突撃! 隣のチームのお手伝い!(禁術は使わずにすませたいね)
その日、いつものように職場で仕事をしていると上司のダグラスが近づいてきた。
「ミリア、今やってる仕事のめどはどうだ?」
「今日中には終わります」
「そうか。ならキリはいいな」
うんうんとうなずき、ダグラスは続けた。
「すまないが、明日から一週間ほどロッケンドゥーエ隊の手伝いに行ってくれないか? 先方からミリアを貸して欲しいと依頼されてな」
「わかりました」
あっさりと応じる。
実は、人の貸し出し自体はそれほど珍しいことではない。宮廷魔術師はそれほど大きな組織ではない割りに仕事は多岐に渡る。どうしても部隊間の人のやりくりは発生する。
そのあおりを受けやすいのが、わたしの所属するドリッピンルッツ隊だ。
主な業務は『施設や保有物の管理と保存』なので、業務の波が少なく人の融通がしやすい。
そんなわけで――
翌日、わたしはいつもの職場ではなく、ロッケンドゥーエ隊の職場へと向かった。
王城の内部に部屋を割り当てられているドリッピンルッツ隊とは違って、ロッケンドゥーエは王城の庭の一角に専用の建物を割り当てられている。
この優遇には理由があって、彼らの専門が『研究と開発』だから。
これは高度な仕事――という意味ではなくて、単純に危ないのだ。新しい魔術を作ったとして、それが想像以上の大爆発! を引き起こす可能性もある。
王城の内部でそんなことが起きたら大問題だ。
なので、彼らには専門の施設が与えられている。他にも実験とかあるので、複雑な計測具とかも設置しているしね。
建物の入り口に入り、受付の女性に話しかける。
「ドリッピンルッツ隊のミリアです。本日からヘルプをするよう依頼されておりまして」
「お伝えいたします。そちらで少々お待ちください」
進められたソファーに座って待っていると、
「ミリア! 来てくれてありがとう!」
聞き覚えのある声が聞こえた。
そちらに目をやると、灰色のローブを身にまとった若い女性がにこやかな表情で近づいてくる。
「クラリス、久しぶりね」
クラリス・ミエッタ子爵令嬢。ショートカットにしたオレンジ色の髪がよく似合う活発な女性だ。
言葉の通り知り合いの女性で――彼女は宮廷魔術師としては同期の間柄だ。
「ごめんね、忙しいのに無理言って!」
「気にしないで」
わたしがそう応じると、クラリスの目が足元にいるアンゴルモアに向いた。
「あれ、この猫は?」
「モアって名前。知り合いの魔術師からもらって使い魔にしているの」
「へえ、使い魔! いいね!」
クラリスはしゃがみ込むとじっとアンゴルモアを見る。
「うふふふ、マンチカンだー。足が短くてかわいいねー」
『……くっ、この娘、偉大なる我が密かに気にしていることを!』
気にしていたのか、その短足の体型。
『かわいいと思うよ?』
『偉大なる我にはかわいさなど不要!』
『そうかな? かわいいも充分に偉大だと思うよ?』
「ミリア、触ってもいい?」
「いいよ、もちろん」
『こ、こら! 偉大なる我に触れる許可を勝手に出すなと言って――おい、こら、やめろ、そそ、そんなところを――ぬぎゃあああああ!』
クラリスがアンゴルモアをモフった。
「はー、猫ちゃんはやっぱりいいねー」
床でぐったりとしているアンゴルモアを眺めつつ、わたしは口を開いた。
「業務時間中だけど、大丈夫?」
「はっ!? しまった! うっかり猫に気を取られて!」
慌てて立ち上がるとクラリスはわたしたちを自分たちの研究室へと案内する。
部屋に向かうと、クラリスと同じ色のローブを着た中年の男性が立っていた。
「おい、クラリス。お前はどこまで迎えに行ってるんだ?」
「す、すみません! 道に迷いまして!」
「……ローブのあちこちについている猫の毛を処理してから言い訳した方がいいと思うぞ」
「はっ!?」
そこで男性はわたしに目を向けた。
「しつけのなっていない部下が迷惑をかけた。俺はそこのクラリスの上司でレットだ」
名乗ったレット対して、
「わたしはミリア・アインズハートと申します」
わたしも名乗る。
挨拶を交わした後、わたしたち3人は別の部屋に移動した。
その部屋は『魔力を秘めた装備を作るための工房』だ。剣に魔力を付与することで切れ味を増したりとか。そのための触媒や器具が整然と並べられている――並べられていた、はず。なんだか多忙すぎて整理する暇がありません感のある散らかりようだが。
部屋の中央には10本以上の槍がごろりと床に転がっていた。
部屋に入ったレットが槍を一本、手に取る。
「手伝って欲しいのは、こいつの開発だ」
