魔王、拉致される
王太子グランデールは報告書を眺めていた。
「そうか、敵のボスは『禁術を使える』と言っていたのだな?」
「はい、全員がはっきりと聞いております。間違いありません」
ミドルトンがうなずく。
「また、使っていた『黒い霧』の魔術も現在の体系には存在しません。効果としても恐ろしいものがあり、禁術の可能性はあります」
「なるほど、な」
ちらりとグランデールは机上の水晶玉を確認した。
確かに、教会襲撃のタイミングで『1度だけ禁術』が発動しているのでズレはない。
ミドルトンが続ける。
「ここ一連の禁術騒動も、全て自分がやったと言っていたそうです」
「そうか……」
ならば、宮廷魔術師ミリアは犯人ではない。
それも、ミリアは禁術を使えない、という『誓約』の結果と合致している。
全ての状況に納得できる筋が通った。
「ミリアには悪いことをしたな。禁術が使えると疑ってしまって」
この件は終わった。
「ひと段落つきましたね」
そんな気楽なミドルトンの言葉をグランデールは一蹴する。
「ひと段落? 新しい問題が出てきただけだぞ?」
「な、なんと――!?」
王太子グランデールの明晰な頭脳は、すでに『次』を見ていた。
「敵のボスは、たびたび叫んでいたそうだな。今こそ魔王が復活すると」
「はい。おっしゃるとおりです」
グランデールは報告書に視線を落とす。
ルペンと名乗った男はずっと赤い宝珠を大事そうに持っていた。そして、魔王復活と叫んだとき、宝珠は光り輝いていた。
「……魔王が宝珠に封印されているのか……?」
ルペンの言葉と動きをそのまま理解すれば、そうなる。
もちろん、それは何も矛盾しない。
グランデールは蘇った魔王が禁術を使っていると推測していたが――
魔王は封印されていて、代わりにルペンが禁術を使っていた。
そのように絵が描き変わるだけ。
「で、この男は魔王を復活させたのか……?」
復活はしていない、そう王太子は考えている。
もしも魔王が復活していれば全軍は壊滅しているから――
だけではない。
なぜなら、魔王は『別の場所』で復活する可能性もある。
だが、報告によれば、宝珠に灯っていた輝きは急速に弱まり、狼狽したルペンは慌てて逃げていったらしい。
あれだけご機嫌だったのだ。
大願成就していれば、そのような姿は見せないだろう。
「復活はしていない。ならば、なぜ復活しなかった?」
「報告には、直前に『赤い紐』のようなものが宝珠に巻き付いた――とありますね」
「謎の赤い紐か……また不思議な話だな」
グランデールは報告書の該当ページを眺めた。
確かに『何者かが放った』赤い紐について言及されている。
「何者か、ねえ……肝心の情報がないんだが、ミドルトン?」
「誰か、と確認はしましたが、誰も申告しませんでした」
妙だな、とグランデールは思った。
魔王復活を止めた値千金の金星だ。それを黙っている理由がない。
(……知られたくない理由があるのか?)
だが、その理由がグランデールにはわからない。
「見たものは?」
「何度か聞き取りはしたのですが、明確に見たものはおらず――その、黒い霧が発生していたため、視界が不良だったのもあるかと思います」
「やれやれ、仕方がないな」
グランデールは己の思考に没する。
赤い紐が、輝いていた宝珠に巻きついて、光が消えた。
宝珠を持っていた男は狼狽した。
単純に考えれば、赤い紐によって宝珠は力を失ったのだろう。そして、魔王復活もキャンセルとなった。
赤い紐そのものはどうでもいい。
それを放ったのは――そんな力を込めたのは誰なのか。
無視することはできない。
手がかりと言えるものはルペンが持っていた宝珠だ。巻きついている紐を調べれば何かがわかるかもしれない。
「……まずはルペンを見つけ出すことか」
ひょっとすると、赤い紐を飛ばしてきた誰かの顔を見ているかもしれない。
いずれにせよ、魔王復活は阻止しなければならない。
「手配は?」
「もちろん、すでに」
「魔王復活と吹聴したのだ。必ず見つけ出せ」
グランデールは窓から外を眺めた。
(……森の教会を中心に、王都から逆方向に力を入れるべきだな。逃げているのだ、王都方面は避けるはずだろう……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルペンは王都を歩いていた。
グランデールの予想が大外れしたわけではない。
むしろ当たっていて、ルペンは王都になど来たくなかった。今頃ルペンは立派なお尋ね者で、王国の兵士たちが血眼になって探しているだろう。
だが、宝珠に宿る意思がルペンに語りかけてくる。
『……この忌々しい新たなる封印を解くのだ……術者のいる方角を教えてやろう……』
指し示された方角が王都だった。
そう言われてしまっては仕方がない。ルペンは気乗りしなかったが、王都へと乗り込んだ。
宝珠は赤い紐による封印のせいで力の多くを失っていたが、残った力でルペンに『認識阻害』の魔術を行使した。
ルペンを知っている人間がルペンを見ても、ルペンだと認識できなくなる効果がある。
おかげでルペンは大手を振って王都を歩くことができた。
だが、余裕はなかった。
『……私に残された魔力が切れれば、術者をたどることも……お前の認識阻害を維持することも……できなくなる……急げ……!』
「わかりました、魔王様!」
術者の居場所はすぐにわかった。だが、どうやら王城の敷地内に住んでいるようだ。
(……この宝珠に忌々しい封印をかけただけはあるな……!)
まさか、それほどの術者を投入してきているとは。封印されるなど思っていなかったルペンは己の油断を悔いた。
王城の中に住んでいては手が出せない。
(だが、いつかは外に出るはず。そこを狙うしかあるまい!)
そうやって数日が過ぎて――
ついにルペン待望の機会が訪れた。
『術者が、動いたぞ』
ルペンは泊まっていた宿を飛び出て、宝珠の指示どおりに街を歩く。
やがて――
『あれだ』
ルペンの視線の先には、猫を連れた若い女が歩いていた。
(……あの女が、宝珠を封印した……!)
ルペンは怒りを覚えるが、同時に恐怖も覚えた。
(あの若さで、それほどの力を持つとは。慎重に進めなくては……!)
見つけ出してからが難しい。
なぜなら、封印を解かせなければならないからだ。
だが、どうやって、やればいい?
力づくが通用する相手ではないのだが――
そのときだった。
若い女が洋服店に入っていった。猫は店の入り口近くで待機している。
(……チャンスだ!)
ルペンはにやりと笑った。
相手に要求を通すのなら、相手の弱点を突くのがいい。
ルペンは持っていたメモを取り出すと、そこに走り書きした。
『封印術を使った女へ。お前の大切な飼い猫は預かった。今日の夜、地図の場所で待つ。返して欲しければ、誰にも相談せずにひとりで来い』
ルペンの口から笑いがこぼれる。
(……連れて歩くほど、大切な猫だ! 見殺しにはできまい!)
すぐに相手の弱点を見出せる、己の幸運にルペンは興奮を隠しきれない。
ルペンは入り口に近づいた。猫に近寄った瞬間――
ルペンは粘着の魔術を使って、メモを店の外壁に貼り付ける。
そして、次の瞬間、ぼーっとしている猫を抱き抱えた。
「ミリヤァァァァァアアアアアアアアアアア!?」
異変に気づいた猫の絶叫が響き渡る。
そんなことお構いなしに、ルペンは全力で走った。
(ふはははははははは! やりました! やりましたよ、魔王様!)
そんなことを考えながら。




