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【幕間・鷹司晴夏】真珠、捕獲作戦!


 僕たちは 庭園を横切り本館へと急ぐ。


 コンサート後の立食パーティーもそろそろ始まる頃だ。

 早く真珠を捕まえて会場に戻らなくてはならない。


 特に貴志さんは今日のトリを飾り、あの神懸かった演奏を披露したのだ。

 母と一緒に挨拶などもしなくてはならないだろう。


「しかし、あいつは待てと言っているのに、何故逃げたんだ?」


 貴志さんは首を捻っている。

 僕は、真珠が言っていた科白を伝えた。


「シィは、『捕まえてね、逃げるのは得意だ』──そう言っていた」


 穂高が驚いて声をあげる。


「え!? 本当に追いかけっこ? いや、鬼ごっこ? もうすでに隠れんぼになっているけど」


 僕は言葉を続ける。


「あと、『体力づくりの一環』『鍛えないと』とも」


 穂高は眉間に皺を寄せている。


「僕はてっきり、恥ずかしがって逃げているのかと。さっきのコンサート後、チャペルのステージで真珠が貴志さんの唇とキ──」



 皆まで言わせず、貴志さんの右手が穂高の口を塞いだ。



 かなりの勢いで塞いだようで、穂高の眉間に更に皺が寄せられた。


 けれど、貴志さんはそれすら気づいていないほど、激しく動揺しているのが分かった。



「言うなっ──思い出したら……動けなくなる」



 彼の手が穂高の口元から離れると、両手で頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


 大丈夫だろうか。


 大きく呼吸を吸い込んだ穂高が、貴志さんに言葉を放つ。



「何を言っているんですか、そのくらいのことで動けないなら、あの西園寺理香とセフ──」



 今度も皆まで言わせず、殺気に似た気配を放ちながら、貴志さんの手が穂高の口を塞ぐ。



「お前は──子供が言っていい言葉じゃないだろう。いい加減にしろ! 晴夏も聞いているんだぞ。恥ずかしげもなく口にのせられるのは、本当の意味で分かっていない証拠だ。それに、そんな如何わしい間柄じゃあない!」



 貴志さんの手が穂高の口元から離れる。



 穂高が僕に視線を合わせてニッコリと笑う。

 怖い笑いだ。


 今の会話についての質問は一切受け付けない──そんな感情が伝わってきた。


 貴志さんが大仰に溜め息をついた。

 肺の中の空気がすべて出尽くしたのではないかというくらいの深い呼気だ。


「真珠が、お前のことを言語に特化したギフテッドだと言っていた。それも通常のギフテッドではない超越した存在──神の申し子的な才能だと。それはもう充分わかった。お前の目覚ましい言語能力の発達や探求心は尊敬に値する。でも──」



