極の魔槍・ロンギヌス(下)
わたしはロンギヌスに近づいた。
穂先は石に埋まっていて見えないが、まるで闇から打ち出したかのような漆黒の槍だ。
「触ってもいい?」
「大丈夫だよ。爆発させないでね」
クラリスが冗談まじりに返してくる。
『爆発しないよね?』
『大丈夫だ。偉大なる我の、偉大なるロンギヌスだぞ!』
理由になっていないんだけど……。
わたしは意を決してロンギヌスの柄を握り、魔力を流した。
ずっ、と。
――!?
その瞬間、わたしの意識が槍の奥底へと沈む、そんな感じがした。
わ、わ、わわわわ!?
世界が暗転、闇一色に染まる。
どうしたの? と考えるよりも早く、不意に出現した一条の光が闇を切り裂いて道を作る。わたしの意識は走っていく光に引っ張られるように動き出した。
光はただ伸びるだけじゃなかった。
途中で急に捻れたり、細かく振動したり、水のように流れていたと思ったら水滴のように散り散りになったり、複数に分割して――集合したり。
いろいろと様相を変えている。
これは、何――
と考える必要はなかった。
わたしの直感がわたしに教えてくれた。
これは今ロンギヌスの内部を走っている、わたしが流した魔力の軌跡だ。
……こんな感じなのか……。
アンゴルモアは設計書にこう言っていた。
――何かどころか、ほとんど全てが間違っている。
今ならアンゴルモアの言っていた言葉の意味がわかる。設計書に描かれていた軌跡のラインは間違っていない。今もその通りに魔力は流れている。
だけど、それだけでは足りないのだ。
捻れたり、振動したり――
その小さな振る舞いにも意味がある。魔王アンゴルモアはそこまで意味を持たせている。
しかし、あまりにも細かい制御なので、残念ながらロッケンドゥーエ隊の専門家でも見逃してしまったのだろう。
その差異ゆえに、ロンギヌス・ダミーは不安定なのだ。
たどるべき軌跡をなぞっただけの、できそこないでは。
であれば、今わたしが見ている光景こそが真の正解だ。絶対に忘れないぞとわたしは必死に光景を覚えた。
……まあ、この謎空間がなんなのか、すごく気になるのだけど。普通は『解析』してもこんな感じにはならないから。でも、それはとりあえず脇に置いておこう。きっと短足の猫がわけ知り顔、かつ自慢げに教えてくれるだろう……。
そんな感じで、わたしの魔力は到達するべき場所へと至った。
魔力の輝きが叩いた水面のように弾けている。小さな粒子となった輝きは闇へと溶けて消えていく。
あそこだ。きっと、あそこにロンギヌスの『根源』がある。
わたしはいつの間にか静止していた。
根源まで数歩のところで。
根源へと歩いていく。
一歩、二歩、三歩。
わたしの伸ばした手が、散乱する光に触れて――
「ミリア!」
不意にわたしを呼ぶ声が耳に入った。
はっと意識が戻る。
世界が再び反転した。闇の世界から、馴染みのあるいつもの世界へ。
「……わたしは……?」
「ああ、やっと反応してくれた!」
わたしの肩に手を置いたまま、クラリスがほっとした声でささやく。
わたしはと言うと、槍を握りしめた姿勢でうなだれていた。
クラリスが話を続ける。
「急にぐったりした感じでびっくりしたよ! 慌てて呼びかけてもすぐ返事しないし……大丈夫?」
「ええ、大丈夫」
わたしは槍から手を離してクラリスにほほ笑みかける。
……本当のところは頭が痛いし、やたらと疲れているのだけど。それを言っても不安に思われるだけだし。
身体そのものは、うん、大丈夫だろう。
「もうロンギヌスはいいかな? とりあえず外に出よう」
そんなわけで、不安がるクラリスに急かされるように、わたしたちは部屋の外へと出る。
そのときだった。
『――』
何がか聞こえた気がした。
誰かの、声のような。
