ミリアの決意
どんどんどんどん!
わたしの放った閃光がグリアノスの身体に炸裂する。
たいしたダメージではないが、飛び回りながら嫌がらせをしてくるわたしがグリアノスは不快なのだろう。ぶぅん、と大きな腕を振るった。
わたしは、さらっと回避して別の足場へと移動する。
わたしは再び人差し指を向けて閃光を打ち込んだ。
以下、繰り返し繰り返し繰り返し。
ふぅ……。
一撃はとんでもなく重そうだが、回避自体は難しくない。追い詰められたときや背後の街並みを守る場合の『断絶されし世界の沈黙』も常にチャージしている。
これ、勝てる?
そう、わたしが楽観的になってきた頃のことだ。
『おい、右に結界をはれ!』
わたしの背中にへばりついたアンゴルモアが大声で叫ぶ。
え、右? グリアノスは前だけど。
と思ったが、あまりの切迫感にわたしは即反応した。
「『断絶されし世界の沈黙』!」
直後。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
おふぅ!?
とんでもない衝撃がわたしの右側に、文字通り『突き刺さった』。
わたしの小柄な身体はびっくりするくらい大きく吹っ飛んだ。
『二ニニョニョニョニョ!?』
わたしの背中にへばりついている偉大なる魔王が、多分、偉大なる魔王が口にしてはいけない変な悲鳴をあげている。
落ちるんじゃないよー、アンゴルモア!
『おい、前人類! 気を抜くな。またくるぞ!』
わたしを轢いた謎の棒状のものはくるりと中空で反転。
そのまま、わたし目掛けて突っ込んでくる。
『断絶されし世界の沈黙』はリチャージできていない! 唱える暇もない!
だけど――わたしには超人じみた強化された身体能力がある!
「こんんのおおおおおおおおお!」
わたしは飛んでくる棒状の物体をガシッとつかんだ。
槍……?
エア・ラダーで足場を固めて、わたしは押し込んでくる槍を掴んだまま静止した。
なんか、これ、すごい圧力なんですけど……!?
ていうか、なんで槍が飛んでくるの!?
その瞬間、アンゴルモアとは違う、別の思考が心に流れ込んできた。
『おいおいおい! てめぇ、何者だ、あああああああん!?』
怖!? むっちゃ巻き舌で怖いんですけど!?
『なんか、禁術のにおいをぷんぷん撒き散らせているからアンゴルモアのやつかと思ったら、ちげぇし! おいこら、おとなしく刺し殺されろ!』
物騒なんですけど!?
『誰が巻き舌で物騒だ、あああああああん!?』
ていうか、聞こえているの、これ!?
そのときだった。
『おい、ロンギヌス。少し落ち着け』
『おお、その声はマブダチのアンゴルモアじゃねえか!』
アンゴルモアの声に巻き舌が答えた。
……ん? ロンギヌスって呼びかけた?
『アンゴルモア、てめぇ、どこにいるんだ!?』
『後ろだ、この女の背中にいる』
そこで、わたしの背中にいるアンゴルモアが動いた。おそらく、わたしの肩口から頭を出したのだろう。
『久しぶりだな、ロンギヌス』
『おー、久しぶりって……ぶわっはっはっはっは! おいおいおい! アンゴルモア、そりゃなんの冗談だ!? 猫! なんで猫なんだよ、お前!?』
『……ふん、いろいろ事情があるのだよ』
『えーと、あの……』
そこでわたしは割り込んだ。
『アンゴルモア。この槍が――?』
『いかにも。偉大なる我の相棒、ロンギヌスだ』
『ロンギヌスだ! よろしくな、姉ちゃん!』
『おい、ロンギヌス、攻撃をやめろ』
『おっとすまねえ!』
わたしを押し込んでいた槍の圧力がふっと消える。
……た、助か――
ってなかった。
「ほわあああああああああああああ!?」
わたしは思わず叫んでしまった。
ぼんやり槍と猫の自己紹介を聞いていたら、いつの間にかグリアノスが腕を伸ばしてきて、わたしとロンギヌスを右手で捕まえる。
わたしの肩から下がすっぽりと手のひらに収まっている。わたしの頭には、いつの間にか移動したアンゴルモアが乗っかっていた。
そのまま、握り潰そうと万力のように力を込めてくる。
身体強化しているから即ぷちっとはならないけど、こ、これはやばい……!
『おい、ロンギヌス。邪魔をしたんだ。なんとかしろ!』
『すまねえ……腹が減ってな……』
『ちっ――おい、前人類! ロンギヌスに魔力を流してやれ、今すぐだ!』
わたしは握ったままのロンギヌスに魔力を流した。
『キタキタキタキタキタァ!』
ロンギヌスの声が大興奮する。
『すっげー! おい、姉ちゃん! 魔王のやつより、全然イカした魔力じゃねえか! 最高にクールだぜ!』
『あ、ありがとう……』
そんなにすごいのか? よくわからん……。
『姉ちゃん、俺から手を離してくれ! じゃないと、あんたの手首から先がなくなっちまうぞ!』
ひいいいいいいい!
言われた通りにした――瞬間。
ひゅん、ひゅひゅひゅん!
と風を切り裂くような音が聞こえた。何か、そう、ちょうどロンギヌスのあった辺りで何かが回転したかのような気配がした。
え、回転?
