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ミリア、森でブートキャンプする

 王都を囲む城壁の東側は深い森林に囲まれている。

 薬草や多くの森の恵みがあるとともに、危険なモンスターたちも数多く徘徊している。

 その奥深く――

 茶色のローブをまとった男――ルペンが歩いていた。

 歳の頃は40くらい。

 これといった特徴のない男だが、右手に持っている真っ赤な宝玉がやけに目につく。

 まだ日の光も弱い朝の森林を奥へ奥へと進んでいった。

 すると――


『ウウウウウウウ―― !』


 威嚇の声とともにモンスターが現れた。

 漆黒の犬だ。体躯は大きく、大きな虎くらいはあるだろうか。牙と牙の隙間から火の粉が散っている。

 エルダー・ヘルハウンド。

 地獄に住まう犬と恐れられるほど獰猛で凶悪なヘルハウンドの上位種だ。倒すには熟練の冒険者が必要な強者だ。


「くくくく、出てきてくれたか。探す手間が省けたよ」


 ずんずんと迫ってくる巨大な犬。

 その圧迫感などものともせず、ルペンは平静な態度のまま、宝珠を持つ右手を差し向けた。


 宝玉から、赤いもやが吹き出した。

 もやは、まるで虫の群れのようにエルダー・ヘルハウンドにまといつく。異変に気がついたエルダー・ヘルハウンドは身体を振り回すが、もう遅い。赤いもやはエルダー・ヘルハウンドの体躯に沈着し――赤い輝きを放っている。


 その黄金だった瞳も、真っ赤に染まっていた。


 ぐるるるるるる……。

 と喉の奥を鳴らしているが、もう敵対的な様子はない。頭と尻尾を垂れて、静かな様子でたたずんでいる。


「よしよし。それでいい」


 ルペンはにやりと笑った。


「さあ、行け。命の尽き果てる最後まで敵を食らい、その贄を捧げるがいい」


 エルダー・ヘルハウンドはのそのそとした動きで森の奥へと消えていく。

 くくくく、とルペンは笑った。

 愛おしい手つきで宝珠を触る。


「もうすぐです、魔王様。この宝玉に閉じ込められたあなたの魂を常世に蘇らせてご覧に入れます……!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 短足の猫があくびをしている。

 眠気に耐えられなくなったのだろう、そのままゴロンと床に寝転がった。


「あなたは気楽でいいわね、アンゴルモア?」


『猫の特権だな』


 アンゴルモアがせせら笑う。

 その目がわたしを見た。


『お前の方は毎晩毎晩、精が出るな。そんな格好で夜遊びとは』


「人聞きが悪いんですけど!?」


 まあ、そんなに外れてはないんですが。

 今わたしは真っ黒なシャツとズボンを身にまとっている。さらに伊達メガネをかけて、バケツをひっくり返したかのような深い帽子もかぶっている。

 そして、腰に差した大振りのナイフ。

 怪しい。

 実に怪しい。

 こんな姿で王城を歩いていたら、間違いなく衛兵に捕縛されるだろう。

 なので『そんな格好』よばわりは正しい。

 おまけに夜遊びというのも――


「じゃ、行ってくるから」


 わたしは窓を開けた。

 夜の冷たい空気がひやりと頬を触れてくる。

 すっと息を吸い、わたしは言葉を吐き出す。


「限界というかせを知る――伸びて縮み――縮んで伸び――己の届く世界に線を引く――だがそれはただのまやかし――神が与えたかりそめの限界――取り除け、捨てろ――果ては遠くどこまでも遠い――」


 禁術を、発動する。


「『開かれし世界の律動』!」


 その瞬間、わたしの身体に炎のような熱さが加わった。


「行ってくる!」


 わたしは窓から外へ飛び出した。

 そのまま近場の建物の屋根に音もなく着地、ささささ、とまるで暗殺者のような足取りで屋根を走る。

 そして、次の建物が見えたら、ぽーんと飛ぶ。

 夜の世界がぐんぐんと後ろへと流れていく。わたしの身体はびっくりするほどの速さで前へ前へと進んでいく。


 これが禁術『開かれし世界の律動』の効果だ。

 発動者の身体能力を高めてくれるので、万年運動音痴だったミリアさんでも、こんな立体機動ができてしまう。


 すごい!

 すごすぎる!