「待って! 真珠が? なぜ彼女がそんなことを知って……?」



 穂高が怪訝そうな顔で、貴志さんの話を遮る。


 貴志さんが穂高の目を静かに見詰める。

 穂高の質問に対して、彼は何も答えようとしない。


 次の瞬間、穂高が息を呑む。



「まさか、それは『伊佐子さん』と関係が……? あ、いや……真珠が話してくれるまで……聞かない……約束だった……」



 穂高は俯いて黙り込んでしまう。悔しそうに唇をかんでいる。



 伊佐子?──僕はその名前に弾かれたように顔を上げ、呟いた。



「それは、もしかして『椎葉伊佐子』のこと……か?」



 その声を拾った二人が、ものすごい勢いで僕に顔を向け、食い入るように覗き込む。



「晴夏、お前は何故その名前を?!」

「晴夏くん、君はどうしてその名前を?!」


 僕は二人の態度に、少し後ずさりながら答える。


「夢かと思っていたんだけど……あれは現実だったのか? シィが自分のことを、そう、言って……いた。多分」



 貴志さんは「あの、阿呆め。色々と緩すぎる」と額に左手をあて、眉間に皺を寄せる。

 穂高は「苗字は『椎葉』というのか」とブツブツ呟いている。



「でも、あの、詳しいことは分かりません……」



 二人の様子に気圧され、自分が何か失言したのかと思って回答も尻すぼみになってしまう。



 僕が少し怯えた様子をみせたことに気づいた二人は、顔を見合わせてお互いに複雑そうな表情を浮かべた。



 貴志さんが仕切り直すように「よし!」と言って急に立ち上がる。


 何かを思い出して動けなくなっていたようだが、もう立ち直ったようだ。


 本館へと向かう道すがら、貴志さんは穂高へと告げた。


「穂高。余計なお世話かもしれないが、ひとつ言っておく。お前のその才能──使いどころを間違えるな。もっと違う場所に生かせ」



          …



 本館入り口を抜けると、総支配人の手塚さんがやって来た。

 貴志さんが手塚さんに確認をする。


「手塚さん、急に連絡して申し訳ありません。モニタールームの方は?」


「ええ、貴志様がうかがうことは伝えてあります。それから、厨房の方も只今準備中ですので、出来上がりましたらモニタールームへお届けします」


 貴志さんが僕たちを連れて従業員通路の入り口をくぐる。

 バックヤードでは、ホテルスタッフが忙しそうに仕事をしている。


 時々、その手を止めて僕らに視線をむけるが、次の瞬間には何事もなかったように仕事へ戻っている。


 バックヤード奥にある階段を地階へと向かう。


 金属でできた扉を開けると警備員服を着た男性3名と女性2名が出迎えてくれた。


 正面には小さなテレビ画面が所狭しと並んでいる。

 AからHまでのアルファベットが画面上部に横並びに振られ、縦は数字で1から8までの番号が付けられ、計64台のモニターが星川リゾート『天球』の敷地内の様子を映している。


「今、防犯カメラの映像を確認していますが。多分、こちらではないかと?」


 そう言って、E5のモニターを僕たちに見せてくれた。


 ──ガゼヴォだ。


 ガゼヴォに防犯カメラがあったなんて知らなかった。


 よく見ると、中央に置かれたテーブルの下に、小さく人影が見える。

 花束を持った真珠だ。頭がコクリコクリと揺れるので、もしかしたら寝こけているのかもしれない。


 貴志さんと穂高が同時にホッと息をついた。

 まさか、眠っているとは思わなかった──そんな表情だ。


「これです! 余計な人探しをさせてしまい申し訳ありません。探してくださって助かりました。本当にありがとうございます」


 貴志さんがお礼を伝えている時に、ドアがノックされた。


 女性の警備員さんがその金属製の扉を開けると、そこには厨房から届けられた籠を持つ女性スタッフが立っていた。


 彼女のもつ籠の中から甘い匂いを帯びた湯気が立っている。この匂いは──


『トウモロコシ……食べる?』


 彼女の声が耳奥でよみがえった。

 真珠からそう訊かれて、なんと答えていいのか分からなかった質問だ。 


 籠の中には、茹でたてのトウモロコシが準備されていた。


 女性スタッフにお礼を言い、貴志さんはその籠を受け取る。



「穂高、晴夏、一本ずつ持て。これは真珠が、お前たちに食べさせたくて買ってきたトウモロコシだ」



 僕と穂高は、そのトウモロコシを受け取る。

 湯気の匂いまでも甘い。かなり美味しそうだ。


 僕と穂高がそのトウモロコシを眺めている間に、貴志さんが敷地の図面を取り出してテーブルに広げる。


「いいか、このガゼヴォを中心に小径が三方に向かっている。本館から別棟へと向かう道。それから俺と紅の棟の建つエリアに続く道、それからガゼヴォを挟んで反対側──ここにも別棟が林立するエリアがある。そこに進む道の合計3本だ」


 貴志さんがペンを持って、その道を指し示す。


「穂高は、チャペルの裏を通ってガゼヴォに向かい、俺と紅の棟へ向かう道に回れ。晴夏、お前は本館からいつもの自分の棟へ行く道を行け。俺は、もう一つの道に出るよう森を迂回して真珠の背後に回る」


