わたしは魔王ではありませんが、状態異常効果は無効です
「いかにも。私は禁術を使うことができる!」
その言葉を吐き出した瞬間、騎士たちの顔が驚愕に歪んだ。
気持ちよかった。最高に気持ちよかった。
ルペン42歳。今この瞬間が人生で最高に輝いているときだった。
息苦しい様子だが、騎士たちは問いを続ける。
「騎士団を襲ったエルダー・ヘルハウンドも禁術で倒されたと聞くが、お前がやったのか!?」
え、そうなの?
死因を知らないルペンはそう思ったが、表情には出さない。
「いかにも!」
なぜなら、もう引けないからだ。
「エルダー・ヘルハウンド如きに苦戦するお前たちが哀れでな。少しばかり慈悲を見せてやったのだよ」
「ロンギヌスの構造術式を教えたのはなぜだ!?」
なんの話?
そう思ったが、ルペンは機転を効かせる。
「ロンギヌスとは魔王様の武器。いずれ魔王様の御手に戻すための布石よ!」
「王城内で閃光を放ったのもお前なのか!?」
「答えなど、わかっているだろう?」
気持ちよくルペンは全肯定する。
もちろん、適当な返事だが。
悔しそうに顔を歪める騎士たちの姿を見ていると気持ちが良くて仕方がない。
今まで表舞台とは縁のない世界で生きていたのだ。
魔王が復活する今日という晴れの日くらい、こんな気分もいいではないか!
「……おしゃべりは終わりにしよう」
ルペンは宝玉を騎士たちに向ける。
直後、前方へと衝撃波が放たれた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
突風で飛ばされた木の葉のように騎士たちの身体が吹っ飛ぶ。衝撃波はそのまま教会の入り口を吹っ飛ばして壁に大穴を穿つ。
教会の外で待機していた騎士たちも巻き込む、大勢の騎士たちが瓦礫とともに投げ出された。
「う、く、おおおおお……」
「なんという、威力だ……」
よろよろと騎士たちが立ち上がろうとするが、ダメージと黒い霧のせいでふらついている。
彼らの後ろから、待機していた大勢の騎士たちが大急ぎで向かってくる。
ルペンは右手を掲げた。
「殺せ」
教会の奥から刃物を持った部下たちが姿を現す。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
彼らは雄叫びを上げて騎士たちに襲いかかった。
一応、それなりの訓練は積ませているが、しょせんは素人。一方、相手は戦闘のプロである王国騎士団。本来であれば勝負になどならない。
だが、今は違う。
「うわあ、なんだこれ!?」
「おう!?」
近づいてきた騎士たちがルペンの黒い霧にかかるなり悲鳴をあげる。
霧に備わった認識阻害の効果だ。
視覚や聴覚がおかしくなり、頭はぼーっとする。身体も思うようには動かなくなる。
もちろん、阻害の対象は騎士たちだけだ。
そんな状況であれば、素人に毛が生えた程度の部下たちでも騎士たちの命を容易に奪える。
「くっはっはっは! さあ、殺せ! 殺してしまえ! 我が名はルペン! 死にゆくお前たちの魂に刻み込むがいい!」
大笑いしながら、ルペンは宝珠から鼓動を感じていた。
何かが目覚めようとしているかのような――
その時間は、近い。
(……ははは、魔王様! あなた様の復活を華やかな勝利で祝いましょうぞ!)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大森林の奥深くに謎の教会が見つかったらしい。
なんでも、魔王復活を目論む謎の組織が住み込んでいるらしい――
魔王復活……魔王復活!?
寮部屋に戻ると、短足のマンチカンがごろ寝していた。
……魔王、ここにいるんだけど?