 最初は軽すぎる自分の身体と速すぎる動きに恐怖を覚えたが、慣れてくるとなんだか楽しく仕方がない。

 身体が自由に動くって便利だねー。

 あっという間に王城の敷地内を飛び出したわたしは、そのまま市街の屋根を突っ切って街を囲む城壁に到達した。


 ひょいと城壁を越えて――

 あっという間にわたしは王都の外まで抜けてしまった。


 わたしの目には月明かりの下に広がる漆黒の大森林が映っている。

 わたしはすたっと着地した。

 いやー……早いねえ……。

 さて、ここから大森林に入っていくわけだけど――

 わたしは森の入り口で足元に落ちている適当な長さの木の枝を拾い、魔術を使った。


「ライト」


 ほわっと優しい明かりが枝の先端に灯る。

 木の枝を掲げたまま、わたしはすごい速度で森の奥へと走っていった。

 やがて――

 わたしは1匹の大型モンスターと対峙する。

 オーガだ。

 2メートルを超える大きな人型モンスター。ボロ切れの服を身にまとい、手に棍棒を持っている。

 人を食べる、人にとっての害悪種。

 わたしは手に持っていた木の枝を地面に投げた。


「じゃ、今日はここで」


 わたしは腰の短剣を引き抜く。

 ……何をしているのかというと『戦いの練習』だ。

 この国は『悪しきもの』に狙われている――そう軍師にして王太子のグランデールが言っている。

 そして、ロンギヌス・ダミーの開発も急いでいる。

 王太子は悪しきものとの戦いが遠くはないと考えているのだろう。いや、もうすぐそこまで差し迫っているのかもしれない。


 だから、わたしはわたしなりに準備を進めることにした。

 それが、これだ。


 きっと激しい戦いになるだろう。ならば、己の身は己で守らなければならない。

 なので、アンゴルモアに『開かれし世界の律動』を教えてもらったわたしは試運転と技術向上を目的に、こうやって夜の大森林で修行することにしたのだ。

 最初はゴブリン1匹にもへっぴり腰のわたしだったが――


「はっ!」


 わたしは踏み込み、短剣を一閃する。

 その一撃はオーガの鍛え抜いた筋肉を易々と切断する。


「ゴオオオオオオオオオ!」


 オーガ怒りの声をあげて棍棒を振り回す。

 だが、もうそこにわたしはいない。

 軽やかな動きで横に避けた後、ガラ空きになったオーガの脇腹に短剣を走らせる。

 ざっ!

 紙を切り裂くかのような、柔らかい手応え。

 オーガの肉がぱっくりとさけて血が噴き出る。


 負ける気がしない。

 ……すごいなあ……オーガといえば、中級冒険者でも油断すると倒されてしまうくらいの強敵だと思うんだけど、そんなのをインドア派のわたしが圧倒できるなんて……。


 あんな硬そうな筋肉の鎧も、そこらへんの武器屋で買った安物の短剣ですぱっ! と切れちゃう。


 うううむ……。

 禁術がすごすぎる。


 このまま短剣で小刻みに切りつけても勝てるだろうけど――


「世界はともがらばかりではなく――暗い心で満ちている――それらを敵と名付けよう――敵意あるものは討つべし――害意あるものは消すべし――悪意あるものは滅すべし――私の敵を穿ち、砕け――顕現けんげんせよ、暁の輝き!」


 戦いながら、禁術の詠唱を口にする。

 こうやって動き回りながらの発動も慣れなければ。

 唱え終わったわたしはオーガのふところに飛び込み、その分厚い胸に手を伸ばして最後の言葉を吐き出す。


「『世界を浄化せし閃光』!」


 闇を切り裂いて『世界を浄化せし閃光』が夜空を駆け上っていった。

 オーガの胸にはぽっかりと人間の頭ほどの穴が空いている。巨体がぐらりと揺れて地面に倒れ伏した。

 意図的に出力は絞っておいたけど、それでもすごい威力だなあ……。

 わたしは、ふぅと息を吐いた。

 オーガでも無傷で倒せてしまう。なかなかじゃないか、わたし。剣の経験もなく、白兵戦なんて怖くて仕方がなかったけど――人間、慣れるものだなあ……。

 頑張ろう。

 この国を守るために。わたしは強くならないといけない。わたしは光が灯る木の枝を拾うと、森の奥へと走っていった。


 ――そうやって研鑽を積むわたしに、翌日、新たなる任務がくだった。


「え? 森に異変ですか? 夜の森をすごい速度で疾走する、鬼火をまとった黒い影がいる?」


 悪しき者の差金だろうか……。

 ひょっとすると、わたしの力が役に立つのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] マッチしてるから大丈夫。 [気になる点] たましい。 [一言] 主人公が気付かなくてもマオちゃんが気付いてくれる!
[一言] 大丈夫?鏡いる?
[一言] おまえやー!!!!!!
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