極の魔槍・ロンギヌス(上)
「すごーい! ミリア、ロンギヌス・ダミーを爆発させちゃうなんて!?」
クラリスがおかしげな口調で明るく言う。
一方、わたしの心境はどんよりと雲っていた。
「い、いやあ……そ、その……大切な実験中の品を破壊してごめんなさい……」
「ははは、大丈夫だよ。俺たち開発の仕事にはよくある話だ。もう何本ダメにしたか。一本くらい増えてもいい。それより、やっぱり期待できるかもなって感じだ」
「はい?」
「壊れた理由は、ミリアの演算力の強さが理由だろう。魔力のこもったアイテムを起動させるとき、使用者の『演算量』も作用するんだ。槍そのものの不安定さもあって、きっと爆発してしまったんだろう」
「なるほど……」
うんうんとうなずいてから、わたしは首を傾げた。
「……あの、何が期待できるんでしょうか?」
「言っただろ? 手詰まりだって。俺たちとは違う才能に期待しているんだよ。だから、ミリアを指名したんだ」
……上司のダグラスが指名だと言っていたけど、あれは言葉の綾じゃなかったのか。
「わかりました。頑張ります!」
期待されているのなら、口にするのはその言葉だけ。
わたしのオーバースペックが役に立てばいいのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
役に立たなかった。
「う、ううう、うううううん……ダメだ!」
わたしはばたりと机に突っ伏す。
右手に持っていた槍が机に当たって、かん、と大きな音を立てた。
「ごめんね、ミリア。わたしとレットさん、会議があるのよ」
少し前、クラリスたちはそう言って部屋から出ていった。
わたしも魔力を宿した武器を作る手順は学んでいるので、別に一人でも問題ない。というか、専門の人たちが見ている中で作業するのも緊張するので、最初は一人で気楽にやれるのは悪くない。
――俺たちとは違う才能に期待しているんだよ。
うふふふ、嬉しい言葉ではないか。よーし、戻ってきたときに、キラッとした笑顔とともに、
わたし、やっちゃいましたよ?
と何か報告できるよう頑張ろうではないか!
そんな心意気で始めたわけですが。
ダメだった……。
まずは何かわかるのではないか、と作られた魔槍に設定された『魔力の流れ』を読み取ることにした。
実際に自分で魔力を通して、流れていく様を感じ取るのだ。
こういった魔力を宿したアイテムは、魔力が流れるときに描く軌跡で効果を設定する。
効果がうまく作れていないときのパターンは、正しく設計図面通りに軌跡が設定できないときだ。
渡してもらった設計図を眺めながら、魔力の軌跡を追う。
追う、追う、追う追う追う追う、追う――
結果は。
違いが、わからない!
完璧に設計図通りに軌跡は作られている。少しのズレもない!
……だけど、それって当たり前だよね、とも冷静になった今、思う。なぜならロッケンドゥーエの人たちは研究・開発のエキスパートである。その彼らがずっと悩んでいると言っていたのだ。わたしが考える初歩中の初歩の間違いなどあるはずもない。
そんなわけで、次に挑戦したのは自分で『魔術の軌跡を描くこと』。
まだ魔力の軌跡が設定されていない『素体』の槍を持ってきて、わたしは軌跡の実装をしてみた。
……ダメだった。
わたしなりに頑張って図面通りに軌跡を設定してみた。あとでクラリスに確認してもらうが、間違いないと思う。
そして、起動のために魔力を慎重に、慎重に(何せさっき爆発したからね)通してみると――
わたしの背筋はこう報告してきた。
これ、さっきと同じ感じがしますよ!