だけど、おかしいな。クラリスは何も言っていないのだが。
『ねえ、あなた何か言った?』
『いや? 別に?』
アンゴルモアでもないのか……なんだろう。
疲れているから、何か勘違いしたのだろう。わたしは気にしないことにした。
「今日は早退して休むこと! わかった?」
クラリスにそう言われて、そのままわたしとアンゴルモアは寮部屋に戻った。
ふー……落ち着ける。
そんなわけで、わたしは全てを知る魔王に話しかけた。
「あのさ、かくかくしかじかなんだけど」
『ふぅむ、かくかくしかじかなのか』
うんうんとうなずいた後、にゃにゃにゃ! と猫が笑い出した。
『ふぁっふぁっふぁっふぁっふぁ! 見たか感じたか感動したか!? あれこそがロンギヌス! 偉大なる我が技術の粋を集めて最強のリーサル・ウェポン! すごいだろ!? すごいだろ!?』
「正直なところ、よくもまあ、あそこまで――」
そこでふとアンゴルモアの言葉で気になる部分があった。
「……あなたが作ったの?」
『その通り。偉大なる我が作ったものだ!』
何気にすごいな、この魔王……。
器のちっちゃい短足の猫にしか見えないけど――
『うん? なんだかバカにされた気がするが?』
「気のせい気のせい」
どうやら、わたしが思ったことは、伝えようとしなくても、漠然と伝わってしまうようだ。……まだ隠しきれていないなあ……。
「なんで、わたしは感じ取ることができたの?」
『禁術を覚えた影響だろう』
またそれかー! 思っていた通りだけど!
『ロンギヌスの構造術式には禁術に似た理論を適用している。禁術を感覚で覚えているお前なら、感じることができるのだろう』
「ふーん」
『ただ、それだけでは説明がつかないな。お前が見た闇の空間の光景は――』
少し考えてから、アンゴルモアが続ける。
『槍のやつがお前を気に入ったのかもな』
「は!?」
槍が、気に入った?
「え、槍が気に入るって、どういうこと?」
『ロンギヌスは意志を持つ槍だ』
ん? ロンギヌスを作ったのってアンゴルモアで、その機能をつけたのもアンゴルモア本人で――
「ああ……友達いなかったの? 話し相手が欲しかった?」
『違うわ! 構築した術式の副作用だ!』
「意志を持つ……か。なんかお話しできた?」
『残念だが、偉大なる我の声を聞けるのはお前だけだ。……だが、もうロンギヌスもありし日の力を失っているかもな』
「そうなの?」
『力を感じ取れなかったからな』
アンゴルモアの言い方はどこか寂しげだった。
『もうロンギヌスは空っぽで――そこに残った本能だけが、お前から感じた禁術の香りに反応して、お前の意思に干渉したのだろう』
「禁術って香りがあるの?」
『今の話、お前にとって重要なのはそこなのか?』
そうか……なんだか、ふーん以外の感想は出てこないが、作った本人の魔王がそう言っているのだから、そうなんだろう。
ま、そこは、そうなんですね、で納得しよう。
「で、困ったことがあるんだけど――」
『なんだ?』
「今日、わたしは描くべき構造術式の正しい形を知ったんだけど、これをどうやって伝えたらいいのかな?」
『正々堂々と己の手柄として語ればいいだろう?』
「いやー……避けたいかなあ……」
いきなりズブの素人が、プロ中のプロでも見抜けなかったロンギヌスの超精確な構造術式を語り出したら何があったのだと驚くだろう。
「あんまり注目を浴びたくないんだよね。前に王太子から呼び出しを受けたし」
つまり、わたしは王太子の『怪しい人リスト』に入っているわけだ。
『なるほど――ならば、ちょうどいい方法がある』
「ほうほう」
『とても便利な禁術があるんだ』
はっはっはっはっは。
また禁術かあ……。
いや、まあ……そうなるんじゃないかなーとは思ってはいましたけど!




