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【真珠】兄からの助言

 優吾と、その秘書・東郷氏が仕事上の話をしている間、わたしはラシードと共に、その傍らで待機する。


 焦燥に駆られはするが、エルの忠告が意味しているモノが分からない。『小さな嵐』が何であるのか理解できないうちに、慌てて行動しても下手を打つ可能性が高い。


 まずは、貴志かエルに連絡をとりたいけれど、この子供の身では自由に動くこともままならない。


 わたしは動揺を抑えつつ、優吾と秘書の二人が話し終えるのを只管(ひたすら)待った。

 ようやく彼等の話に区切りがついたようで、叔父の元から秘書が離れた隙をつき、間髪入れずに声をかける。



「優吾くん! お願いします。スマートフォンを貸してください」



 わたしは必死の思いで、叔父に対して頭を下げた。

 今は優吾が苦手だなどと言って、避けている場合ではない。


 一刻も早く、貴志かエルのどちらか通話可能な状況にある(ほう)と連絡をとりたいのだ。


 貴志が戻ってくるまで待ち、その後で話を聞くことも出来るだろう。けれど、心が焦るのだ。これを虫の知らせとでも言うのだろう。


 わたしは自分の心が発する、不協和音にも似た警鐘を信じることにした。


 何かが起きている。それは間違いない。

 それも──わたしの知らぬ所で。


 必死の形相で優吾にしがみつくわたしを、叔父は腕組みしながら見下ろしている。


「真珠? 何をしでかすつもりだ?」


 優吾が試すような目で、わたしの顔を覗き込む。


 何と答えていいのか分からない。



 ただ──貴志のことが心配で、エルが口にした『小さな嵐』という言葉が気がかりだった。



 彼らの様子がわからない。だから、余計心配になるのだ。


「──心がモヤモヤするの。何かが始まっているのかもしれないし、単なる思い過ごしなのかもしれない。でも──」


 優吾の人差し指がわたしの唇に立てられ、言葉は途中で塞がれた。

 これって、黙れ──ということ?


 どうしよう。

 このまま子供の戯言(ざれごと)と一蹴され、優吾に相手にされなければ──わたしには今、彼等とコンタクトをとる手段がひとつもない。



「なんて顔をしているんだ。そういう心の声には、素直に従ったほうがいい──誰だ?」



 わたしの(ただ)ならぬ雰囲気を汲み取った優吾は、即座にスマートフォンを取り出すと、顎をクイッと上げた。


「え……と、誰って?」


 その言葉の意味を取り(あぐ)ね、同じ言葉が口をつく。


「──誰に連絡を取りたいんだ? 言ってみろ。優理香か? 穂高か? それとも──」


「貴志! 貴志に連絡してほしい! です」


 わたしは食いつくように、優吾に向かって懇願した。



「貴志の番号は、わたしのリュックにメモが入ってるから」


 メモを取り出そうとするわたしの動きを優吾が制した。


「その必要はない。交換した名刺に載っていたからな、既に登録してある」


 素早い対応にお礼を伝えようとしたところ、優吾は耳元にスマートフォンを添え、貴志の番号に呼び出しをかけている。


 けれど、何度かけ直しても留守番電話に切り替わってしまい通じない。

 もしかしたらマナーモードに設定されているのかもしれない。


「貴志が通じなければ──聖下に、電話をかけてもらうことはできる? お願いします!」


 不安な気持ちを押し込め、優吾を見上げた。


「分かっている。今、聖下にもかけている」


 叔父は、貴志に次いで、エルにも連絡を入れてくれた。

 けれど、こちらも複数回かけたが反応はない。


 電波の悪い場所に二人しているのかもしれないな、と優吾が呟く。



 そうこうしているうちに優吾のスマートフォンが鳴り響いた。



 貴志かエルのどちらかが、優吾からの不在着信に気づき、かけ直してくれたことを期待したけれど、電話の主は兄だった。



 わたしが(さら)われたと、理香が相当心配しているとのことで、彼女を落ち着かせるために兄が優吾に連絡を入れたようだ。


「真珠、聖下たちと連絡がつかない今、落ち着かないだろうが、穂高と話してやれ。その後、また電話をかけるから」


 わたしは頷いてから、手渡された優吾のスマートフォンを受け取った。


「お兄さま?──はい、わたしです。ええ、今、こちらは優吾くんと秘書さんと、それからラシード殿下とご一緒しています。ええ……なので、理香には心配しないよう伝えてください」


