誰が禁術を使えますか?
「間もなく『教会』への攻撃を開始します」
「わかった」
ミドルトンの報告に執務室の主グランデールはうなずいた。
ラルフの持ち帰った報告を見た瞬間、グランデールは異常性を一目で見抜いた。
あまりにも森で使われている禁術の数が多い。
おまけに、ラルフの報告だと襲ってきたエルダー・ヘルハウンドを焼き払ったのもまた禁術。
こんなにも一箇所で禁術が連発されていることは普通ではない。
(大森林で、何かが行われようとしている!)
天才軍師グランデールの優秀な知性はそう結論づけた。
よって、グランデールはこう命令を下した。
「この大森林には何かがある。騎士団の総力を上げて調査しろ。普段は行かない奥の奥までな!」
徹底的な調査が行われて――
1件の報告が王太子に持ち込まれた。
「大森林の最奥に怪しげな教会があります」
その教会は明確に『隠されていた』――
折れた樹木を置いて道を遮ったり、大きな石をばら撒いて悪路を作ったり。人が自然と「この先には行かないでおこう」と思わせるような仕掛けが巧妙に仕込まれていた。
王太子の『徹底調査』という厳命で騎士団の優秀な斥候が動かなければ決して見つけることはできなかった。
かくして『知られていない教会』が発見された。
斥候たちは無人の教会だと思い込み、不用心に踏み込むような愚を犯さなかった。なぜなら、周囲に残された足跡からして、それなりの人数の人間が住んでいることは明白だったからだ。
理由は他にもある。
教会の外壁に描かれていた、おそらくは教団を表すシンボルに見覚えがなかったからだ。
斥候たちは持ち帰った情報を報告した。
結果、そのシンボルに関して王国は情報を持っていた。
魔王復活を目論む謎の組織のものだ。
禁術以上のタブー、それが魔王だ。
その魔王の復活を許すはずがない。
王国は組織を見つけ出し、完膚なきまでに叩きのめした。そして、歴史の影に消えてしまったと思っていたら。
「……はっ、しぶとく生き残っていたか」
グランデールは鼻で笑う。
だが、悪い気分ではない。
なぜなら、多くの不可解な状況に仮説が立つからだ。
このところの禁術の頻発と――その裏で暗躍する、魔王を信奉する組織。
関係ないはずがない!
「せっかく生き延びたものを……調子に乗りすぎたな。お前たちは派手に動きすぎた」
魔王と関係のある組織の炙り出しに成功したグランデールに、ミドルトンは興奮気味に言った。
「さすがです、グランデール様!」
「これくらい、普通だろ?」
ふぁさっとグランデールは長めの髪をかき上げた。
「今度こそ叩き潰せ。二度と立ち上がれないようにな」
そう号令を下しつつ、王太子は抜け目なくこう指示する。
「……人間に扱えるものではないと思うが――禁術を使ってくるかもしれない。宮廷魔術師も援軍として従軍させよ」
気になる記述があったのも事実だ。
赤い宝珠には何かが宿っているらしく、普通の魔術の領域を超えた特別な力を放つらしい。前回の戦いもそれで王国軍は苦しんだらしい。
(……それが禁術なのか? 赤い宝珠には何が宿っている……?)
もし、それが禁術なら話は早いのだが。
違うのなら――ドリッピンルッツ隊のミリア・アインズハート伯爵令嬢を再び俎上に載せる必要がある。
ロンギヌス・ダミーでの禁術発動には関係していないようだし、グランデール本人が仕掛けた『誓約』の結果もある。
グランデールはすでにミリアを検討から外していたが、先のヘルハウンド戦で禁術が発動、そこにミリアがいたと報告を受けている。
(……やはり、完全には除外できないか……)
部外者にしては巻き込まれた頻度が高すぎる。
だが、ミリアではないという証拠があるのも事実だ。
(……今回の連中が『禁術を使えない』のなら、もう一段、深くミリアを調べる必要がある)
グランデールはそう決めた。
そうして、教会への攻撃が始まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ルペン様」
執務室に部下が訪ねてきた。
「……王国からの使いと名乗るものが現れましたが」
「ほぅ」
ルペンは目を細めた。
まさか、この巧妙に隠された教会に気づくとは。重点的に調べなければたどり着けない場所だと思っていたが、そこまで目立つことはした記憶がない。
(……王太子は切れると聞く。何か小さな手がかりを残してしまったか……?)