どうやら、わたしのオーバースペックな演算で生み出された魔力を使って軌跡を設定しても同じ結果らしい。
「う、ううう、うううううん……ダメだ!」
そして、力尽きて今に至る。
頭を動かすと、机に広げた設計図が見える。
……おかしい……。間違いなく設計された通りに設定したのに。どうして、こんなことになってしまうんだろう……。
『ふん、そんなに難しいか? 設計された図面通りにやってダメなのなら、図面が正しくないだけだろ』
そんなことを言いつつ、短足の猫が図面の上を歩いている。
「図面が、正しくない……?」
『ふふん、これが前人類の限界か。こんな子供が落書きのように引いた雑なものがロンギヌスの軌跡だと思われるのは不快だな』
「何か間違っているの!?」
『何かどころか、ほとんど全てが間違っている』
「教えてよ、どこ!?」
『教えるわけなかろう』
「ど、どうしてよ!?」
『お前なあ……偉大なる我は魔族の王なるぞ。どうして貴様ら前人類の手伝いなどしてやらんとダメなのだ。せいぜい悩むがいい』
「今日から、ささみ肉は無しね」
『な、何!?』
「だって仕方がないじゃない。わたしは仕事で成果を出せてないんだから、評価も下がって給料も下がります。ささみ肉を買う余裕はありません」
『き、貴様ああああ!? そ、それでも人間かあああああああ!』
「人間はずる賢いんだよ?」
『く、む、む、むむむむむむむむ!』
猫は唸り声を上げながら、腹の中で何やら葛藤していた。
『わ、わかった教えてやる!』
偉大なる魔王が食欲に屈した瞬間だった。
『だが、ヒントだけだ! ヒントだけ教えてやろう!』
なんだか、微妙なプライドを発揮してきたぞ。
『お前自身で、本物のロンギヌスに設定された軌跡を調べてみろ』
「わたしが……? そんなことして意味あるの? 専門のロッケンドゥーエの人たちが調べまくっているんだよ?」
『ふん、あの程度で専門とは片腹痛いわ。あれでは何も見えていないのと同じだ。偉大なる我を信じろ』
……うーん……だけど、魔王の秘宝ロンギヌスかあ……見せてくれるのかな。
そんなわけで、わたしは戻ってきたクラリスに頼んでみた。
「ロンギヌスを見てみたいんだけど?」
「いいよ」
まさかの二つ返事だった。
「かなりすごいものだと思うんだけど。簡単に許可もらえるんだ?」
「わたしたち、宮廷魔術師だからね! ミリアだって、特秘図書保管室に入れるでしょ?」
ああ、そうか。宮廷魔術師は職位が高いんだった。
「それに、魔王の武器だって言ってもね、魔王しか動かせないんだよね。わたしたちは解析するので精一杯。だから、まあ、危険はないんじゃないかな」
……。
魔王しか動かせないんだよね。
うっ、何かがデジャブする。それが何なのかわからないけど! わかりたくないけど!
そんなわけで、翌日、わたしはクラリスとともに王城の奥に封印されているロンギヌスを見にいくことにした。
「ここだよ」
クラリスが扉に触れて、開封の言葉をつぶやく。すると、重苦しい音がして両開きのドアが開いた。
大きな部屋には武器やら盾やら道具やらが並べられている。
「ここはね、ロッケンドゥーエ隊の研究対象が収められているの。どれも、目が飛び出るくらい高いから、不用意に触っちゃダメだよ」
わたしとアンゴルモアはクラリスの後についていく。
部屋の最奥に、それはあった。
穂先を下に向けた1本の槍が、四角い石に突き刺さっている。槍には鎖が巻き付いていて、その先端は壁に埋め込まれている。
「……魔王の遺物だからね。厳重な封印ってわけ」
そして、クラリスはこう続けた。
「あれが、魔王の覇業を助けた天下の剛槍――『神殺し』と称される槍ロンギヌスだよ」
わたしは心中で足元の猫に聞いた。
『本物?』
『本物だな。偉大なる我には感じるぞ。ふん、懐かしい。まさか500年の時間を超えて再会するとはなあ、相棒よ』
猫の声色には少しばかりの懐かしさがあった。




