ミリアは禁術を使った!
ロッケンドゥーエ隊のお手伝いから帰ってきて1ヶ月――
仕事をしていると上司のダグラスが近づいてきた。
「少し前、ロッケンドゥーエ隊の手伝いをしてもらった件、覚えているか?」
「はい。ロンギヌス・ダミーの話ですよね?」
「さっき会議でロッケンドゥーエ隊が報告していたんだが、頓挫していたロンギヌス・ダミーの開発に成功したらしい」
「すごいじゃないですか!」
「本当にな」
うんうんとうなずくと上司のダグラスは自席に戻っていった。
わざわざ報告してくれるなんて。わたしに気を使ってくれたのだろう。ありがたい限りだ。
足元の子うるさい猫が話しかけてくる。
『100%お前のおかげだな。次に会ったら何か奢ってもらえ』
『いいのいいの』
わたしはアンゴルモアの言葉には取り合わないが――
まあ、アンゴルモアの言う通りだ。
わたしのレンタルが終了した後、わたしは寝ているクラリスに禁術をかけた。
名前は『夢魔の世界に響き渡る言霊』だ。
効果は眠っている対象の夢に干渉して、思い通りの映像を見せることだ。
つまり、わたしはクラリスに夢を通じて、わたしが見たロンギヌスの構造術式を教えたのだ。
ごめん! クラリス! 変な術かけちゃって!
でも身体には悪くないはずだし、上司の評価はむっちゃ上がっているだろうから、それで許して!
クラリスがある日、ロンギヌスの正しい在り方に気づくのはそれほど不思議でもない。なぜなら、彼女はロッケンドゥーエ隊の職務として、それに毎日向き合っているからだ。
夢の中で正解にたどりついても不思議ではない。
『……でもさ、完璧な正しい構造術式を教えてもよかったの? ロンギヌス・ダミーも意志を持っちゃうんじゃ?』
『ふぁっふぁっふぁっふぁっふぁ! 安心せよ。そもそも卑小なる前人類の稚拙な技術で、偉大なる我の到達点を模倣することなど不可能! せいぜい安定稼働が限界であろう。魔力の質も違う。せいぜい禁術が使えるくらいの実力は持っていなければ、なあ……!』
得意げに喋る猫にわたしは尋ねた。
『禁術が使える、か。じゃあ、わたしなら……?』
『訓練を積む必要があるが、お前ならば偉大なる我を超え、こ、ここ、超え……超えることはないがな!』
そうか、超えることもできるのか……。
まあ、話し相手は口うるさい猫だけで充分だから別にいらないけど。
『ま、よかったよかった』
本音を口にする。
自分の評価には繋がらなかったけど、結果は出せた。自分だけが知っている正しい情報を、自分の都合で隠すなんて心苦しい。それをせずにすんで本当に良かった。
それでいい。それでいいんだ。
禁術を使ったことがバレてなくて、人の役に立てた。
それがわたしにはとても嬉しい。
よーし! これからも使ったことがバレないように頑張るぞ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「問題は、禁術が使われた形跡がある点だな」
王太子グランデールは額に指を当てて、そうつぶやいた。
「禁術、ですか――!?」
執務机の横に立つミドルトンが緊迫感のある声をこぼす。
少し前、ミドルトンができたばかりのロンギヌス・ダミーを持ってグランデールの執務室にやってきた。
ロンギヌス・ダミーは優秀だった。
宮廷魔術師ではあるが、防衛や警備を担当するグライディーヌ隊の隊長であるミドルトンは武器の扱いにも長けている。
王太子へのお披露目として、連れていた部下が持つ大盾にロンギヌス・ダミーで攻撃を仕掛けた。
特殊機能『トルネード・スピンドル』を発動させて。
突き出した槍は、ただの一撃で大盾を貫通した。
まだまだ発展途上で『トルネード・スピンドル』を発動できるのは宮廷魔術師級の魔力を持つものに限られるそうだが、これから改良していけば敷居は低くなる見込みだ。
いや、それよりも。
今まで『トルネード・スピンドル』は技術的な壁が立ち塞がっていた。それを超えることができたのは大きい。
「ついに山を越えました。これからも良い報告ができるよう、頑張って参ります!」
担当者はそう声を弾ませていた。