直後――
グリアノスの右手が、まるで包丁を入れたスイカのようにぱっくりと割れた。血は流れていないのか、噴き出ない。ただ肉の塊が夜空に舞い、次の瞬間に灰になった。
ロンギヌスがやったのか……?
回転するスペースなんてないと思ったが、刃でバッサリと切って空間をこじ開けたのか。
な、なんちゅーよく切れる刃だ……。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
激痛に、グリアノスが絶叫。その巨体が大きくのけぞる。
『つかまんな! 姉ちゃん!』
わたしはロンギヌスをつかんだ。
ぐん、と加速して上方へと飛翔する。
おお!? この急加速は!?
「ににゃ!?」
頭上から変な声がして――
「アンゴルモア!?」
わたしは、わたしの頭から転げ落ちたアンゴルモアの足をつかんだ。
『へへへへ、やろうぜ、アンゴルモア! 俺っち久しぶりに暴れたいんだよ!』
ロンギヌスはグリアノスの頭を超えて、上空まで飛んでいった。
『この高さは、あれか――』
『そう、あれだぜ!』
あれって何!?
ロンギヌスの動きが停止、そのままわたしたちは――
「ひええええええええええええええええええええええ!?」
自由落下する。
『チッ、もう止まらないか、バトルジャンキーめ! ミリア! そのまま槍を構えて『世界を浄化せし閃光』を使え!』
「え、ええ!?」
訳がわからないけど、言われた通りにした。
右手で槍を持ち、左手にアンゴルモアを抱いて。
「世界は輩ばかりではなく――暗い心で満ちている――それらを敵と名付けよう――敵意あるものは討つべし――害意あるものは消すべし――悪意あるものは滅すべし――私の敵を穿ち、砕け――顕現せよ、暁の輝き!」
そのときだった。
わたしたちを見上げるグリアノスの単眼に輝きが灯る。
「ア、アンゴルモア! 攻撃が来ちゃう! 避けないと!」
『構わない! いけっ!』
『ぶっ放せ、姉ちゃん!』
猫と槍の無責任な言葉に、わたしはやけになって叫んだ。
えーい、もうどうにでもなれ!
「『世界を浄化せし閃光』!」
その瞬間、ロンギヌスが光をまとった。
いや、槍どころか。
ロンギヌスの穂先から放射状に伸びて、わたしたちをも包み込む。
まるで、天上の高みから地上の獲物に狙いを定めて急降下する一匹の荒鷲のような。
『はっはー! いいねえ、これ、最高だぜええええ、姉ちゃああん!』
直後――
グリアノスの目が閃光を放った。
光をまとうロンギヌスとグリアノスの光が激突する。
なにこの、ファーンタースティーック!
目の前で光と光が激突し、なんだかすごいことになっている。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」
『気をしっかり持て、ミリア! 理論上は打ち勝てる! だが、ロンギヌスだけではない、お前の意思も威力を左右する。心を強くもて! 決して負けない心を!』
そんなこと言われましても!?
なんて思うけど。
わたしは奥歯をぎゅっと噛んだ。
そうだ。ここで怯んではないけない。わたしは決めたのだ。禁術で人々を守ると。みんなを少しでも幸せにするんだと。
どうしてそんなことを思ったのか――
ああ、思い出した。
そうだよ、わたしはずっと昔、そう誓ったんだ。
まだわたしがとびきりの神童だった頃。みんなも、わたしも、全員がわたしの未来の輝きを信じていた頃。
そのときに、わたしは誓ったんだ。
――みんなの役に立ちたい。
そうだった。わたしは小さい頃からそう思っていた。
結局それは、途中で失われた夢だったけども。
だけど、今のわたしは再びそれを手にすることができた。
神さまは問いかける。わたしという人間の在り方を。あなたは、その力で何を願いますか?
ならば、もう一度、誓おうではないか。
ならば、もう一度、祈ろうではないか。
わたしはこの力で多くの人を幸せにしよう。それこそが自分の存在意義だと定めよう。
誰かを守るために全力になる――
そんな、正義の味方になるんだ!
だから、ここで負けるわけにはいかない!
目の前から押し寄せる圧力は膨大だ。少しでも気を緩めれば吹き飛ばされるだろう。わたしの意思こそが、それを貫き通すと言うのならば!
「ミリア・アインズハート! 勇気を持ちなさい! あなたは世界を変えるだけの力を持っているのだから! その力で、幼い頃の誓いを守りなさい! もう、翼をもがれた痛みなんて消えたのだから!」
別れを告げよう。
神童の肩書を失って、自信なげに笑うわたしに。自分を疑うわたしに。
今の、わたしは、ただ、意思をなすだけ!
「行きなさい! ロンギヌス!」
ロンギヌスの輝きがひときわ大きくなった。
『ヒャッハー! こりゃ、最高のテンションだぜえええええええええええええ!』
光が、光を切り裂く。
前方から感じていた強烈な圧力がなくなった。そんなもの、まるでなかったかのように、空気を切り裂くようにわたしたちは落ちていく。
すぐ眼前にグリアノスの巨大な目が見えた。
――ぞん。
鈍いような、鋭いような。
そんな音がして。
次の瞬間、わたしは槍を地面に突き立てて、地面に片膝をついていた。
左右には真っ二つに引き裂かれたグリアノスの巨体。
アンゴルモアがぼそっとつぶやく。
『悪いな、グリアノス。時間切れ勝利どころか、完封だ』
「オ、オ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオ……!」
絶叫とともに、グリアノスの巨体が灰へと変わっていった。




