王都を守る戦い
『魔王を騙るのはお前か、単眼の巨人グリアノス』
そんなことを、わたしの背中に張り付いた猫がシリアスな声で言っている。
「……知り合い?」
『わたしと敵対していた巨人族の戦士だよ。歯向かってきたので半殺しにしてやったことがあるな』
くくくく、と猫が喉の奥で笑う。
『弱っているところを、人間にでも封印されたのだろう。で、偉大なる我、魔王を崇める連中を『我こそ魔王なり』とだました――そんな感じだろうな』
「あなたが半殺しになんてするから、恨まれてるんじゃない?」
『やれやれ。喧嘩を売ってきたのあっちなのだがな。逆恨みをされるとは、絶対強者の罪だな』
……めんどくさいやつだ。
なんて、のんびりと会話していると、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような、巨大な大声が頭上から降り注いだ。
上半身だけ顕現したグリアノスが叫んだのだ。
空を見上げていた大きな瞳が――
真下にいるわたしたちを向いた。
やばい!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
グリアノスは再度の絶叫とともに、こぶしを握りしめた両腕を振り下ろした。
身体強化したわたしは慌てて距離を離すが――
こぶしは建物を粉砕、地面が振動で揺れる。
「わ、わ、わ、わたたたたたたた!?」
わたしは揺れる地面に足を取られながらも、落ちてくる瓦礫を回避する。
そして、エア・ラダーの魔術を発動した。
これは空気中に足場を作る魔術だ。普通は足場を作って停止することしかできないのだが――
「やっ、ほっ、とっ!」
わたしは声を上げながら、エア・ラダーを次々と乗り換えながら、ぐんぐんと上へと登っていく。
おおおおおお、すごいな、『開かれし世界の律動』は。
運動音痴のわたしが、こうもひょいひょい空中の足場を移動できるなんて。
「よいしょおおおおお!」
わたしは、そのままの勢いで大穴から飛び出し、半壊した工房の屋根に着地した。
屋根に立っても――
まだまだグリアノスの頭は上にある。
夜空に黄金色の単眼が月のように輝いていた。
「あれを倒す、と。強いの?」
『ロンギヌスを手にした偉大なる我の全盛期であれば、相手にもならない雑魚だ。しかし、半人前の禁術使いであるお前ではなあ……』
「半人前って言った!?」
『1/4くらいでも多いかもしれない』
「よりひどくなった!?」
『だが、やつも力を失い、上半身だけの限定顕現。勝ち目はあるかもしれない』
「やってみる!」
わたしは右手をグリアノスに向けた。
すでに詠唱は屋根に登るまでに終わらせている!
わたしは引き金となる言葉を口にした。
「『世界を浄化せし閃光』!」
放たれた閃光がグリアノスの身体を直撃する。
王城の外壁を撃ち抜くほどの威力――!
「……あれ?」
閃光はグリアノスの巨体を貫くどころか、抉ることもなかった。ただ、肌が黒く変色しているだけ。
「嘘、効いてない!?」
『おい、右腕がくるぞ! 上に飛べ!』
わたしは反射的に上に飛んだ。エア・ラダーを展開して、さらに飛翔。
わたしがいた場所を、グリアノスの右腕が払う。轟音とともに屋根が砕け散った。
飛び上がったわたしはグリアノスの顔とかなり近い位置まで来た。
グリアノスの巨大な単眼は――
怒りに燃え上がっていた。
完全な復活からほど遠い、限定的な復活。それを邪魔した小娘の存在を、叩き潰して世の中から消してやろうとする決意する怒りが映っていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
グリアノスが、吠える。
至近距離でこれはきつい! 振動する空気にわたしの小さな身体は後方へと弾かれる。そのまま、体勢を整えて隣の屋根に着地した。
「むっちゃ怒ってるね……」
『……前言撤回だな。勝ち目はない』
「えええええええ!? なんとかしてよ、偉大なる魔王!?」
『あんな小物に、未熟とはいえ、未熟とはいえ、未熟とはいえ、禁術使いが負けるのは不快だ。仕方がない。少しばかり知恵を貸してやろう――ズバリ、時間稼ぎ大作戦だ』
時間制限付きの限定的な復活とルペンが言っていた。
つまり、その時間を稼ごうというのは趣旨だろう。
「わかったけど、どうするの――っと!?」
容赦なくグリアノスの太い右腕を打ち下ろしてくる。
上半身だけだから動けないくせに、リーチがあるだけに厄介だ!
