判明、黒の影の正体!
ラルフがオーガの身体に刻まれた切り傷を観察する。
「すごい……見たことないよ、こんな傷」
「え、どうして?」
そこらへんで売っている短剣で切りつけただけなんだけど。
「オーガの鍛え抜かれた筋肉は、それだけで高い防御力を誇る鎧なんだよ。俺の剣でも――」
そこでラルフは腰に差した剣を叩いた。
宮廷魔術師としては武闘派のミドルトンタイガー隊に所属するだけあって、ラルフは武芸の面でも優れている。確か、そこら辺の騎士と互角くらいの腕はあるはずだ。
「正直、こんな鮮やかには斬れない」
「……そうなんだ……」
すっぱすっぱでしたけどね。
「だから、これは魔術による裂傷じゃないかな」
「え、どうして?」
いやいや、短剣でつけた傷なんだけど。
「……この傷のサイズからして短剣でつけたようにしか見えないんだけど――」
はい。短剣でつけましたからね。
「さっきも言った通り、俺の長剣ですら苦労する相手だ。ただの短剣でこうもすっぱり切断できるはずがない。人間の領域を超えた強さだよ」
ぐはっ! 人間の領域を、超えてましたかあ……。
「それよりは、魔術だと考えた方が無難かな。ミリアはどう思う?」
「……剣のことはわからないけど、切断系の魔術でダメージを与えたんじゃないかな……」
罪悪感がずっと心にのしかかる……。
ううむ。本当のところを教えたいのだけど……禁術を使ったのがバレちゃうしなあ……。バレると死罪だしなあ……。
『くっくっくっく、苦労しているようだなあ、前人類?』
足元から性格の悪い短足猫が話しかけてくる。
『あなた、楽しんでいるでしょ!?』
『もちろんだ。せいぜい楽しませてくれよ?』
『……あのさ、探していた『夜の森をすごい速度で疾走する、鬼火をまとった黒い影』ってさ――』
『お前であろう?』
ですよねー!
冷静になって振り返ると、黒装束で明かりのついた枝を持って走っているわたしの姿はまさにそんな感じであろう。
うっわー……噂になっていたのかあ……。
そのせいで、この調査隊である。
『やっぱさ、正直に言ったほうがいいのかな?』
『わたしがやりました、か? 絞首刑になりたいのなら好きにすればいい』
『そうなっちゃうよねー……』
『言うなんて選択肢があるわけないだろ。これも悪しき者とやらを倒すための準備であろう? 大義を見失うな』
……まあ、そうだよねえ……。
仕方がない。皆さんには悪いが、ここは知らぬ存ぜぬで通すとしよう。
そこで、不意にラルフに声をかけられた。
「ミリア?」
「ひゃい!?」
「どうしたんだ、ぼーっとして」
「ご、ごめんなさい! ちょっと考え事してて。それで何?」
「ああ、全身の切り傷も立派なのものだけど、やっぱり一番気になるのは、この胸の大穴だね」
ラルフはオーガの胸にぽっかりと穿たれた大穴を指さす。
わたしが『世界を浄化せし閃光』で撃ち抜いた穴を……。
「短剣でできる傷がないのは間違いない。やっぱり、こっちも魔術なんだろうけど」
「そうね、いくつか思いつく魔術はあるよ! 例えば空気を圧縮して放つ――!」
開き直ったわたしは早口でまくし立てる。
だけど、少し考えてからラルフが言った。
「目撃証言で出てきた『夜空を走り抜けた閃光』が気になる。そのエフェクトと攻撃力を満たす魔術となると数は限られるんだ」
あ、はい。
適当なことを言って誤魔化そう作戦はこうして失敗した。
ラルフは穴の奥をじっと見る。
「角度がずいぶんと急なんだよね。斜め上に撃ち放ったというか。この角度で撃ったのなら、目撃証言のような情景になっても不思議じゃない」
我が幼馴染みは優秀でありますなあ(泣)!
「だけど、困った。そんな魔術に覚えがないんだよね。ミリアは?」
「……そ、そうね……わたしも、ないわ」
よかった。ここで推理は終わるんだね……。
「ないよなあ……。特秘図書保管室を撃ち抜いた閃光くらいかな、似てるのって。威力もエフェクトも申し分ない」
終わらなかった。
我が幼馴染みは優秀でありますなあ(泣)!
