追跡! 『夜の森をすごい速度で疾走する、鬼火をまとった黒い影』!
王太子の執務室――
「あまり状況は芳しくないようだ、ミドルトン」
グランデールは執務机の前に立つミドルトンに対してそう口火を切った。
ミドルトンが深刻そうに息を呑みつつ応じる。
「どういうことでしょうか?」
「ここ1ヶ月間の、騎士団からの報告だ」
グランデールは机の上に置いてある報告書を指先で叩く。
「夜の大森林で怪現象が起こっている」
「怪現象!?」
「ああ。夜の闇深い森を、とても人間とは思えない速度で疾走する影を見た――そういう報告が増えているそうだ」
危険な大森林とはいえ、とんでもない人口を抱える王都がある以上、人の出入りは多い。最初は見間違いかと騎士団も重きを置かなかったが、連日のように続いては無視できなくなった。
「不気味ですね……」
「おまけに、ぼうっと輝く鬼火まで連れているらしい」
「魔性のものでしょうな」
「さらに、その影が向かった先にはモンスターの死体が転がっているそうだ」
殺し方もバラエティーに富んでいる。
ナイフで切り裂いたものもあれば、高威力の魔術で吹っ飛ばしたもの、あるいは鋭い牙で頭を噛みつぶされたようなものまで。
「……恐ろしいですな。やはり、魔王の関与を疑われていますか?」
「もちろんだ。残念なことに、騎士団の知らない事実もある」
王太子は机の上に置いてある水晶玉を指で触った。
「この1ヶ月、連日のように禁術が使われている」
「――!?」
「それも1日のうちに何度もな」
「今までそんなことありませんでしたよね? せいぜい数日に1度くらいだったと思いますが?」
「その通り。なのに、急速に活発になった。おまけに――いずれも夜に集中している」
「――!?」
大森林に現れた謎の死神。急速に増加した禁術の発動回数。いずれも夜であり、増加し始めた期間も合致している。
「何が起ころうとしている、それは間違いない」
疲労感を覚えたグランデールは椅子に背を預けた。
「そこで騎士団から精鋭を集めて大森林の調査をすることにした」
「それは良い案だと思います」
「そこで、だ。ミドルトン、お前に頼みがある。グライディーヌ隊から人を出して欲しい。禁術が出てきている以上、魔術の専門家もいたほうがいい」
「それはそうですね……ただ――」
ミドルトンが首を捻りながらつぶやく。
「特秘図書保管室を24時間態勢で監視しているのもありまして、人手が足りません。他の部署から人を借りますが、それは構いませんか?」
「構わない。急ぎ手配してくれ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつものように職場で仕事をしていると、上司のダグラスが近づいてきた。
「ミリア、今やってる仕事のめどはどうだ?」
「今日中には終わります」
「そうか。ならキリはいいな」
うんうんとうなずき、ダグラスは続けた。
「すまないが、お前に用事があるそうだ。話を聞いてやってくれないか?」
打ち合わせスペースに向かうと、見知った顔が座っていた。
「久しぶりだね、ミリア」
グライディーヌ隊のラルフ・クオーデンだ。
……書庫でぶっ倒れたわたしを介抱してくれた人で、それぞれの実家が近いのもあって昔からの顔馴染みである。
「久しぶり。どうしたの?」
対面に座りながら尋ねると、ラルフは渋い顔をする。
「実はミリアに頼み事があってね」
「頼み事?」
「ああ、騎士団が大森林の調査を行うんだ。魔術に詳しい人間がいるらしいんで俺が帯同することになったんだけど、ミリアも手伝ってくれないかな?」
「わたしが?」
「申し訳ないが、グライディーヌ隊は人手が足りなくて。ミリアだと知っているから俺もやりやすいんだ。ダグラスさんには話を通してある」
「別に構わないけど……何を調査するの?」
「大森林で異変が起きていてね」
「森に異変?」
「ああ。夜の森をすごい速度で疾走する、鬼火をまとった黒い影がいるらしい」