 僕は地図を確認する。


「「トウモロコシは?」」


 僕と穂高の声が重なった。



「それは真珠が逃げそうになったら、お前たちがあいつの目の前で食べて『美味しい』とでも言って注意をひいておけ。多分、色々と説明したくなってお前たちの傍までやってくるはずだ。そこを俺が──捕獲する」



 僕たちはトウモロコシを手に頷き、貴志さんに了解の意思を伝える。


「さっさと捕まえて、立食パーティーの会場に戻るぞ」


 貴志さんは警備員の人たちにお礼を言うと、颯爽と走り出す。

 僕と穂高もそれに続き、貴志さんの後を追った。


 本館入り口を出たところで、三人共に別々の方向へと進む。



 こんな本格的な鬼ごっこ、生まれて初めてだ。



 不謹慎かもしれないけれど、これをワクワクする、と言うのかもしれない。


 貴志さんと穂高は迂回して森の小径へ出るので、少し時間がかかるかもしれない。

 あまり早く行き過ぎて真珠に見つかっても困るので、僕はガゼヴォの近くまで移動した後は、木に隠れて二人の到着を待っていた。


 穂高が息を切らし、トウモロコシをリレーのバトンのように持ちながらやって来るのが見えた。

 貴志さんは、森の中の道なき道を進んで来たようで、少し大変そうだ。


 真珠は──まだガゼヴォのテーブルの下で寝ている。


 三人で視線を合わせ、僕と穂高に「行け!」と貴志さんが合図する。

 僕は頷いて一歩を踏み出す。

 穂高も同じように足音を立てないように小走りでやってくる。


 真珠が、物音に気付いて目を覚ましたようだ。

 僕たちの姿を発見した彼女は慌てて逃げる体勢に入る。


 そこを僕と穂高はトウモロコシを取り出して、彼女に見せてから一口噛り付いた──美味しい!


 僕と穂高は顔を見合わせた。

 本当に美味しいのだ。


 こんなに甘いトウモロコシ、食べたことがない!


「美味しい! なんで、こんなに甘いの?」


 穂高は驚いてそれだけ言うと、そのまま二口目をかじる。

 僕も美味しさに、言葉もなく二口目を口にする。



 真珠を捕まえることを忘れるほどの衝撃の甘さだった。



 それが功を奏したのか、真珠が警戒心を解いて僕たちの近くにやってきた。


「美味しいでしょ? それ。本当は生で食べて欲しかったんだけど、それはまた明日にでも一緒に食べよう!」


 彼女がニコニコしながらトウモロコシについて語り始めようとしたところ、貴志さんが現れた。


 真珠は「ヒィッ」と言いながら、脱兎の如く逃げようとする──が、貴志さんの瞬発力と脚力により、彼女は背後から抱きとめられた。


 そして、その瞬間、貴志さんの雷が落ちた。



「このド阿呆が、俺が何度お前に待てと言った!? 次はどんな仕置がしてほしいんだ?」 



 僕たちは、無言でトウモロコシを食べた。

 いま近寄ってはいけない気がしたからだ。





 パーティー会場へ連行された真珠は、ずっと貴志さんから説教されている。


 僕と穂高は離れた場所で、時々彼女に手を振っていた。


「真珠の傍には貴志さんがいれば安心だ。僕たちは周りから見守っていよう」


 穂高の言葉に頷き、周囲を警戒する。


 コンサート後に、何かあるかもしれない──母がそう言っていたからだ。

 けれど、その立食パーティーに理香は現れなかった。

 

 僕と穂高の元へ、何人かのお姉さんが話しかけてくれた。

 飲み物を取ってくれたり、色々と世話を焼いてもらっているうちに、真珠と貴志さんは会場から姿を消していた。


 穂高は、その世話を焼いていくれた数人のお姉さんたちに、西園寺理香についての質問をしていた。

 彼は、理香について「色々とわかったことがある」と言って神妙な顔をしていた。









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