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王太子vsこっそり禁術を使う女宮廷魔術師

 昼下がり、仕事をしていると上司のダグラスがわたしの席までやってきた。


「ミリア、急ぎの招集だ。グランデール様の部屋まで行ってくれ」


「……わたしが、ですか?」


「お前が、だ。緊急らしい。仕事はいいから、すぐに行け」


 宮廷魔術師とはいえ、ペーペーの下っ端であるわたしが王族の人間から呼び出されるなんて……。

 周りの同僚たちは「おめでとー」「すごいじゃないか!」なんて褒めてくれるけど、あまり優秀ではない自覚があるわたしとしては胃が痛い。

 ……わたし、なんかやらかしちゃいました?

 そんなことしか頭に浮かばない。

 足元の猫がふんと鼻を鳴らす。


『ふん、大方、前に書いた魔王と魔族の報告書にツッコミどころがあったのでは?』


『うう……そうかも……』


 否定できない。

 嫌な予感を覚えつつ、わたし(とアンゴルモア)は足早に王太子の執務室へと向かった。


「ドリッピンルッツ隊のミリア、入ります」


 部屋に入ると王太子グランデールとグライディーヌ隊のミドルトン隊長がいた。

 ……どちらも位の高い人なので緊張で胃どころか腸まで痛くなりそうだ……。


「そう固くならないでいい、ミリア・アインズハート」


 優しげな声色でグランデールが言う。


「君の書いた報告書がとても興味深くてね――少し話を聞きたいだけなんだ。何も心配しなくていい」


「……どんなご用件でしょうか?」


「教えて欲しいんだ」


 とん、とグランデールはわたしが書いた報告書に指を置いた。


「君の書いた、この報告。私の知っている事実と違うんだけどね――どうしてなんだろう?」


「どうして、と言われましても――」


 本で調べたので、そう書いてあったからですが?

 と応じかけたところで、わたしは何気なく報告書を眺めた。


 報告書にはご丁寧に、王太子の気になるポイントに赤いアンダーラインが入っている。わたしの視線がそこに書かれている文字をなぞる。

 そして、気がついた。


 あ、書いている内容、本で読んだやつじゃない。

 これ、アンゴルモアに聞かされたやつだ。


 え、てことは――ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?

 えええええええええええええええええええええええええええええええ!


『お、おい! お前、偉大なる我から聞いた話を書いてしまったのか!?』


 あああああああああああああああああああああああああああああああ!


『だ、だって仕方がないじゃないの!? あんなにいっぱい本を読んでいるときに、ぶつくさぶつくさ、同じような内容を話してきてさ!?』


『偉大なる我のせいだと言うのか!?』


『TPOを選んで欲しかったってだけよ!』


「ミリア?」


「あ、あああ、は、はい! はひ!?」


 グランデール王太子の呼び声。心中で深刻な言い合いをしていたわたしは一瞬で現実世界に呼び戻されて、背筋をしゃきーん! と伸ばした。


「急に静かになったが、どうしたのかな?」


「い、いえ、そ、その……! で、殿下に間違った答えをしてはならないと思い、記憶をたどっておりました!」


「そうか」


 にっこりと笑い、グランデールが続ける。


「では、そろそろ思い出せたかな? 話を聞かせてもらおうか?」


 あ、ああ……。

 わたしは『この場を切り抜けるための、正しい答え』を必死に考える。

 ぱっと思いつく答えのパターンは三つ。


1.保管室にあった本に書いてあったんですよ!

2.誰かに教えてもらったんですよ!

3.わたしが勝手に考えた仮説です。うっかり書いてしまってごめんなさい!


 1は論外だ。次にくる質問は「へえ、じゃあ、その本を教えてもらないかな?」だ。そんな本は存在しないので、その時点でわたしは詰む。


 2も同じく論外。誰なのかを問われるだろう。……足元の猫でーす♪ と言っても信じてもらえないだろうし、そもそも猫からすごい抗議が来るだろう。

 ならば、残ったものは――


「わたしが勝手に考えた仮説です。うっかり書いてしまってごめんなさい!」


「……なるほど」


 トントンと王太子が報告書を指で叩く。


「個人が思いつくにはなかなか興味深すぎる――突拍子のなさを感じる内容だが?」


「あ、あは、あははははは……」


 誤魔化しの愛想笑いを浮かべつつ、わたしは頭を回転させる、が――

 ううう、こ、答えが!

 魔力の演算量だけが自慢で他は平凡だから……!

