか!
いや、きっと、そうに違いない。
己のアホさ加減を呪いたくなったわたしは、両手で頭を抱えた。
もう、どうしたら良いのか皆目分からず、引き攣った笑顔を貼り付けることしかできなかった。
Concerto for Two Cellos in G minor
(Vivaldi double cello concerto)
https://youtu.be/7BbpNukE8yY
こちらはYo-Yo, Ma氏の演奏↓
https://youtu.be/FwZVpcGCA5w
女性の指揮者がカッコイイ↓
https://youtu.be/taKhHlkq17E
こちらも大好きな曲であります(*´꒳`*)







