【真珠】紐、再び!
ラフィーネ王女から出された、貴志とエルのお遣い話三部作。
全三話ともに本日更新予定です。→全4話となりました。
「真珠、うろちょろするな」
クイッと軽く引っ張られ、貴志のもとへ引き戻される。
背中にはリュック。
そして、貴志の手には手綱よろしく紐が握られている──そう、あの紐だ。
美沙子ママが貴志に手渡し、鬼押し出し園でも大活躍なさったアレである。
わたしの背中には貴志との赤い糸ならぬ、絆──もとい迷子紐が括り付けられているのであった。
現在、有楽町線市ヶ谷駅の改札に向かい地下通路を歩いているところだ。
…
遡ること二十分ほど前──
楽器を部屋に戻し、ホテルの一般ロビーに降り立ったわたしと貴志。
いつものごとく、貴志に向けられた宿泊客からのものすごい視線を浴びながら、二人でロビーを横切る。
だいぶ慣れたとは言え、凝視されると落ち着かない。
ラウンジのソファにおろされたわたしは、そこで待っているように指示され、ちょこんと座って待機する。
王子殿下二人を待つ間に、貴志はフロントにて特別室宿泊客用のリムジンサービスの手配中だ。
雨脚も強く、子供もいるため、最寄りの有楽町線の駅近くまで送迎してもらうことにしたのだ。
わたしはと言えば、先程からドキドキが止まらない。
今夜はもしかしたら貴志とずっと一緒にいられるかもしれない──そう思うと頬が緩んでしまうのだ。
いや、分かっている。
絶対に何も起きないであろうことは。
そもそも起きたらマズいだろう。
でも、ちょっとくらいなら……いやいや駄目だ。
お子さま特権を振りかざしてはいるが、中身は大人だ。
正直、この心は貴志と触れ合いたくてたまらない。
わたしはいつからこんなに、色恋関係で積極的な人間になったのだろう。
流石に大人の男女のアレやコレやは全く期待していない。
貴志に於いてはそんなものは願い下げだろうし、わたしに於いては、正直それがどんなものなのかも分からない。
いや、勿論、方法としては分かっている──が、感覚的には未知の領域だ。
だが悲しい哉。
謁見プレイデート後、貴志は部屋に戻ると、すぐさま美沙子ママに連絡を入れたのだ。
早目のお迎えは可能か? と打診しおったのだ。
このヘタレくんめ!
結果は、榊原さんの予定変更はできず、天候によっては一泊することとなった。
電話の最後に、貴志が美沙子ママに口走っていた会話を思い出す。
なかなか気になる単語を連発していたので、あれも今夜質問せねばなるまい。
「は? 婚約って……その話はおそらく流れる……は⁉ 進んでいる? はぁ⁉ 今夜の会議で? 美沙、それは……、おい、笑うな! いや、そういう訳では……」
わたしが耳をそばだてていることに気づいた貴志が、そこで取り繕うように話を切り上げた。
「真珠が聞いている……ああ、分かった。
体調不良だと聞いていたが、元気そうで良かった。
了解……、その時は真珠を預かる。
……ああ、明日、月ヶ瀬には紅たちがやってくる前に連れて行く。
分かった。しっかり休めよ」
通話を切ると、その話の内容を問う時間さえなく、二人で大急ぎでロビーに降りてきたのだ。
会話中、色々と気になる言葉が出てきたが、それは追々──今夜の話し合いの時にでも訊いてみよう。
忘れないようにしなくては。
フロントで手続きをする貴志の姿を眺めていたところ、エレベーターの扉が開き、中からエルとラシードが現れた。
先ほどのアルサラームの侍従服から着替えたエルは、グレーのシャツに薄手の黒いジャケットを羽織ったラフな出で立ちだ。
とは言え、彼らの存在自体が一般ロビーでは場違いだった。
もの凄い気品と只物ではないオーラが放たれ、チェックイン間際の客たちの視線が注がれている。
貴志と並んでいた時は全く気づかなかったが、やはり一般客と比べてしまうと品格が違う。
まさしく高貴な出自ということが、その立ち居振る舞いだけで伝わるのだ。
しかも、兄弟揃ってあの美貌。
人目を引くなという方が土台無理な話だ。
アルサラーム王子兄弟の登場に気づいた貴志が軽く手を上げ、ここだと意思表示をする。
気づいたエルがゆっくりと歩み寄り、ラシードも足早に貴志のいるフロントカウンターにやってくる。
極上の美青年二人が立ち並び、会話を交わす様は非常に見ごたえがあった。
滅多にお目にかかれない一対の美青年の姿は、時間を忘れて鑑賞に徹してしまう絵画のような美しさなのだ。
ホテルスタッフ以外の老若男女の視線を釘づけにした彼らは、わたしのいるラウンジにやって来た。
ラシードが一番乗りでわたしにボフッと抱き着き、そのままソファに倒れ込む。
周囲のお客様方は、あらあら、と微笑ましく見守ってくれているのだが──ほぼタックルに近い。
地味に痛かった。
黒塗りの送迎車にて靖国通りをひた走り、千代田区の三番町付近の路地裏にて降車する。
その際、例のリュックを背負わされたのは、まったくの想定外。
迷子紐付きリュックの存在など、遥か忘却の彼方だったわたしの衝撃は相当なものだった。
ラシードは興味津々でそれを眺め、どちらかというと好意的。何故か、彼も付けたそうにしている。
そんなに興味があるのならば譲ってやるぞと思ったが、貴志はわたしの考えを既にお見通しで『駄目だ』と一言窘められた。
美沙子ママからのお達しで、外出の際は必ず使用するように言付かっていると聞いては、文句のひとつも言えない。
その様子を見ていたエルは、ここでも口元に拳を当て、声を殺して笑っている。
エルよ。陰で笑うのならば、もっとしっかり隠れてくれ。
丸分かり過ぎる。
お前には、もっと修業が必要だ!
そうは思うのだが、そこに突っ込む元気は迷子紐の登場によって削られてしまい、わたしは大人しく散歩中の犬と化した。
リアルにおいて不測の事態が起きない限りではありますが、
ニ話目は、本日17時前後で更新予定。
三話目(お遣い最終話)は、本日21時前後になると思われます。