 兄が少しの間、沈黙した。


『そう……、あの王子と一緒にいるの。貴志さんたちは、もうそこに着くのかな?』


 兄の声が急に冷たくなったような気がした。


 そういえば、入館待ちの列に並んでいる時、ラシードに突進されたわたしはアスファルトの上に倒されかけたのだ。

 妹があわや転倒し、怪我を負うところだったと知る兄だ。

 ラシードに対する心象は、あまり良くないのだろう。


「貴志達とはまだ……会えていません……」


 現在の状況を掻い摘んで説明し、地球館入口近辺にいる旨を伝える。同時に、貴志とエルの双方に連絡がつかないことも、溜め息と共にこぼした。


『加奈さん達に連絡はしたの?』


 そうか! 加奈ちゃんだ。

 三人娘は今、貴志と一緒にいる筈だ。


 一縷(いちる)の望みが(とも)りかけた。けれど──


「加奈ちゃん達の連絡先……今日は持っていなくて、分からないんです」


 以前『紅葉』でもらった加奈ちゃんたち三人の連絡先メモは、自宅に保管してある。

 まさか全員がバラバラになってしまうとは露ほども思わず、今日は生憎と持ち合わせていなかったのだ。



『じゃあ、今から優吾さんに画像添付するから、心配なら彼女達に連絡してもらうといいよ』



 兄の言葉に、わたしは首を傾げた。



「お兄さま? 画像って?」



 わたしの質問に兄が『忘れちゃったかな?』と笑う。



『ほら〈天球〉の廊下で──貴志さんのメールに、三人の連絡先メモを撮影して送ったことがあったでしょう?』



 あ!

 そういえば──そんなことがあった。


 そうだ、確かあれは咲子姉さまに騙された『茶話会』の翌朝のことだ。



『心配なんでしょう? その画像、まだ僕のフォルダーに残っているから、今から優吾さんに送るね。じゃあ、これで一旦通話は切るよ?』


「お兄さま、本当にありがとうございます!」



 兄からの助言に対し、わたしは感謝の気持ちを込めてお礼を口にした。



『うん──良かった。声が元気になったね。今、僕たちもそちらに向かっている──また、あとでね』



 兄の朗らかな声を耳にした瞬間、心の中に穏やかな風が吹いた。

 (さざなみ)の立っていた胸のうちが少しずつ凪ぎ、わたしは深呼吸をして冷静さを取り戻す。



 焦ったとしても、今、わたしに出来ることは殆どない。

 まずは出来ることをして、それでも状況が分からなければ、慌てず待つのが得策だ。



 通話を切った後、優吾にスマートフォンを返す。

 兄から画像ファイルが送られてくる旨を伝え、その写真に載る連絡先に電話を入れてもらいたいとお願いをする。


 優吾は了承すると、東郷氏を近くに呼びよせ、エルに連絡を入れるよう指示を出した。


 兄からのメッセージ待ちの時間を無駄にせず、優吾は貴志に、東郷氏はエルに電話をかけてくれたのだが、やはりどちらも繋がらない。


 電話をかけている間に、優吾のスマートフォンに兄からの写真も届いていた。

 わたしはそこに載る、加奈ちゃんの番号に連絡してほしいとお願いする。


 優吾が素早く番号を打ち込むと、呼び出し音が洩れきこえた。しばらくすると、電話の向こうで何か動きがあったようだ。


「真珠、繋がったぞ」


 優吾がそっと教えてくれた。

 着信許可した加奈ちゃんに対し、叔父は自分の身元を説明する。その後、叔父はわたしに向かってスマートフォンを差し出した。


 優吾から電話を受け取り、耳元に当てる。


「もしもし、加奈ちゃん? 今そちらは、どうなっていますか?」


 ──と。





次話、推敲中です。

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