それぞれの結論
ぱたん、とドアが閉じて、ミリア・アインズハートの青いローブが廊下に消えた。
部屋に残ったのは王太子グランデールとミドルトンだけ。
ミリアの姿が消えるなり、ミドルトンが口を開いた。
「……どうでした?」
「うーむ……」
対するグランデールはすぐに応じられなかった。どうにも腑に落ちない――そんな感じだった。
しばらく悩んでからグランデールは口を開く。
「最初の、報告書にミリアの個人的な考察が書かれてしまった件だが、嘘ではなかった」
「そうなんですか。では、本当に?」
「ああ、自分の意見を書いてしまったのだろうな――」
だが、グランデールは納得できない。
なぜなら、あのとき、ミリアの表情には嘘があったから。心理学にも精通した天才グランデールは誓約を使わずとも、ある程度なら表情と態度で嘘を見破れる。
グランデールの観察眼は、ミリアを黒だと言っていた。
だが、絶対に間違いのない『誓約』は白だと言っている。
(……どちらかを信じるなら、当然『誓約』だな……)
結果、ミリアは嘘をついていない。
だが、素直にグランデールは認められなかった。
(……なぜ、全ての質問で反応がなかったんだろう?)
最後の質問をする前にグランデールは他愛のない質問を連続してミリアに投げかけた。
いずれもミリアの答えに嘘の反応はなかった。
自分の能力に自信はある? そんな質問でさえも。堕ちた神童ミリアに自尊心が欠けているのはグランデールも知っている。
(……まさか、誓約が反応していない? そんなはずはないのだが)
こういうとき、単純な質問を投げかけられない弱点がもどかしい。
例えば『今日は晴れていますか?』のような。
グランデールが結果を知っている内容を尋ねても『誓約』は反応しないのだ。
黙しているグランデールにミドルトンが尋ねた。
「最後の質問は――どうして?」
――君って禁術は使えないよね?
グランデールは思考の海から脱して質問に答える。
「ミリアは3度、禁術を使う場所に居合わせた。さすがに偶然がすぎる。聞いておくに越したことはない」
「3度? 書庫の壁が撃ち抜かれたときと、書庫の本棚が修復されたときと――他は?」
「この報告書が作られたときだ」
「は?」
「あまりにも早すぎたからな。ドリッピンルッツ隊のダグラスに確認した。すると、調査の2日目は異常なほど資料の調査が進んだらしい。その2日目なんだが――」
すっとグランデールの指が机にある水晶玉を指した。
「こいつが反応している」
禁術が使われた、そういうことだ。
「おそらくは、知力か何かを強化する効果だろうな」
ミドルトンが息を飲んだ。
「それは確かに見逃せない事実ですね……つまり、ミリアは禁術を使えるかも、と?」
「そうだな。あの、神童ミリアならば――」
当然、グランデールは知っている。在りし日のミリアの輝きを。魔術に愛されている人間とはこういう人間かと幼いグランデールも思ったものだ。
その才能が色褪せたとは聞いているが――それでもなお、グランデールの記憶にその姿は輝きとともに残っている。
「だが、どうやら違うらしい」
「違う?」
「君って禁術は使えないよね? はい――それに嘘はなかった」
「つまり、ミリアは禁術を使えない、ということですか」
「そうなるな」
だが、もともとグランデールもそれには否定的だった。禁術は魔王の領域にある力。いかに神童ミリアでも届かないと思っていたから。
不可能が証明されただけ。
ミドルトンが首を傾げた。
「しかし、それでもひとつ残った問題がありますね。ミリアが禁術を使えなかったとして、なら、どうして三度も居合わせることになったのか……」
「たまたまとは思いたくないものだ」
すらすらとグランデールがメモを書く。
『1度目、○ミリア、保管室で閃光』
『2度目、Xミリア、王城の庭で閃光』
『3度目、○ミリア、保管室で書棚が直る』
『4度目、○ミリア、保管室で地力を強化』
グランデールの目がはっと見開く。同時、あっとミドルトンが声を漏らした。
「ミリアだけじゃない――保管室もか!?」
グランデールは思わずうめいた。
4回の発動のうち3回が同じ場所に偏っているのがおかしい。ミリアという人物に目を向けてしまったが、他にも共通点があった。
特秘図書保管室という共通点が!