「似ているかもしれないね!」
『おい、バカもの!』
『え?』
「……ん? ミリアは記憶を失っていたんじゃなかったっけ? どうして閃光のことを知っているの? 何か思い出したの?」
げげげげげげげげ!?
天を仰いで額に手を当て――るとまずいので、そこは踏みとどまった。
どどど、どうしよう?
『少しは自分が『過去に言ったこと』を気にしろ!』
猫がプリプリ怒っている。
いやはや、ごもっともで……。
「えーと、いや、その、ほら、あれだけの騒ぎだからさ、城中で噂になっているんよだね。そんなのがあったよねって」
ラルフは即答しない。
静かに、じっとわたしを見ている。
う、うう……こ、この緊張感は胃が痛い!
「そうか――」
そして、ラルフがにこりとほほ笑む。
「確かに城中の噂を聞いてもおかしくはないな」
「あは、あはは……そうだね!」
なんとか、しのいだ……。
ラルフは、うん、とうなずいた。
「ま、外傷については取りまとめてミドルトン団長に報告するとしよう」
そう言うと、ラルフは持っていた荷物入れから水晶玉を取り出した。
ラルフが水晶玉に手をかざすと――
水晶玉の色が透明から薄紅色に変わった。
「それは――?」
「俺にもよくわからないんだけど、ミドルトン団長から渡されたものなんだ。モンスターの死体がある場所でこの水晶玉を確認しろって。で、こんな感じで赤くなったポイントを報告して欲しいらしい」
そう言うと、ラルフは地図に印を打った。
『……おい』
短足の猫が話しかけてきた。
『どうしたの?』
『あの水晶玉、禁術に反応しているぞ』
『え、ええ!? どういうこと?』
『禁術を使うとな、実は大気中に特定の残留物が残るのだ。……人が感じ取れるものではないがな。なので、それを調べれば、ここで禁術が使われたかどうかがわかるのだよ』
『そ、そうなんだ……!』
『ミッションだ。あの水晶玉をなんとかして奪って破壊しろ』
『でで、できないよ!?』
誤魔化すだけでも胸が痛むのに、そんなことできるはずがない!
わたしの言葉に猫が大きく舌打ちした。
『この甘ちゃんが! それなら仕方がない。いいか、ヘタレの前人類。この行軍中は絶対に禁術を打つな。撃った瞬間に水晶玉が反応する。バレる可能性が高くなるぞ』
『……わ、わかった……!』
わたしは内心でごくりと息を飲み込んだ。
どうにも秘密を抱えた生活はスリリングで息が詰まる!
調査団のリーダーが声を上げた。
「そろそろ次の場所に行く! 準備をしろ!」
そんな感じで、わたしたちは大森林を歩き回りながら『謎の黒い影』が現れた場所で、残された『怪死を遂げたモンスターの死体』を調べていった。
……まあ、全部わたしがやったものなんですけど……。
そのたびにラルフが赤くなった水晶玉を確認して地図に印を打っていた。
……禁術に反応する水晶玉を出してきた以上、王国が禁術を警戒しているのは間違いない。だけど、どうしてだろう。
悪しき者と何か関係あるのだろうか。
例えば、その悪しき者もまた禁術を使ってくるとか?
その想像にわたしはぶるりと身体を震わせた。
ありえるかもしれない。
であれば――
それに対抗できるのは禁術を使えるわたししかいない!
なかなか大変だが、頑張ろう。
「おや?」
水晶玉を見ていたラルフがつぶやいた。
「反応がないな」
ラルフの言葉の通り、水晶玉は透明なままだった。
新しい現場に移動したわけだが、今までとは反応が違った。
……それもそうだろう。
目の前に横たわっている体長5メートルはありそうなジャイアント・スネークの死体には見覚えがなかった。
まるで鋭い鉤爪で引き裂かれた全身にも――
大きな動物に咬み殺されたかのような大量の咬傷にも。
「なんなの、これ?」
わたしは小さくつぶやいた。




