ミリアは禁術を使った!
翌日の昼下がり――
わたしたちは再び調査のために書庫を訪れた。
わたしは今日の資料となる書物を探すふりをしながら、ふらふらと本棚の向こう側に隠れる。
誰からも見えない場所を確保して、すっと息を吸った。
「あまねく世界は闇に沈む――見えている輝きは――聞こえている音は――闇に沈む真実のかけらだけ――だが、私は望む――闇を照らす叡智の輝きを――さらなる真実を――それが厄災だとしても――開け、知恵の目よ。見通せ、世界を。全てを開け――」
そして、最後の言葉をわたしは口にした。
「世界を見通す叡智の煌めき!」
ビックリマークがついていても、小声でこそっとが仕様です。
対象はこの部屋にいるドリッピンルッツ隊の4人(わたし含む)。
効果のほどは――
4人で集まって本を読んでいると、
「うん……?」
チームリーダーがぼそっとつぶやいた。
「今日はやたらと本が読みやすいな……」
「あ、俺もです」
「わたしもです」
同僚たちがそれに合わせる。
わたしも話を合わせながら、やったー! と内心で喜んでいた。
使った禁術の効果が発揮できているからだ。
『世界を見通す叡智の煌めき』の効果は、対象の知力を上げること。
ここにあるものは古い書物ばかりなので言葉遣いや文法が古い。魔術師として勉強しているので読めることは読めるのだが、現代の文章よりは理解するのに時間がかかる。
なのに、今日はどうだ。
驚くほどにするすると頭に入ってくる。古い文章なのに。読み慣れない文法なのに。
普通の書物を読む数倍の速度で理解できる。
読むという行為すら不要だ。目に見ただけで情報が飛び込んでくる。
『お、お、おおおおおお! これはすごい! すごいよ、アンゴルモア!?』
『ふん。偉大なる我の禁術だから当然であろう』
足元の猫は実に偉そうな様子だ。
『しかし……こんなくだらない調査に禁術を使うとはな。禁術の大盤振る舞いではないか』
『いいんじゃない? 仕事が早く終わることはいいことだよ』
『……やれやれ。魔術の最高格である奇跡の技への敬意というものをお前は持つべきだな』
敬意はなくても、すごい勢いで読書がはかどった。
次から次へと書物を開き、頭に情報を流し込んでいく。
あまりにもすごい情報量で、どうやら、わたしは制御がうまくできなかったらしく、アンゴルモアに共有しまくってしまった。
『こら! 昼寝ができんではないか!?』
『ご、ごめーん……』
『知ってしまうと気になるところだらけだな。お前たちは500年前のこともまともに伝えることができないのか』
ぶつぶつと言いながら、アンゴルモアが『正しい情報』とやらを早口でまくしたててくる。
おおお、おおおおおおお!?
わたしの頭は混乱した。
本から流れ込んでくる情報、アンゴルモアが送り込んでくる情報。
その2つがわたしの頭の中で錯綜し、混ざり合う。
え、え、こ、これは……。
頭がこんがらがるううううううう!?
そんな感じで時間が過ぎて――
「ほー。今日はかなり読み込んだな……」
チームリーダーが机の中央を眺める。そこには、読み終わった本の山がどっさりと積み上がっていた。
……昨日なんて片手で数えられるほどだったのになあ……。
同僚が口を開く。
「……主だった部分は読み終わってしまった――でいいんじゃないでしょうかね。もう充分、まとめるに足る情報量は手に入ったかと」
「そうだな……今日のところで報告書をまとめるか――だけど、ダグラスさん、びっくりするだろうな」
「資料読みだけで1ヶ月はかかる想定でしたからね」
それが2日で終わってしまうなんて。
禁術、恐ろしい……!
