【真珠】針千本の誓い
「我が国の直系王族は、すべて太陽神シェ・ラの末裔。現人神にあらせられます。
いわば生き神である王族からの接吻は、その者に豊穣と繁栄が約束されたことになります。それを女性に与えた場合、恐れながら妹背の契りの約束を交わしたと解されるのです」
妹背の契りの約束?
それは、つまり──結婚の約束、ということか!?
冗談ではない。
それだけは避けたいと、ラシード王子の『嫌な女ブラックリスト』に載る計画を練っていたというのに、まさかの激突で婚約者にされてはたまったものではない。
阻止しなければ……。
でも、どうやって?
わたしは貴志の手をギュッと握った。
駄目だ。
なし崩し的に誓約をさせられでもしたら一大事だ。
とりあえず、どう対応してよいのか分からないが、意思表示をせねばなるまい。
即、拒絶!
断固拒否だ。
わたしは声を大にして宣言する。
「お断り、いたします!」
一番避けなければならない婚約コースを避けられるのか否か、自分の運命が今この時にかかっているのだ。
わたしは「お断り」の部分を特に語気強く伝え、固辞する。
絶対に、気は抜けない。
拒否一直線で進まねばならない。
迷っては駄目だ。
つけ込まれる隙を与えてもいけない。
まさかとは思うが、ゲーム中の月ヶ瀬真珠がラシードと婚約していた理由は、遊んでいる時にうっかり彼の口がぶつかったから結ばれたものなのではないか!?
そんな恐ろしい可能性が脳裏をよぎった。
断る理由は?
なんと言えば良い?
断るだけなら猿でもできる。多分。
そこに納得できるような理由がなければいけない。
どうする?
どうする??
どうする???
必死に脳みそをフル回転させる。
何をどう伝えれば、断る理由になる?
どうすれば尤もらしく聞こえる?
ああ、もう、これしか思いつかない。
脳裏をかすめるのは剣道少年。
ウェディングドレスを着てみたいという願望で交わした、あの約束だ。
わたしは深呼吸をし、一息でその理由を告げる。
「わたしには既に将来を誓い合った人がいます。よって『祝福』は受けられません!」
今朝、思い出した翔平との約束。
これを正式な結婚の約束としてよいのかどうかは分からないが、とりあえずお断りの理由に使わせていただこう。
すまん、翔平よ。
お前の知らぬところで大変申し訳ないが、わたしの将来の為に有効活用させてもらうぞ──と、心の中で合掌を送る。
「それは正式なもので?」
エルはわたしの背後に向かって話しかけている。
さきほどから、この男はどこを見ているのだろう?
わたしの背後には誰もいないというのに。
──なんだか怖い。
「正式?」
わたしの疑問に、エルは頷く。
「さようでございます。太陽神の御前での誓約──こちらが最上の誓いとなります」
太陽の下での誓い、ということだろうか?
それとも神社のような神前での儀式ということ?
意味は分からずにいたが、ここで引いてはいけないような気がしたので、強気で攻める。
神前で誓ってはいないが──
「指を切り合った、この命をかけた誓いです!」
──針千本のな!
正しく、命がけの約束だ。
なぜ、簡単に指切りなどしてしまったのか。
翔平にも、何れお断りする必要があるかもしれないので、そちらも非常に悩ましい。
エルが訝し気な表情を見せ、呟く。
「命をかけた──誓い?」
わたしは大きく首肯し、そのまま『祝福』辞退をたたみかけようとしたところ、貴志の手がわたしの口を覆った。
驚いてビクッと身体を震わせ、彼を見上げた途端フワリと身体が浮き、頭ひとつ高い位置で縦抱きにされる。
わたしは貴志を上から見下ろした。
彼の瞳が間近にあり、心臓が跳ね上がる。
「貴志?」
唇に、彼の人差し指がそっと置かれた。
こんな時なのに、その指先が触れた部分に微熱が宿り、胸が苦しくなる。
何も話すなと目で伝えられ、それを理解したわたしは彼の首にしがみ付いた。
このエルという青年が──怖い!
感じの悪い態度をとられたからではない。
彼のどこか浮世離れした雰囲気に、すべてを見透かされているような気持ちにさせられる。
本当のわたしの姿を暴かれるような不安が訪れ、無意識のうちに貴志に縋りついてしまったのだ。
エルと対峙している間、ずっと身体が震えていたことに、今更ながら気づく。
貴志はこの怯えに気づいていたようで、わたしの背中をそっと擦りながら小さな声で「大丈夫だ」と宥めてくれた。
彼はわたしをしっかり抱き留め、エルに視線を向けると、にこやかな声音で言い放つ。
「ミスター・ハマット、大変申し訳ございませんが、詳細は約束の時間に改めて話すことに致しましょう。私共は一度失礼させていただきます」
エル=ハマットは、その言葉を受け、楽し気に頷いた。
「了解いたしました。午後の約束を、殿下ともども楽しみにしております。楽器で遊ばれると話はうかがっております。ミスター葛城もチェロを嗜まれるとか……是非、そちらもお持ちください」
それだけ言うと、今度は何故か貴志の背後を見ている。
エルは首を傾げながら腕組みし、右手を顎に当てると、再び言葉を紡いだ。
「ミスター葛城、あなたの運命……いや──魂は……既に染め変えられているのですね──彼女によって。これは大変……興味深い」
どうしてそう感じたのかは分からないが、エルは貴志に対して何か揺さぶりをかけた気がする。
けれど、貴志は動じることなく、余裕のある態度で艶やかに笑い、口を開く。
「いかようにもご解釈を」
──と。
しばらく彼等は見つめあったまま動かずにいたが、貴志はわたしを抱えたまま一礼すると踵を返した。
エレベーターホールまで来たものの、この状況では食事に出られないと判断し、一旦部屋へ戻ることにしたようだ。
ふと、顔を上げると、ラシードとエルの二人が、こちらを見送っていた。
ラシードは怒ったようにプイッと目を逸らし、エルは何故か満足そうに笑っている。
「レディ真珠、貴女は実に面白い魂をお持ちだ。そのベールを……暴いてみたくなる」
エルの言葉を聞き、わたしの身体に緊張が走った。
その様子に貴志が足を止め、後方のエルを振り返る。
こちらの様子に目を細めたエルは、腰を深々と折った。
「貴女の中に眠るその魂に、太陽神シェ・ラのご加護を。この運命の導きに、感謝いたしましょう」
それだけ言うと、エルはラシードを促し、わたし達とは反対方向へ去って行った。
(何? 今の言葉──)
貴志と目を見合わせる。
わたしはエルにかけられた言葉の真意が分からず、只々困惑するばかりだった。
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