 わたしが答えに窮していると、王太子がこんなことを言ってくれた。


「さもありなんか。さすがは神童ミリア・アインズハート、魔術以外にも才能があるのかな?」


 王太子の声に皮肉の色はなかった。

 何やら、わたしの評価は意外と悪くないようだが――


「い、いえ、そ、そんな……昔の話です」


 色々とむずがゆい。わたしは、自分の過去については割り切っているから。

 ……大昔の神童なんて栄光のおかげでこの場が収まるなら、それはそれでいいか……。

 なんて思ったけど。

 王太子が口を開いた。


「ミリアよ、どうせなら、己の潔白を証明してみないか?」


「え?」


 グランデールは右手をわたしに差し出した。

 炎のように揺らめく白いオーラが手のひらに膨らむ。


「王家に伝わる『誓約』は知っているかな?」


「……はい」


 もちろん、王国貴族であれば知らないはずがない。

 王家の血に宿る力のひとつで――効果は『誓約を交わした相手の嘘を見抜くこと』


 嘘を、見抜く――


「由緒あるアインズハート伯爵の令嬢であるあなたの言葉を疑うわけではないが――まあ、形式的なものだと思っていてくれ。お互いに安心を担保できる。悪くないだろう?」


「……そうですね」


 言葉の意味を、わたしは理解している。

 これは提案ではない。強制だ。王国の貴族である以上、王太子が差し出した手を拒絶などできるはずがない。

 そして、わたしは他のことも理解している。

 誓約を受け入れれば――

 その場のごまかしは通用しない。


「とても名誉なことです。もちろん、喜んでお受けします」


 わたしはにこやかに応じると、王太子の手をとった。

 二人の手のひらに挟まれて、圧縮された白い光がパッと弾ける。

 仕方がない。ここで手を取らないなんて選択肢はないんだから。

 ……正直なところ、倒れてしまいそうだけど。

 ううううう……! クリティカルな質問、来ないでくれよ……!

 グランデールがにこりとほほ笑む。


「ミリア、わたしがする質問に、はい、と答えてくれ。いいえ、と思っても、はい、だ。いいね?」


「わかりました」


「では始めよう――昼食はちゃんと食べたかな?」


「はい」


「そう、その調子だ。じゃあ、次」


 グランデールが報告書に指を置く。


「この報告書の、このアンダーラインが引かれている箇所――ここは君、ミリア・アインズハートの独自考察に基づいて書かれたものなのかな?」


 ……慣れているなあ……。

 ざっくりと全体の質問ではなく、この箇所と聞く。おそらく正確性を期するためだ。嘘を見抜く能力だからこそ、曖昧な要素を含む質問は避けている。

 さすがだ。


「はい」


 わたしは短く答えた。

 ……もちろん、本当は、いいえ、なのだけど。

 当然、バレたのだろうか。

 王太子グランデールに特段の反応はない。静かな表情のまま、指を別のアンダーラインに移動させた。


「では、この箇所もまた、ミリア・アインズハートの独自考察に基づいて書かれたものなのかな?」


「……はい」


 そうやって全ての箇所について王太子は同じ質問を繰り返した。


「なるほど、ありがとう」


 王太子は何も言わない。

 何も言わないと言うことは、はい、は嘘じゃないと判定されたのだろうか。いやいや、そんなはずはないのだが。なんせ王家の『誓約』だものね……。


「どう、でしたか……?」


「そうだな」


 少し考えてから、王太子はこう続けた。


「もう少し君と話をしたいと思った」


「え」


 いや、そっちじゃなくて、判定の結果を知りたいのだけど――ニコニコ顔の王太子を見ていると、どうやら教えてくれはなさそうだ。


「わたしでよろしければ」


「そう。なら――魔術は好きかな?」


「はい」


「チーズケーキよりもイチゴショートケーキの方が好き?」


「はい」


「自分の能力に自信はある?」


「はい」


「仕事に不満はある?」


「はい」


 淡々と答えていく。なんだろう……何を試されているのだろう……。そんなことを思っていると、王太子が右手を上げた。


「ありがとう、もう帰ってくれていいよ」


「はい。それでは失礼いたします」


 ふぅ、終わった終わったと安堵の息を内心で漏らしながらきびすを返したときだった。


「ああ、そうそう……忘れていたよ」


 まるで食後のデザートを追加注文するかのような気軽さで王太子が続けた。


「あのさ、君って禁術は使えないよね?」


「……はい」


 そう答えて、今度こそ本当にわたしは部屋の外へと出た。


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