表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/391

【真珠】ラフィーネ と 『祝福』条件

ブクマ、評価および脱字報告をいただき、

ありがとうございます!


「真珠、着替えはしなくても構わない。それよりも、早目に訪ねてほしいとのことだ」


 エルとの電話を終えた貴志が、先ほど準備した濃紺のスーツをクローゼットに戻している。


(あのスーツを着ないのか!?)


 片付けられていくシャツ及びネクタイを、残念な気持ちで見送る。

 黒以外のスーツを着た貴志を見てみたかったのだが、エルとの話し合いで何かあったのだろう。

 致し方ない。そこは素直に諦めよう。


 建前上プレイデートとは言っているが、所謂(いわゆる)ひとつの謁見(えっけん)だと認識している。


 祖父母と国王陛下は旧知の仲とは言え、わたしとラシードに関しては、ほぼ初対面。しかも先ほどの遭遇時の印象は最悪だった筈だ──それ相応の格好をして、礼儀を見せなければならないのだが、貴志は着替えなくてもよいと言う。


 ベッドの上に置かれた濃紺のワンピースと白のボレロに目をやると、彼がそれらを手早くハンガーにかけ、壁のフックへと移動しはじめた。


 今の格好も『天球』からの車移動で苦にならず、なおかつハイクラスのインペリアル・スター・ホテル内でも浮くことのない服装は着用している。

 特段ラフすぎるわけではないので、非礼になることもないだろう。


 それよりも、気になったのは先ほどのエルの会話だ。

 何故、服装指定があったのだろう。


 スーツとワンピースを片付けた貴志は、内線電話をかけ始めた。

 わたしの身支度のため、美容室を予約をしていたのだが、急遽キャンセルの連絡をしているようだ。


 貴志は祖母から渡された荷物の中からヘアブラシを取り出すと、壁にかけられた姿見の前に椅子を準備する。


 手招きされ、その椅子に座ると、彼が丁寧に髪を梳いてくれた。


「エルは? 何て言ってきたの?」


 鏡越しに視線を合わせると、少し考える素振りをする彼の様子がうかがえた。


「動きやすい格好で来いと言われた。そういう訳にはいかないと伝えたんだが、先ほどの服装が良いと──その理由までは言っていなかった」


 貴志は話をしながら、わたしの髪を少し高めの位置でポニーテールにまとめている。

 真剣な表情で、髪をまとめることに集中しているようだ。



 わたしはひとつ、気になっていることを貴志に訊ねた。



「貴志は知っていたようだけど……アルサラームの王族からの『祝福』って、世間で周知されるくらい有名な一般常識なの?」



 ちなみに『この()』プレイ中、『祝福』については何も言及されていなかった。よって、わたしはそんな誓約があることなど、全く知らなかったのだ。



 そういえば──ラシードが主人公に音色を捧げた後、すぐに口づけをしていたことを思い出す。


 すぐに手を出すなんて、破廉恥な! と思い、グイグイくるタイプは苦手だと前述したが──あれは『祝福』だったのだ。おそらく。


 『主人公』に対して、太陽神シェ・ラへの崇高な誓いを立てるほど、ラシードは彼女を一途に想っていた。そう考えると、手が早い、と敬遠してしまったことについては謝らなければなるまい。

 

 親密度の上がらないBADエンドであっても、『主人公』を第三とは言え夫人として迎え入れたのは『祝福』の誓約があったから──そう考えると、色々と辻褄(つじつま)が合う。



 貴志を見ると、今度はポニーテールに飾りをつけることに熱中していた。

 『紅葉』にて、わたしの首元を隠すために贈ってくれたスカーフを、リボンの代用品にするらしい。


「ああ、『祝福』については知っていた。昔、ラフィーネから聞いていたから」


 相変わらず器用な男だ、と感心すると共に、初めて耳にした名前に首を傾げる。


(ん? ラフィーネ? 誰だ? それは?)


「ラフィーネって? 初めて聞く名前だけど、アルサラームの人なの?」


 綺麗にリボンを結べたことに満足したのか、貴志は「よし」と言って笑みを見せた。


 こやつめは、髪結いに熱中しすぎて、わたしの話を聞いていたのだろうか?


「貴志? わたしの話、ちゃんと聞いていた?」


 少し不安になって鏡越しに彼の目を見つめる。


「ああ、すまない。シェ・ラ・フィーネ=アルサラーム王女殿下だ。昔、俺が五、六歳の頃に、アルサラームの王宮で遊んでもらった……んだろうな? 多分」



 なんと!? 王宮でお遊びとは!



 興味津々で王宮について話を聞こうと貴志を見たところ、彼は遠い目をしていた。



「いや、遊んでもらったと言うよりは、()()()()と言った方が正しいのかもしれない……」



 そう呟いた彼の瞳からは、何故か光が消えている。



 王女殿下とのプレイデート中、思い出すのも苦痛な程の忌まわしい出来事でもあったのだろうか?