ルペンは椅子から立ち上がった。
「私が相手をしよう……あと、皆に伝えよ。聖戦だ、とな」
「わかりました」
部下は飛ぶような勢いで部屋から出ていく。
ルペンは机に置いてある赤い宝玉に触れた。
「……くくくく、この短時間で我らにたどり着くとは褒めてやろう、王太子。だが、残念だったな。まもなく魔王様は蘇る!」
それは本当に『まもなく』だった。
ルペンにはわかる。もう1時間とかからないだろう。
ルペンが死んだところで、この宝珠を確保したところで、未来は何も変わらない。
止められないのだ。
500年前、王国を恐怖に陥れた魔王の悪しき魂が現世に蘇る。
それは決定事項だ。
「……く、はははははは……! 王太子よ、逃れることはできん! お前の負けだ!」
もちろん、ルペンに死ぬつもりはない。
悲願である魔王の復活をこの目で見届けるためだ。
だが、すでに教会は多くの兵に取り囲まれていることだろう。
それでもルペンには、自分が死ぬという感覚はなかった。
「全員、皆殺しにしてやろう」
くくくく、とルペンは赤い宝珠を手にした。
この赤い宝珠には『封印された魔王の力』が宿っている。邪印もそのひとつだ。他にも多くの『普通の魔術を超えた力』がある。
この宝珠がある限り、ルペンに敗北はないのだ。
宝珠を持って教会のホールへと出ていく。
教会の入り口近くに5人の武装した騎士たちが立っていた。張り詰めた緊迫感を身にまとい、油断なく周囲を警戒している。
ルペンはにこやかに応じた。
「これはこれは。王国の使いの方々だと伺いましたが。このような寂れた教会になんの用でしょう?」
「お前が代表者か?」
「はい」
「なら、単刀直入に尋ねよう。魔王復活を目的とする教団か?」
「はっはっはっはっは!」
大笑いしてから、ルペンは答えた。
「いかにも」
「!?」
あっさり認めたのが意外だったのだろう。騎士たちは面食らったが、すぐに表情を戻すと腰の剣を引き抜いた。
「魔王の復活など! その大罪、見逃すわけにはいかん!」
「なかなか勇ましいものだな」
「今すぐ投降しろ! 寛大な処置を約束してやる!」
「この場で首を刎ねる代わりに、拷問で洗いざらい吐かせてから1年後に死刑かね? お前たちの言い分など当てにならんね」
「逃げられると思う、な……?」
激昂した騎士たちの身体がぐらりと揺れた。
いつの間にやら、空気の色が変わっていた。黒い霧のようなものが立ち込めていて、視界がずいぶん悪くなっている。
「ははははは! それはこちらのセリフだ。お前たちの認識力を低下させる霧だよ。死んでしまえ」
「おのれ! 王太子様より禁術に気をつけろと言われていたが……貴様、禁術が使えるのか!?」
「あ?」
禁術は使えない。これは赤い宝珠の力でしかないからだ。
だが、ルペンにはその質問が気持ちよかった。禁術は、魔王を崇めるルペンにとって強い憧れでもある。それが使えれば――憧れの魔王により近くなれた気がする。
死にゆくものへ、気持ちのいいマウントをとってやろうと考えたルペンは小鼻を膨らませてこう言った。
「いかにも。私は禁術を使うことができる!」




