【真珠】理香への質問
眠りが浅くなり、鳥の囀りで目が覚めた。
晴夏が眠るソファの対面の椅子にて、本を読みながら寝てしまったのだろうか──理香の頭が舟を漕いでいた。
しかし、わたしが寝返りを打った衣擦れの音で、彼女を起こしてしまったようだ。
「真珠、起きたの? もう少し寝ていた方がいいわよ」
少し気怠い声だ。彼女もまだ眠いのだろう。
「理香、こっちのベッドで一緒に寝たら? 横になったほうが疲れがとれるよ」
そう言ってわたしが壁側に身を寄せると、理香が「そうしようかしらね」と言って一緒に横になった。
理香の近くにすり寄ると、理香が「なに? 甘えたいの?」と言って胸元にわたしの頭を引き寄せてくれた。
なんだか嬉しい気持ちになる。
つい最近まで、母親からの愛情を受けられなかった弊害なのかもしれない。
心の中には、幼い『真珠』の自我がハッキリと残っている。
その心は、人恋しさでいっぱいだ。
親や大人からの愛情を強く求めてしまう──そういった意味で、わたしはまだ完全な大人とは言えない。
今となっては、伊佐子の記憶が入ったのか、それとも真珠が思い出したのか、どちらが正しいのか定かではない。
二つの心は少しずつ融合され、安定しはじめている。けれど、ふとした瞬間にその歪さが表面にあらわれると、途端に不安定になるのだ。
「貴志にくっついて寝るとホッとするけど、理香と一緒に寝るのは……柔らかくて、気持ちがいいね」
わたしがそう言うと、理香がパチッと目を開いた。
「え? なにそれ? 貴志と寝るって、一緒に眠ったの? いつ?」
理香の疑問に答える。
「へ? 今朝だよ。勝手に部屋に忍び込んで、色々あって、結局一緒に眠ってたら、ものすごく怒られた。もう完全に嫌われたと思って、たくさん泣いて、多分かなり困らせた──と思う」
理香が憐れむような表情をして、「相当な受難だったわね」と呟いている。
そんな理香の様子を目にしたわたしは、今現在自分の心を支配している複雑な気持ちを、彼女に伝えてみたいと思った。
──貴志との勝負に対する、この不安な気持ちを。
今の彼女だったら、茶化さずに答えてくれそうな気がしたのだ。
「ねえ、理香──わたしに、分かるかな?」
貴志がわたしに伝えたいこと。
その心を理解できるだろうか。
神妙な声で質問したことで、理香も真面目な顔でわたしを見つめた。
「貴志との勝負について、真剣に考えているのね」
声に出さず、わたしはしっかりと頷く。
ずっと考えている。
コンサートの後から、頭の大半を占めているのは貴志のことばかり。
理香はうつ伏せになると、肘をついて少しだけ起き上がった。
「大切にされているのは感じているんでしょう?」
理香がわたしの頭を優しく撫でる。
「うん。それは分かる。いつもわたしのことを一番に考えてくれている……と、思う」
わたしの答えに頷いた彼女は、優しい微笑みを覗かせた。
「それが分かっているなら、大丈夫じゃないかしら。そんなに難しいことはないと思うわよ。だって、音に表さなくてもアイツからの態度で、充分伝えてもらっているでしょう?」
理香の言葉を受けて、わたしは顔を上げる。
『音に表さなくても充分伝えてもらっている』──そう、なのかな。ううん……そうなのかもしれない。
「貴志も、なんだかんだ言ってはいるけど、あんたが理解するって信じているみたいよ。だから、キチンと演奏を聴くために、もう少し休んでおかないと」
そう言ってサイドテーブル上の時計を確認し、わたしにタオルケットをかけ始める。
わたしは「待って」と言って、理香の行動を止めた。
「あのね、理香、ひとつ質問してもいい? 勿論、答えたくなかったら答えなくてもいい。そういう……答えにくいかもしれない質問なの」
改まった声で伝えると、理香は不思議そうな目でわたしの顔を覗き込む。
答えるか答えないか──理香の判断に任せたくて、質問に対する黙秘という逃げ道を作る。
「どうしたの? いいわよ。でも、なんだか緊張する言い方ね」
実はずっと気になっていた。
機会があったら理香に聞いてみたかった。
多分、今しか確認するチャンスはないだろう──だから、思い切って質問してみようと思った。
「理香は、貴志のことが──好き、だったの?」
驚いたように目を見開いた理香は、瞬きもせず、わたしの双眸を見つめ返した。







