ミリアは禁術を使った!
「『世界に轟く雷帝の鉄槌』」
轟音が響き渡る。落ちてきた雷撃の直撃を喰らい、2匹のヘルハウンドは倒れた。
……その名の通り、超高威力の電撃を『頭上』から叩き込む技だ。
ちなみに、密集していると雷撃なので周りにも被害を及ぼしそうだけど、その辺は意識すると対象だけに限定できる。便利だね、魔術。
「な、何が起こったんだ……?」
調査団のリーダーが驚いた様子で倒れたヘルハウンドを眺めていた。
「雷が落ちてきた?」
騎士団の人たちが呆然とした様子で空を仰ぐ。
……ふふん、計算通りだ。
魔術を『わたし』から射出するので、わたしだとバレる。こういう『空間』から射出するものなら、誰がしたものか不明だ。
しかも、ただの雷だ。
きっと、ただの自然現象だと判断して――
騎士たちが次々と口を開く。
「雷が落ちてきましたけど、空、雲ひとつない空ですね」
あ。
「ていうか、ヘルハウンドだけ、都合よく当たるか? それも2匹だぞ?」
ああ!?
「それに普通の雷と違う気がしますね。あれだけ目の前に落ちたら、俺たちにもダメージがあってもおかしくはないですから」
あああああああああ!?
「「「「なんかの魔術か?」」」」
ああああああああああああああああああああああああああああ!
ラルフが水晶玉を取り出した。
「……赤くなってるな……報告しないと……」
『1秒も誤魔化せていないな、前人類』
『うう、うううううう……』
うまくいくと思ったんだけどなあ……。
ま、まあ……自然現象とはみなしてもらえなかったけど、それでも、わたしだと特定もされていない。
引き分けくらいにしておこう。
ラルフがわたしに目を向ける。
「なんだかわからないけど、助かってよかったね」
ラルフの顔に柔らかい笑みが浮かぶ。それほど長い戦闘時間ではなかったけど、とても久しぶりに見たような気分になった。
「……あのとき、守ってくれてありがとう」
2匹目の攻撃でラルフが突き飛ばしてくれてなければ、わたしは死んでいたかもしれない。おまけに、自分はいいから逃げろ、なんて判断までしてもらって。
ラルフは首を振った。
「気にしないでいい。ミリアに同行を頼んだのは俺だし、あと、君に何かあるとご両親に申し訳が立たないからね。当然のことをしたまでだよ」
当然のこととは思いたくなかった。
ヘルハウンドとのぶつかり合いは短かったけど、ラルフの着ているローブはすでにあちこちがボロボロになっている。大きな負傷がないのは運が良かっただけだ。
命を賭けてもらったことを、当然のこととは思いたくなかった。
「それでもね、わたしはお礼を言いたいんだよ」
「ミリアのそういうところは美点だと思うよ」
そう言うと、ラルフは照れたように笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大森林の奥深くに、すでに忘れられた古い教会がある。
そこは拠点であった。
魔王の復活を目論む集団の。
彼らを束ねる男ルペン――エルダー・ヘルハウンドに邪印を施した茶色いローブを着た男は、教会の奥にある執務室に座っていた。
「……まさか、強化したエルダー・ヘルハウンド2体を退けるとはな……」
ため息がこぼれる。
さっきまで赤い宝珠を通じて、騎士団とヘルハウンドの戦いを眺めていた。
騎士団がチョロチョロと森を動き回っているらしいと知ったルペンは「戦争の号砲だ。血祭りにあげてやろう」とヘルハウンドで襲撃をかけた。
確実に全滅すると思っていたが、そうはならなかった。
騎士団が意外と粘り、おまけに『勝負を決する一手』だと思っていた2匹目の不意打ちも不発に終わった。
だが、それでも勝てるとルペンは思っていたが――
不意に映像が消えた。
共有したヘルハウンドたちの視界を宝珠に映していたのだが、それがぶつりと途切れた。
しかも、二体同時にだ。
「何が起こったのだ? ありえないのだが」
ルペンには理解できない。
ヘルハウンドの視界から戦況を眺めていたので、頭上から落ちてきた落雷を知るはずもない。
納得できない状況だ。
だが、ルペンの機嫌はよかった。
騎士団の全滅は挨拶みたいなもの。そんなものはどうでもいい。
優しげな手つきでルペンは赤い宝珠の表面を撫でた。
「もう充分な量の瘴気を回収した。すでに封印は解けようとしている」
何世代にも渡って、組織は邪印を使って瘴気を集め続けていた。その努力が、ついにルペンの代で報われようとしている。
くっくっくっく、とルペンは笑った。
「偉大なる魔王様、もうすぐです! あなたの魂はこの宝珠を砕き、蘇る!」
魔王が復活すれば、間違いなく王国との戦争が始まる。
その始まりを告げるために、騎士団を血祭りにあげようとしたのだが――
「まあ、いい」
ルペンは立ち上がると棚から上等なワインとグラスを取り出した。
血のように赤い液体をグラスに注ぐ。
「せいぜい残り少ない平穏を楽しむがいい。猶予はひと月。この教会までたどり着ければ悪夢を止める機会もあろうが――平和ボケしたお前たちでは無理だろうなあ……」
ルペンは大笑いすると、上機嫌な様子でワインをあおった。
だが――
ルペンは知らない。
ラルフの持ち帰った『森林禁術発生ポイント』の地図を見るやいなや、王太子グランデールは次の指針を迅速に決めた。
「大森林での禁術発生数が異常だ。この大森林には何かがある。騎士団の総力を上げて調査しろ。普段は行かない奥の奥までな!」