ひょいと回避するわたしにアンゴルモアの言葉が続く。
『まず、いつでも使えるように『断絶されし世界の沈黙』を詠唱しておけ!』
結界を張る魔術か。
「それより、動けないんだから、リーチの外まで逃げたらいいんじゃないの?」
そんなことを言ったときだった。
「おい、ありゃ、なんだ!?」
いきなり声が足元から飛んできた。
そちらに目をやると、何人もの人たちがグリアノスの姿を見て興奮の声を上げている。
「ば、化け物だ!?」
「ここ、王都の中だぞ!?」
どうやら騒ぎに気がついた住民たちが集まってきている。
……こんな馬鹿でかいものが、いきなり王都に出現したのだ。大声を上げて暴れまわっている状況を考えると、そりゃ気づくよな。
『王都と人々を守るのだろう? ……リーチの外に逃げたらそれはできないな』
「了解」
そう言ってから、わたしは野次馬たちに屋根から声を飛ばした。
「ここは危ないから、逃げなさい! 早く!」
それから、詠唱を開始する。
『次に『世界に飛来せしは閃光の驟雨』を発動』
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
グリアノスがわたし目掛けてこぶしを振り下ろす。隣の屋根に移動して、わたしはそれを回避、グリアノスの攻撃で屋根が破砕される。
……この辺は大工房が閉じた関係で無人の建物が多いのは運がいい……。
わたしはアンゴルモアが指定した禁術を詠唱する。
『私は欲しいと願う――闇を切り裂く閃光を――終わることなく――尽きることなく――私の前に立ちはだかる――あらゆるものを破壊する――そんな強さを――ただ、この手に宿れと希求する』
わたしは右手を突き出して叫んだ。
「『世界に飛来せしは閃光の驟雨』!」
そのまま、右手の親指と人差し指だけを立てる。人差し指をグリアノスに向ける。
瞬間――
わたしの指先から閃光が放たれた。
どんどんどん!
3連発!
それはグリアノスの巨体に直撃、黄金色の華を咲かせる。
だけど――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
グリアノスは怯まない。当たり前だ。初撃で放った『世界を浄化せし閃光』でもダメージが少なかったのだ。それより威力が弱い『世界に飛来せしは閃光の驟雨』だと、そんなものだろう。
グリアノスの目が輝く。
『いかん、防げ!』
わたしは右手を頭上に掲げた。
「『断絶されし世界の沈黙』!」
同時、グリアノスの単眼から太い閃光が撃ち放たれた。
わたしの展開した結界と閃光が正面からぶつかる。
すごい圧力が頭上から襲いかかってくる。伸ばした右腕がぶるぶると痛みに震える。
ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおお!?
ばぎん!
だが、わたしの結界はそれを見事に防ぎ切った。
「ふう!」
『油断するな、すぐに結界を詠唱してリチャージしろ!』
それから、わたしはエア・ラダーを展開してグリアノスの頭の辺りまで飛び上がった。
グリアノスの周辺を飛び回りながら、わたしは『世界に飛来せしは閃光の驟雨』を指先から放ち、グリアノスの注意を引き続ける。
これが偉大なる猫様の作戦だ。
『時間を稼げ、ミリア! 幸い、グリアノスのやつは――もともと頭が弱かったが、どうやら限定顕現のせいでさらに弱いようだ。お前が注意を引き続ければ、お前に気を取られて周囲への被害を抑えることができる!』
「わかった!」
指示の通りにわたしは動いた。
そして、たまに撃ってくる目玉からの光線を『断絶されし世界の沈黙』で弾く。
ふむ、確かにグリアノスの動きは単調、確かに悪くはない――
あとは時間を稼ぐだけ。これなら勝てる!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王城の最奥――
そこに前大戦にて封印された魔王の武器ロンギヌスは封印されていた。
穂先は石に閉じ込められ、柄は壁に結びつけられた鎖でがんじがらめになっている。
ぴしり。
しゃりん。
ミリアが触れて以来、そんな音がたびたび聞こえてきた。
それは石と鎖があげる悲鳴。
あの日からロンギヌスは長い眠りから醒めようとしていた。
(……誰でい……俺っちを呼ぶのは、誰でい……)
だけど、それはとても微弱で。
まだまだ、眠っているときの、小さな寝言と何も変わらないものだった。
だが。
この夜は違った。ミリアとグリアノスが死闘を繰り広げる今宵だけは。
連発される禁術。
その懐かしい余韻に引かれ、ロンギヌスの意識はゆっくりと闇から浮上した。
そして、目が覚めた。
遠くから伝わる禁術の気配にロンギヌスはすぐ状況を把握する。
(……おいおいおい! 魔王の大馬鹿野郎か!? 勝手に楽しそうなことしてやがる! 俺っちを混ぜやがれよ、こんちくしょうが!)
覚醒したロンギヌスは穂先に軽く力を込めた。
一瞬にして、穂先を包み込んでいた石が砕け散る。穂先が跳ね上がった。一瞬でなん重もの軌跡を描く。
鎖がバラバラになった。
石も鎖も支えるものを失ったロンギヌスだが、床には転がらなかった。
中空にふわりと浮かんでいる。
(行くぜ、魔王! 暴れてやろうじゃねえか!)
そして、王城の壁を突き破り、王都の夜を爆走する。