「ラフィーネの望む遊びに付き合わないと、口づけをすると脅された。美沙にも紅にも毎日のようにされていたから『そんな遊びに付き合うくらいなら、すればいい』と伝えたんだが──王族の口づけは『祝福』と言って結婚の約束をする時に交わすものだ、と激怒された。あれは子供心に、とても恐ろしかった──実はその直後の記憶が、何故かないんだ」



 ラフィーネは貴志よりも年長で、第二側妃腹の王女殿下だと教えてくれた。

 子供の頃に会ったきり、月ヶ瀬を飛び出してからは没交渉だ、とも言っていた。


「じゃあ、貴志は他の王子や王女とも知り合いなの?」


 まさか貴志が王女殿下と幼馴染だったとは思いもよらず、身を乗り出すようにして訊ねる。


 祖父の孫であるわたしが、ラシードと遊ぶことになっているのだ。

 実子の美沙子ママや、甥とはいえ実子同様の立場にあたる貴志が、王族と知り合いだったとしても何らおかしくない。そんな当たり前のことに、今更ながら気づく。


「いや、他は知らない。たまたま年齢が近かったのでラフィーネと、その侍女見習いだという少女と一緒に遊んだんだが、それだけだ。それにあれは王女というよりは──……いや、不敬にあたるな……」


 貴志は言葉を濁したが、その後、アルサラーム国の王族一家情報をかいつまんで教えてくれた。


 第一正妃である王妃さまには、第一子と第三子の王子殿下がいらして、一人は王太子として国を率い、もう一人は祭祀を司る教皇のような位置に就いているそうだ。

 第二側妃には、第二子と第四子の王女殿下。そのうちの一人がラフィーネ王女らしい。

 第三側妃はラシードの母親で、第五子と第六子の王子殿下がいるとのこと。そして現在第七子をご懐妊中とか。


 そんな話をしていたところ、貴志のスマートフォンにメールが届いた。


「穂高からだ──なるほど……」


 貴志は兄からのメールを真剣に熟読している。

 読み終えると、そのメールをわたしにも見せてくれた。

 


 そこには、アルサラーム王家の正式な『祝福』の儀式についてが箇条書きにされていた。



          …


 件名:『祝福』条件について



 王族の唇が顔面の何処かに触れること。

  頬、額、鼻、瞼、唇の順でより強固な誓約となる。


 太陽神への誓いの場所。

  屋内、屋外、神殿の順でより優先される。

  日中であれば天候は無関係。

  太陽神シェ・ラのシンボルマークの元での誓いが最優先。(シンボルマークについては調査中)


 太陽神への供物として『音』の奉納を行う必要がある。


 優先順位が付けられているのは、求愛する女性に複数の求婚者がいた場合の優先順位。


 過去、王族からの『祝福』を辞退した女性あり。

  太陽神の神殿で一般男性との婚約の儀式を既に行っていた為、『祝福』は無効となった。



 境野先生宅に到着するので、ここまでしかお伝えできず申し訳ありません。


 父が辞退するための対策を練ったようです。(詳細は不明)


 真珠のことをよろしくお願いします。

 


          …


 兄は境野先生宅への移動中に、このメールを急いで打ってくれたのだろう。


 わたしが『祝福』を受けたことが彼の耳にも届き、心配をかけているようだ。


 自分の不甲斐なさに申し訳ない気持ちになる。


「穂高は『天球』で、紅のレッスンの休憩時間にアルサラーム語の文献を読み漁っていたんだ。晴夏が『穂高は知らない文字をタブレットで読んでいる』と言っていたが、お前がラシード王子と会う情報を入手して、事前にアルサラームについて調べていたようだ。あとで直接、礼を言わないとだな」



 穂高兄さまに大切にしてもらっていることを改めて感じ、心がじんわりと温かくなる。

 妹想いの兄を持ったわたしは、なんて果報者なのだろう。


「準備が出来次第、部屋を訪ねるように言われている。約束の時間よりもかなり早いが、そろそろ行くぞ」


 貴志が居間へ戻り、チェロケースを手にする。

 わたしも彼の後をついて行き、バイオリンケースを背負う。



 目指すは『祝福』辞退だ。



 ラシードはわたしに対してかなりご立腹だったので、まかり間違っても気に入られることは、まずないだろう。


 貴志との演奏も計画している。

 あの曲で、子供心をグッとつかみ、主導権を握って差し上げることにしよう。


 よし! と気合いを入れて両手で頬をパンッと叩く。


 貴志はわたしの態度を目にして、何故か苦笑している。

 


          …



 今のわたしたちは、まだ知らない。


 ラシードの部屋を訪れてすぐ、エルの秘密を知って唖然とすることを。


 エルからまさか、あんなお願いをされることも──全て想定外だったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
hakeさま作画


↑評価5桁、500万PV突破
筆者の処女作&代表作
ラブコメ✕恋愛✕音楽
=禁断の恋!?
hake様作画

小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