「……槍? 魔力を込めた槍ですか?」
「ああ、そうだ。だけど、ただの魔槍じゃない。それだったら、別に苦労しないんだけどな」
苦笑とともにレットが言葉を吐き出す。
「ロンギヌス・ダミー」
『……』
足元にいるアンゴルモアの息遣いが割り込んできた。
『……魔槍ロンギヌスがあなたの武器だってのは本当の話?』
『そこに間違いはない。偉大なる我の、偉大なる武器だ』
ふふん、と上機嫌に猫は言ったが、すぐ不快そうに鼻を鳴らした。
『……ふん、いやしい前人類どもめ。何を企んでいる……?』
わたしたちの会話など気づいていないかのように(実際、気づいていないのだが)、クラリスの上司が話を続ける。
「知っての通り、ロンギヌスは魔王が使っていた武器だ。当然、その武器は破格。そいつをベースにした、それなりに性能のいい武器を作ろうって頑張ってるんだが、どうにも、な……」
レットは首をひねる。
「ま、どんなものか見てもらおうか。クラリス」
「はーい」
返事をしたクラリスが1メートルほどの高さの台に鋼鉄の盾を運び、ベルトで固定する。
そう言って、レットが槍を構えた。
「……まずは魔力を通して、魔槍を起動させる」
言葉に呼応するかのように、槍の刃にぼんやりとした輝きが灯った。
「ふっ!」
息を大きく吐きながら、レットが盾に向かって勢いよく槍を突き出す。
がいん!
と大きな異音が響き渡り、盾にぼこりとへこんでいた。あと何回か突けば、容易に突き破れそうだ。
「おおお!」
わたしは思わず反射的に声をあげてしまった。
だって、金属の盾があんなにボコッと簡単にへこむなんて。普通の槍よりもはるかに強力だ。
と、心の素直なわたしは素直に感心したが、足元にいる大人気ない猫は大人気ない様子で鼻を鳴らす。
『ふん……ロンギヌスの名を語る資格はかけらもないな。偉大なる我が操るロンギヌスであれば、今頃、盾どころか壁から向こう側の建物がきれいに吹っ飛んでおる』
いやいや、それ、むっちゃ困るから。
王城の敷地内で建造物を壊すのはやめようね?
レットが小さく笑う。
「ま、悪くはないだろ? 伝説の武器のコンセプトを引き継いで作った、量産が前提の代物だ。劣化の劣化の劣化でも、充分な性能だ」
『劣化の劣化の劣化? 違うな。劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化だ!』
魔王、大人気ない。あと、むっちゃ早口。
わたしは口を開く。
「悪くないと思いますけど……何か問題があるんですか?」
「例えば、こいつには特殊機能があってな、『トルネード・スピンドル』だ」
トルネード・スピンドル。その名前はわたしも知っている。魔王がロンギヌスから繰り出していた大技のひとつで槍の先端から竜巻を生み出すのだ。さらにその回転を利用して、槍そのものの貫通力まで高める。
「そんなものまで使えるんですか?」
「劣化の劣化の劣化で――理論上は、な」
『劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化の劣化と言ってもらおう』
猫がうるさい。
「だけど、現実は――」
すっとレットが息を吸う。トルネード・スピンドルを発動するための魔力が流れ込んでいき――
みし、みし!
嫌な音が聞こえたと思ったら、べきっ! と大きな音ともに槍が半ばからへし折れた。
「ダメなんだな。槍がへし折れてしまう」
レットが肩をすくめる。
「いろいろと調べてみたんだが、どうにも魔力が安定しなくてね。お決まりのメンバーだけだと手詰まりになってきたので、外部の人間を呼ぶことにしたんだ」
レットは槍を部屋の奥に片付けると、クラリスとともに台から盾を取り外す。
その作業を眺めながら、わたしはぽつりとつぶやいた。
「なるほど……」
役に立てる自信はなかったが、頑張らなければ、と思う。
そんなわけで、槍が気になったわたしはすっとしゃがみ込み、床に転がっている槍を手に取った。
確か、魔槍を起動させるには、まず魔力を流して――
「「あ、うかつに触っちゃダメ!」」
わたしの動きに気がついたレットとクラリスが同時に叫ぶ。
「え?」
次の瞬間――
ぼっこおおおおおおおおおおおおおん!
槍が半ばで爆発してへし折れた。槍の穂先がころんと転がる。
「な、な、な――!?」
「その魔槍、起動も不安定でな。かなり慎重に魔力を流さないとダメなんだ。ま、不具合なんだけどさ」
だが、その後にレットは首を傾げならこう続けた。
「……だけど、爆発なんて初めてみたぞ?」
え、ええと……。
わたし、なんかやっちゃいました?




