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【幕間・番外編・真珠】下僕!


(な……なんと!?)


 目の前には、山盛りにされた嬬恋特産のトウモロコシ。


 わたしは、それを眺めながら、ただただ茫然と──言葉もなく佇むだけだった。



          …



「美味しそうね。いただきまーす!」


 理香が早速、手を出して、実をほぐしていく。


 彼女は一列ごとに剥がして食べる派らしい。


「ちょっと、集中させてね」


 理香はそれだけ言うと、黄金色の実と格闘し始める。

 何粒のトウモロコシの実をくっつけて剥がせるのか──飽くなき挑戦に取り掛かっている。

 既に夢中で、わたしに話しかけないでよモード発動中だ。




 加山は、ひとつずつ丁寧に実を外し、それをまとめてから食べる派だ。


「これは、本当に甘いね。真珠ちゃん、とっても美味しいよ。ありがとう」


 爽やかな笑顔でお礼を言われた。清々しいまでに突き抜ける清らかさだ。




 鷹司家に至っては、何故か紅子が携帯用ナイフを持っていて、それで黄金色の実を束で削いでいる。


 たしかに三人分だから、その方が早い──が、芯に実の美味しい部分が残ってしまうではないか!?


 そんなことを思っていたら、紅子はその芯をガリガリと豪快に齧りだした。まるで野生児のようだ。


 晴夏と涼葉は、ほぐされた実を食べている。

 涼葉はパクパクと口に運んでいる姿が小鳥のように愛らしく、晴夏はトウモロコシを食べる動作でさえも見惚れるほど美しい。


 何故、この母親から上品な彼らが生まれたのか。永遠の謎である。いや、反面教師なのか? と失礼なことも考えてしまう。




 兄を見る、ちょこっと齧っては美味しさに頬を緩めている。この表情も素敵だ。

 純真な王子さま──いや、天使? この笑顔を写真におさめたい。

 齧った後は、手でもほぐして食べているので兄は両刀派だ。




 貴志は一列分の実を丁寧に剥がすと、その後は親指と母指球で一気に剥がしにかかる。

 手が大きいと、こういう技も使えるのか。羨ましい。


 その豪快な剥がしっぷりを見学していたら、あれよあれよという間に2本分の実がほぐされていた。


「真珠、来い」


 こちらを見向きもしないで、手招きされた。


 どうやら、わたしの分も剥がしてくれたらしい。ありがたい。

 わたしのことまで気にかけてくれる、その心根の良さに感服だ。




 貴志が準備してくれたトウモロコシの実。彼の隣にちょこんと腰かけ、それを一粒つまんで口に放り込む。


(甘くて美味しい! ほっぺが落ちるぞ、これは。)


 一昨日、わたしを捕獲するために二本ほど食べたが、本日は既に金曜日だ。

 そろそろ食べないと悪くなってしまうと焦り、厨房にお願いして午後のおやつに準備してもらったのである。

 『天球』の温度管理された業務用冷蔵庫に入っていたので、鮮度も落ちていないようで一安心だ。


 本当に美味しい! 美味なのだ──が。



(浮かれている場合ではないのだ。本来の目的を達成できていないのだ)



 わたしはガックリと項垂れた。


 そう、本来の目的──生で食べてもらって、みんなに「これは驚きだ!」とビックリ(まなこ)で言ってもらいたかったのに。



 それなのに、それなのに……。



「すべて茹でられている。な……なんたることだ!?」



 いや、わたしがハッキリ指示しなかったのが悪い。


 あの段ボール箱に、「生でも食べたい」と紙を貼っておくべきだったのだ。


 己の詰めの甘さを痛感する──が、後の祭りだ。

 心の中心を木枯らしが吹きすさぶ。夏なのに。


「え? ちょっと、やだ。真珠、なに泣いてるのよ?」


 理香が慌ててテーブルの上のティッシュを手渡してくれた。


 自分のアホさ加減に涙が出た。

 これは悔し涙だ。


 己のポンコツな脳ミソを、今日ほど恨めしいと思ったことはない──多分。


 いや、過去にも残念な脳細胞や遺伝子について嘆いたことはあったかもしれんが、今は心に受けたインパクトが大き過ぎて、己の記憶すら思い出せない。



「みんなに生で食べてもらいたかった……。『これは衝撃の美味(うま)さだ!』ってビックリしてもらう筈だったのに」



 ぐすっと鼻水をすすりながら、涙の理由を伝える。


 兄がティッシュで私の鼻をすかさず押さえてくれた。大好きですお兄さま。



 わたしは隣に座る兄に抱きついた。

 ショックのあまり倒れる十秒前だ。

 切実に、慰めてほしい。



 お兄さまは「うわぁっ」と焦った声を挙げていたが、わたしがウルウル目で見上げると氷のようにかたまり、動かなくなった。


 わたしはその隙をついて、彼にピトッと抱きつき、兄を充分堪能する。これはセクハラではない。美しき兄妹愛だ!



 暫くすると兄も我に返ったのか、そっと抱きしめてくれた。


 彼の体温が伝わりホッとすると、涙がやっとおさまった。




「ほー、生でも美味いのか。それは機会があったら食べてみたいな」


 紅子が興味津々で身を乗り出してくる。


 わたしの身体を抱きしめていた兄の腕から抜け出て、紅子へと身体を向け、右手の拳をギュッと握りしめる。



「あの、美味しさ! あれは食べた人間にしか分からない、お口の中のパラダイス! それをみんなに体験してもらう予定だったのに!」



 そう一気にしゃべると、一度止まった筈の涙が滂沱(ぼうだ)の如くあふれてくる。

 こんなに涙が止まらないなんて、最近色々なことがありすぎたから、わたしはきっと情緒不安定なのかもしれない。




「お前のその、食い物への執着がおそろしい」


 貴志がゲンナリした顔で言う。


 ──なにおう!?