「魔王が保管室を狙っている――その可能性は高い」
グランデールはそう結論づけた。
それならそれで合点がいく。なぜなら、3度目と4度目に行使した禁術の筋が通るからだ。あの保管室に魔王が欲しがっている情報がある。
だからこそ、ボロボロになった室内を直したし、調査する宮廷魔術師の知力も上げた――おそらく、いつかの時点で調査内容をいただくために。
「やらせんぞ、魔王。特秘図書保管室は守り抜いてみせる!」
グランデールは鋭い声を発した。
「ミドルトン、任せたぞ!」
「はっ! ただちに手配いたします!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋に帰った後、わたしはベッドにダイブしてずっとダークサイドに落ちていた。
『おい、前人類。何をどんよりしている』
「……バレちゃった……。わたしが禁術を使えるってバレた……」
死刑である。
『意味がわからんな。お前は最後の質問で、使えないかと問われて、はい、と答えたではないか。なぜ、禁術が使えると思えるのだ?』
「最初の方でさ、王太子様の手からふわふわって白い煙みたいなのが出ていたでしょ? あれは『誓約』って言ってね、手を取った相手の嘘を見抜くんだよ」
『ほー』
「なので、あれは嘘だって絶対にバレてる……」
『それなら大丈夫だと思うが?』
「そう、大丈夫なの! 大丈夫! いやいや! 大丈夫じゃないから! え、だだ、大丈夫?」
『混乱しておるなあ……』
はあ、と猫がため息をつく。
『大丈夫だと思うぞ』
「どうして?」
『嘘を検知する状態異常――というのが正確なところだろうが、残念ながら状態異常はかからない』
「へ?」
『知らないのか?』
アンゴルモアは尊大な様子で続けた。
『魔王は状態異常にかからない』
「魔王は、状態異常に、かからない……」
その言葉を繰り返した後、唐突にわたしはガバリと体を起こした。
「え、そうなの!?」
『ああ、睡眠も麻痺も石化も。即死魔術を連発されても大丈夫だ』
「あ、でも、ちょっと待って! あの、わたし、ただの宮廷魔術師なんですけど? 魔王が状態異常にかからないとか関係なくない?」
『何を言っておるのだ。そもそも、魔王に状態異常がかからないのには理由があるのだ』
「ほうほう」
『禁術だよ。禁術にはいくつかタイプがあってな――今のお前は常時発動の状態異常無効に守られている。つまり、お前は魔王と同じ状態にあるのだ』
「そう、なんだ……」
てことは、わたしはその状態異常無効に守られて、王家の『誓約』は動かなかったのか。
……確かにグランデール王太子の微妙な感じの雰囲気はそれを思わせる。手応えがなかったのだろう。
ほっとしたわたしは再び頭からベッドに突っ伏した。
「うううううううう……」
だけど、口から漏れてくるのはうめき声。ぐったりとした疲れが両肩にのしかかってくる。
――魔王と同じ状態にあるのだ。
そうアンゴルモアは言った。
うううん……助かったのはいいけどさ……なんだか本当に人間離れしてきたなあ……。
翌日。
仕事をしていると、会議に出ていた上司のダグラスが部屋に戻ってくるなりこんなことを言った。
「特秘図書保管室の管理をグライディーヌ隊に引き継ぐことになった」
唐突な言葉に同僚たちがざわめいた。
同僚のひとりが手を上げる。
「す、すみません! 管理系はうちの仕事だと思うんですけど、どうして警備系のグライディーヌに引き継ぐんですか!?」
「王太子の命令――つまり、例の件だ」
ダグラスがそう言った瞬間、部屋はしんと静まった。
この国を狙う、悪しき者。
「悪しき者の狙いは特秘図書保管室ではないかと王太子はにらんでいる。そこで、当面はグライディーヌ隊で保管室に24時間の監視体制を敷く」
「――!」
今度は沈黙だけではなく、静まった空気に雷鳴のような緊張が走った。
……どうやってその結論に至ったかはわからないけど、そうか、もうそんな状況になっていたのか。まさか悪しき者とやらが王城にまで魔の手を伸ばしているなんて。
わたしは手をキュッと握った。
王太子にバレかけて心臓がドキドキしたけれども――
魔王に匹敵するほどの敵なのだ。きっと、わたしの禁術が必要になるだろう。
自重はしない。
必要であれば、ためらいなく使ってみんなを守ってみせる。
まだまだ禁術を使うぞ。
わたしはそう強く決意したのだった。