そんなわけで、わたしたちは一週間かけてレポートをまとめることにした。
レポートを提出すると上司のダグラスは、
「な、なんだってえええええええええ!? もうまとめたのか!?」
と目を丸くしていた。
チームリーダーは少し首を傾げてこう言った。
「なんだかよくわからないんですけど、2日目、急に私たちの頭が冴えましてね、ものすごい勢いで資料が読めちゃったんですよ」
「ほー……不思議なこともあるもんだな……」
ダグラスは不思議そうに応じる。
「このレポートはグランデール王太子にお渡ししておくよ」
やれやれ、ひと仕事終わった。
なんだかアンゴルモアのせいで情報量が2倍になったから、いまだに頭が痛いけど。
……なんて満足感に浸っていたわたしは、とんでもない失敗をやらかしていることにまだ気づいていなかった――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一週間後。
宮廷魔術師グライディーヌ隊の隊長ミドルトンは王太子グランデール・ハイレンダールに呼び出された。
「ミドルトン、入ります」
執務室に入ったミドルトンをグランデールが上機嫌な表情で出迎える。
「よく来てくれたね、ミドルトン」
早速、グランデールは引き出しから、分厚い紙の束を取り出して執務机の前に置いた。
「君が持ってきてくれた、ドリッピンルッツ隊から提出された報告書、読ませてもらったよ」
「……どうでしたか?」
「とてもよくまとまっている」
ぺらぺらと王太子が報告書をめくる。
「よくこの短時間でここまでまとめ上げたものだ。魔王や魔族の研究資料として一級の価値がある。ただ――」
王太子はそう言って、開いた報告書のページに指を落とした。
「いくつか理解できない内容があるのも事実だが」
そのページにはいくつかの箇所に赤いインクでアンダーラインが引かれていた。王太子がページをめくると、次のページにも同じように。
「……これは?」
ミドルトンの問いに、グランデールは笑みを浮かべて応じた。
「王家にはね、魔族や魔王について外よりも多くのことが伝えられている。つまり、君たちよりも私たちは詳しいんだよ」
「ああ、なるほど……つまり、王家しか知らない事実が書かれていた部分なんですね」
ミドルトンの言葉に、グランデールは首を振った。
「いいや、違う。王家の知っている事実とは異なることが書かれている」
「……え?」
「今回の調査で得られる情報として、私は主に二つのものを想定していた。 私が知っているものと、私が知らないもの。私の知っていることと違うもの――はいくつかあるとは思ったのだが、いくつかレベルでは済まなくてね」
グランデールがなぞった部分にはこう書かれていた。
――グレートバライアス峡谷は大地震によってできた。
さらに次の行にはこう書かれていた。
――6英雄のひとり、高潔の騎士グランツェは女好きで、女性のために戦っていた。万民ではなく、その半分にのみ忠誠を誓っていた。
「こ、これは――!?」
ミドルトンは驚く。魔王アンゴルモア12の悪行と6英雄の話。誰もが知っている話。だが、そこに書かれている事実は大きく異なっていた。
グランデールがうなずく。
「ここなら、ミドルトンもわかるだろう? 明らかに知らない事実だ。これはわかりやすい例だが、正直なところ、そこかしこに私ですら知らない話が載っている」
「……やはり、書庫にある本の方が正しく……その、言いにくいですが――」
「王家の言い伝えが間違えているか?」
「は、はい。恐れながら……」
「はっ! 何をかしこまっている。私の性格は知っているだろう? そんなことで激昂したりはしない。むしろ、恐縮して言葉を控える態度に幻滅するよ。減俸一ヶ月な、ミドルトン」
「え、ええええ!?」
「冗談だ冗談」
グランデールが楽しげに笑う。だが、すぐに表情を引き締めた。
「もちろん、それもあるだろう。私は王家を無謬とは思わない。だが、想定よりも多すぎる。おまけに――」
とん、とグランデールがページの下――署名欄を指差す。
「その種の記述が、同一人物が書いた部分にだけ集中しているとしたら?」
そこにはドリッピンルッツ隊ミリア・アインズハートと書かれていた。
「ミリア――?」
ミドルトンはそこでふと思い出した。
その名前には大きな意味がある。
「保管室の騒動に巻き込まれたドリッピンルッツ隊のメンバーが――」
「その通り……で、これは偶然なのかな?」
そう言って、グランデールはにやりと笑う。
「ミリア・アインズハート伯爵令嬢を呼べ。話を聞こうじゃないか」
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