何を復活させるつもりなんだろう……。
ちなみに、目覚めた魔王に尋ねたところ「知らんな」と興味なく話題を打ち切られた。
教会に潜む連中を一網打尽にしようと、騎士団を中心として大規模な特別部隊が編成された。宮廷魔術師であるわたしは関係ないと思っていたが――
ラルフが所属するグライディーヌ隊が全面協力することになり、さらに人手が欲しいと、またしてもわたしが駆り出されてしまった。
とほほ……。
雑に扱われがちなドリッピンルッツ隊の、さらに下っ端ですからね。ええ、働きますよ。
「すまないね、ミリア。落ち着く暇もなくて」
幼馴染みのラルフが申し訳なさそうに謝ってくれた。
そして、当日――
わたしたちは教会を取り囲んでいた。わたしの位置からは教会の正面口がよく見える。わたしの横にはラルフが立っていた。口うるさいマンチカンも足元にいる。
『興味ないんじゃなかったの?』
『ふん、偉大なる我を今も信奉している見込みのある連中だ。ひと目見てやろうと思ってな』
『なによ、ちょっと嬉しかったりするの?』
『そ、そそそ、そんなことはないぞ!? だが、最近は雑に扱われることが多いからな! 主にお前のせいで! ふふん、偉大なる我があっちに行きたいと言っても泣くなよ! 不徳を悔いても遅いぞ!』
『大喜びで送り出してあげるよ?』
くだらない会話をしているうちに作戦が始まった。
最初は、部隊の偉い人たちが降伏勧告をするため、教会へと入っていく。
足元の猫がせせら笑った。
『優しいなあ、前人類! 戦いとは常に先制攻撃! これから戦いますよと教えるとはな!』
『あのねー……ここに住み着いているだけの、普通の人かもしれないじゃない?』
いきなり殴ってごめんね、ではすまない。
王国という権力である以上、果たすべき責任はあるのだ。
だけど今回はどうやら、その迂遠さが仇となったようだ。
「うん……?」
隣に立つラルフが声を漏らす。
わたしたち、待機組の空気が揺れた。
異変が起こっているからだ。教会の開いたドアから何か黒い霧のようなものが漏れ出してきている。
直後、ぴーっ! と鼓膜が痛くなるような笛の音が響き渡った。
教会の外で待っていた先遣隊のバックアップ部隊の隊長が警笛を鳴らしたのだ。
その合図の意味は――
全軍突撃!
どうやら、反撃を受けたようだ。あの黒い霧がそうだろうか。
待機組が飛び出す。
その直後。
再び派手な音がして、今度は教会の入り口が吹っ飛んだ。先遣隊と、待機していたバックアップ隊が諸撃に巻き込まれて派手に飛び出てくる。
壊れた教会から黒い霧が吹き出した。
あまり密度は濃くないので、何か向こう側が見えにくいなーくらいだけど――
あれはなんだろうか?
手に赤い宝珠を持った、茶色いローブの男が姿を現した。
「くっはっはっは! さあ、殺せ! 殺してしまえ! 我が名はルペン! 死にゆくお前たちの魂に刻み込むがいい!」
呼応するかのように、手に武器を持った男たちがぞろぞろと教会から飛び出てくる。
吹っ飛ばされた騎士たちもダメージは小さいようだ。慌てて立ち上がり、男たちを迎撃する。
……おや?
今のところ、確かに多勢に無勢とはいえ、騎士たちが苦戦しすぎているように見える。というか、なんだか酔っ払っているような感じだけど、あれはなんだろう?
「急げ! 助けるぞ!」
待機組のリーダーたちが大声で叫ぶ。
わたしたちは黒い霧へと飛び込んだ――じゃないと、助けられないからね。
「……うぐ……!?」
数歩もしない隣のラルフがうめいた。額に手を当てる。
「どうしたの、ラルフ?」
「……ん、なんだ、これは……? 気分が悪い、身体がうまく動かせない……」
ラルフの動きが鈍る。
ラルフだけではない。黒い霧に飛び込んだ全員の様子がなんだかおかしい。
「ミリア、君は大丈夫か?」
「え、ええと……」
わたしは目をぱちぱちした。
さっき『黒い霧に飛び込んだ全員の様子がなんだかおかしい』と描写しましたが、嘘です。
大嘘です。
わたしは、むっちゃ健康優良児です。
今ここで縄跳びで二重跳びだってできそうです。
ええと……なんで、わたしだけ?
『覚えてないのか? お前は『状態異常無効』だっただろ?』
そうでしたあああああああああ!
王太子が仕掛けてきた嘘発見魔術の『誓約』もそれで回避したんでした!