ロンギヌス・ダミーの開発は昔から進められていたが、技術上の課題が克服できずに頓挫していた。
それを進めたのは王太子グランデールだ。
もちろん、復活した魔王への対抗策としてだ。
そう簡単にはいかないだろう――と思っていたが、こうも簡単に進むとは。自分の幸運にグランデールは小さく笑みを浮かべてしまう。
だが。
そう都合のいいことばかりではなかった。
「禁術が使われたのですか!?」
グランデールの言葉にミドルトンが大きく反応する。
グランデールは強くうなずいた。
「1ヶ月ほど前のことかな……この水晶玉が反応した。だが、何に反応したかがわからなかった――そこで当たりをつけたのがロンギヌス・ダミーだ。ちょうど開発が課題をクリアしたのは、そう、1ヶ月前だ……」
1ヶ月ほど前に発現した禁術。
1ヶ月ほど前に課題を超えたロンギヌス・ダミー。
その符合をグランデールは偶然と片付けなかった。
「調べると、担当者であるクラリス・ミエッタ子爵令嬢の見た夢が突破口になったらしい。クラリスによると、すごく鮮明な、ロンギヌスの構成術式を夢で見たのだそうだ」
一拍の間を開けてから、王太子はこう続けた。
「クラリスが夢を見た日時は水晶玉が反応した日時と一致している」
「――!?」
王太子の話を聞いたミドルトンが身体を身震いさせた。
「そ、それでは、グランデール様は、まさか、その夢は――」
「禁術。魔王が仕掛けたものであろうな」
そこまで言ってから、グランデールはさらなる推理を口にした。
「おかげで――謎がひとつ解けたんだ」
「謎、ですか?」
「ああ。ドリッピンルッツ隊のミリア・アインズハート令嬢のことだ。ずっと気になっていた。彼女の書いた報告書には『伝えられている内容と違うこと』が書かれていて――彼女はそれを自分の推論を間違えて書いたと言っていた」
「はい、そうですね」
「とても信じられなかったんだよ。あの推論は一個人が仮説で立てるにはあまりにも突拍子がない。不可能だって」
だが、信じるしかなかった。なぜなら、王太子自らが仕掛けた『誓約』によって嘘ではないと実証されたから。
「しかし、今回の件を踏まえれば説明がつく」
「と、言いますと?」
「ミリア・アインズハート令嬢は夢で魔王から、魔王しか知らない事実を伝えられたのだよ。今回と同じ禁術でな」
「……いえ、お言葉を返すようですが、それはないのでは? 今回を含めて禁術の回数は5回。いずれも特定されています。ミリアに夢を見せる禁術が入る余地は――」
「ある」
王太子は断言した。
「ずっと前。ミリア自身も忘れてしまうくらい昔に夢を見たとしたら?」
「!?」
「この水晶玉を持ち出したのは最近だ。それ以前はわからない。魔王はミリアに夢を見せて真実を教えた。この仮説ならば説明がつく。わたしの『誓約』に反応しなかった理由が。大昔に見た夢を、やがてミリアは自分で考えた仮説だと思い込んでしまったのだよ」
「た、確かに、それならば――!」
「説明がつくな」
グランデールはあごに手を当てて、ふふっと笑う。
真実の一端に指が届いた瞬間はいつだって気持ちがいいものだ。
ミドルトンが口を開く。
「ですが、その、なぜ魔王はミリアに真実の知識を与え、クラリスにロンギヌスの情報を流したのでしょう?」
「ミリアについては不明だな……。だが、クラリスについては難しく考える必要はない」
「と、言いますと……?」
「ロンギヌスは魔王が使っていた武器。取り戻したくて取り戻したくて仕方がないだろう……その布石なのは間違いない」
「た、確かに!」
グランデールの優秀な頭脳が素早く回転する。
ロンギヌスの知識を与えることで、どうロンギヌスを取り返すことになるのか――あらゆるパターンを想定していく。
その程度のことは天才である王太子にとって造作もないことだった。
(……ふふ。魔王、お前の考えていることは手に取るようにわかる。このグランデールを甘く見るなよ!)
そのグランデールも想定していないことが王城の一角で起こっていた。
暗い部屋のずっと奥。
そこに石と鎖で封印されたロンギヌスがある。
誰もいない、空気すら静止したかのような静かな空間に、石と鎖の軋む小さな音が響いていた――