「……夜の森をすごい速度で疾走する、鬼火をまとった黒い影がいる?」
突拍子もない言葉に、わたしは思わず繰り返してしまった。
足元にいる猫から心の声が割り込んできた。
『くっくっくっく、面白いなあ?』
『何が面白いのか、全然わからないんだけど?』
『まだわからないかー。いつかわかる日が来るといいなあ、この面白さがなあ……くっくっくっく!』
嫌な感じだな、この尊大な猫は……。
無視することにしよう。
「わかった。喜んでお手伝いさせてもらうわ。王都に迫る脅威を取り除くのは宮廷魔術師としての責務だもの」
おそらくは、王太子が言うところの『悪しき者』と関係があるのだろう。むしろ、渡りに船な依頼だと言える。
そんなわけで、数日後、わたしは騎士団の調査についていくことになった。
『面白そうだから、偉大なる我も連れていくがよい』
アンゴルモアと一緒に。
大森林の訓練には『面倒だから』とついてこないくせになあ……。何がそんなに面白いんだろう。
騎士団の皆さんとラルフとともに大森林へと入っていく。
今は早朝なのだけど――
うーん……気持ちがいいなあ……! いつもは夜中の大森林を小さな光源だけで走り回っているからねえ……。
「どんな感じで調査するの?」
わたしは隣を歩くラルフにこそこそと尋ねた。
「そうだね、まずは現場を見て回る。調査済みの場所も含めて念入りに。俺たちは魔力が関係するものを調べる感じかな」
「ほうほう」
「夜しか出ないから大丈夫だと思うけど、鬼火をつれた黒い影を見かけたら、すぐに言って。ミリアに怪我をさせたら、ミリアの両親に悪いからね」
「鬼火をつれた黒い影、か。強いのかな?」
「森でモンスターを倒していくんだけど、かなりの使い手らしい。先日、刃物で切り刻まれた上に胸を撃ち抜かれたオーガの死体が見つかったそうだ」
オーガ!
中級冒険者でも油断すると倒されてしまうくらいの強敵だ。
「……かなりの強敵ね」
だからか。騎士団の人たちが妙にピリピリしているのは。森を行軍している最中も四方に注意を向け続けている。
せっかくだ、倒したい。
それほどの使い手が相手だと、精鋭揃いの騎士団でも無傷ではすまないだろう。最悪、誰かが死ぬかもしれない。
だけど、オーガを単身で倒せるのはわたしだって同じだ。
わたしが倒してしまえば傷つく人はいない。
……着ているローブの裏側に愛用のナイフはしまってある。
「着いたぞ」
前を歩く騎士団の男性がそう言う。
「ここには数日前に倒されたオーガの遺体が転がっている。俺たちは周囲の調査をするから、宮廷魔術師さんたち、すまないが死体の検分を頼む」
「わかりました」
モンスターとは、実に不思議な生物だ。それは普通の生態系とは全く違う。世界にあまねく瘴気から現れる。その死体は腐らない代わりに、時間が経てば空気に溶けていく。
このオーガは、まだそこに至っていないのだろう。
わたしとラルフはオーガの死体に近づく。
ラルフの言う通りだった。
そのオーガは身体中をなますぎりにされ、胸の中央にぽっかりと大穴を穿たれていた。
わたしは目をぱちぱちと開閉した。
じっと観察する。
そのオーガは身体中をなますぎりにされ、胸の中央にぽっかりと大穴を穿たれていた。
わたしは、うーん、と数日前の記憶をたどる。
確かにわたしはオーガをこんな感じで倒した。たくさんある切り傷の場所はそのときの記憶と合致している。
周りを見渡す。
暗い森だったが、場所の雰囲気くらいは覚えている。
なんとなく、こんな風景だったと記憶がささやいている。
……。
…………。
これ、ひょっとして、わたしがやったやつ?
ラルフが口を開いた。
「オーガが倒された頃、この場所で夜空を貫くような閃光が見えたらしい」
わたしの脳裏に『世界を浄化せし閃光』の輝きが蘇った。
夜空を切り裂くさまが綺麗だったなあ……。
「オーガをこうも圧倒するなんて、恐ろしい使い手だ」
「そ、そうね……」
ええと……それ、わたしですね……。