 お前もジオパークの産直で試食をさせてもらった時に「これは美味いな」と、汚れを知らぬ少年のような眼差しで、瞳をキラキラと輝かせていたくせに──けしからん!!!




「それは……泣くほど、美味いのか?」


 晴夏はちょっと興味が出たようで、そんな質問をしてきた。


 そういえばコンサート後の追いかけっこの時、トウモロコシを齧った晴夏が頬を上気させ、無言で食べ続けていたことを思い出す。


 わたしはテーブルの対面に座る彼の襟首を捕まえるようにして顔を引き寄せ、何度もコクコクと頷いた。


 晴夏はわたしの手から逃れようとしたが──離すものか!



 わたしのこのトウモロコシへの迸る愛を、とくと語らねばならぬのだ。



「肥沃な土壌で愛情た〜っぷりで育てられたトウモロコシ! 朝晩の温度差で甘さが凝縮されて、もうこれは得も言われぬ『()()の味』!」



 晴夏がピクッと反応した。



「『天上』の味?」



 彼の目が輝いて、わたしの顔に近づいてきた。

 晴夏の両手が、彼の首元を掴んでいたわたしの手を包む。



 ものすごい食いつきだ。珍しい。

 そんなに生トウモロコシに興味があるのか。


 同志だな!


 ──が、ちかい近い! このままでは鼻先がぶつかってしまうではないか。


 節度ある距離を保ってくれたまえ、晴夏よ!


 いくらわたしの精神年齢がお姉さんとは言え、一応わたしも嫁入り前の女の子なのだ。

 もうちょっと離れていただかないと、心臓によろしくない。



 紅子と理香は、わたしと晴夏の様子を楽しそうに見たあと、何故か兄と貴志の方に視線を移し、今度は二人して忍び笑いを洩らしている。



 視線を左右に動かして、貴志と兄の様子を盗み見る。

 貴志は渋い顔をしているし、兄に至っては凍り付いたように動かない。



 どうしよう。



 わたしがトウモロコシ愛を強く語りすぎて、二人ともドン引いているのかもしれない。



 血族の一員である私が、トウモロコシの使い魔に成り果てていることに失望し、己の身に流れる血を呪っ……いや、嘆いているのだ。きっと。



 でも、すまん。トウモロコシに魂を売ったお子さまと罵られてもいい!



 わたしはそれほどまでに、皆に生トウモロコシを食べさせてあげたかったのだ。



 とりあえず、晴夏のトウモロコシ反応スイッチをオフにするため、わたしは彼の額に頭突きを繰り出す。


 なんだか色々とぶつかったが、とりあえず彼はわたしの手を離し、自分の鼻を押さえて離れてくれた。

 

 頭突きが痛かったのだろうか。

 わたしはちっとも痛くなかったのに──彼は鍛えなくてはいけない箇所が多すぎる気がする。


 これからの彼の人生、こんなに弱っちくて大丈夫なのだろうか。やはりわたしが色々と強化してあげなくてはいけないようだ。



 晴夏は顔を真っ赤に染めて、目が潤んでいる。頭突きが痛くて泣くのを我慢しているのか?

 もしそうだとしたら、わたしの頭は石頭なのだな。それは大変申し訳ないことをしたなと、反省もする。


 いや、もしかしたらトウモロコシに熱く反応してしまったことに対して急に恥ずかしくなり、赤面しているだけなのかもしれない。


 きっとそうだ!


 よいよい、食べ物へのパッションは人間誰しも持ち合わせているものなのだ。恥ずかしがることは全くないぞ。


 なんと言っても人間の三大欲求──食欲、性欲、睡眠欲の内のひとつなのだからな。

 そして、わたしのその欲求の比重は、言わずもがな『食欲』が大半を占めている。


 わたしは、生まれてこの方『食への飽くなき探求』と『愛情をもって美味しくいただく』ことを恥じたことは一度たりとない! 多分。


 貴志が、フーッと溜め息をつく。


「日曜日、お前はヘリで母さんたちと一緒に先に帰るか? それとも俺と一緒に車で帰るか?」


「え? 貴志と一緒に車で帰るつもりだったけど?」


「じゃあ、トウモロコシだけ買いに寄ってやる。遠回りだけど……もう、一緒にいられる時間も、あまり残っていないしな……」


 なんと!? いいのか? それは!


 あまりの嬉しさにわたしは貴志に抱きついた。



「ありがとう! 貴志! 大好き! トウモロコシと同じくらいに大好きーーーっ!!!」



 もうこの科白は、わたしの中では最上級の愛情表現なのだが、何故か皆──特に大人三人が、貴志のことを不憫なものを見る眼差しで見つめている。



 そうか、トウモロコシと人間を同等に扱ってしまった、わたくしめがいけないのだな。


 すまん。貴志よ。



 でも今のわたしはトウモロコシ魔人、いやトウモロコシの下僕なのだ──だから、今日はちょこっとだけ、許してくれ。












息つく間のない展開が続いていたので、番外編最後は真珠ターンで休憩話でした。

     …



気がつけば、投稿開始から早2ヶ月。

毎日最低一話更新を目標にしてきましたが、それをなし得たのも拙作を読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます!


2ヶ月前に第一歩を踏み出さなければ出会えなかった

皆様との交流に幸せを噛み締めております。


「行動する。」

その大切さをひしひしと感じた本日の更新でした。


ありがとうございます!



     …



次話より、時間軸は少し戻って本編再開、晴夏ターン残り2話です。




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気に入っていただけましたら、下部より★にて

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