いやいや、それ事実と違うぞ?
魔王(猫)は言った。
もともと魔族はお前たち前人類と同種だぞ? と。
とんでもない話に、わたしは思わず声を上げた。
「は!? どどど、どゆこと!?」
同僚たちの視線がわたしに向く。
しまった。つい動揺して言葉を発してしまった。
「す、すみません……」
『ふん、驚くほどのことかね?』
『驚くほどのことだよ! だって、魔族は人類と全く別の種族で魔界から来たんだって教えられているんだから!』
『……どうして、そんな話になっているのやら』
アンゴルモアは、ふーっとため息をつく。
『残念ながら事実だ、前人類。魔族とは、魔術を極めるために人間であることを辞めた種族なのだ』
『え、ええええええ!?』
『人という器に限界を感じた我々は、器を突破することにした。わかりやすく言えば、魔術で『より魔術行使に適した身体に己自身を進化させた』のだよ。結果、我々は『魔族』となった』
驚愕の事実だった。
あまりにも驚愕の事実で、わたしの頭は混乱していた。
『すごい大発見なんだけど!?』
発表すれば、間違いなく学会がひっくり返るほどの事実だろう。
『そうかね?』
アンゴルモアは低いテンションでそう応じる。
『だが、そこまで話が違うと、信じるものがいないのでは? お前にしか聞こえない声による証言だけではな……』
おまけに、発言者はただの猫だ……。
『何か侮辱された気がするが?』
『気のせいじゃないかな?』
出だしからいきなり衝撃の事実だったが――
こんな驚愕の新事実はそうぽんぽん出てこないだろう。
とりあえず、わたしは書物を再び読み始めた。
――全長10キロにも及ぶ、険しい絶壁に囲まれたグレートバライアス峡谷は魔王の禁術で断ち割って生まれた。魔王アンゴルモア12の悪行と呼ばれるものである。
猫の言葉が流れ込んできた。
『……記憶にないな……』
『え、嘘?』
『大地など割ったことがない。海なら割ったことがあるが』
『……あるんだ……』
『ひょっとして、あれか……確か峡谷ができた記憶はあるな。だけど、あれは偉大なる我の力ではなくて、大地震だぞ?』
『……その地震を、あなたが起こしたと思われているとか?』
『それをするくらいなら、直接割るかな』
『……どっちもできるんだ……』
『自然現象まで偉大なる我のせいにされてしまうとは――ふん、前人類はそれほど偉大なる我を恐れているのか』
アンゴルモアは上機嫌にそう続けた。
わたしは書物に目を戻す。
――魔王に戦いを挑んだ6英雄のひとり、高潔の騎士グランツェは平和を愛する男だった。世を憂い、万民を救うため、何度も何度も命の危険を顧みずに戦った。まさに騎士の中の騎士である。
『違う。グランツェは女好きで、女のためだけに戦った。万民を救う意思などなく、少なくとも五〇〇〇民しか救う気持ちはなかったな』
『知りたくなかったんだけど!?』
おとぎ話で高潔の騎士グランツェは人気のあるキャラだ。さらさらヘアーのイケメンで、その優しい心で多くの民を救っていた。
『イケメンではないな。顔について、どうこうは言いたくないが、その、えと、まあ、10人並みと言ったところか』
『知りたくなかったんだけど!?』
世の中には、明るみに出さない方がいい事実もあるのだろう。
そこで、わたしは少し気になっていた。
アンゴルモアの知っている過去と、わたしたちが伝えられている過去。どうしてそんなに違いがあるのだろうか。
500年前だから、違うと言えば、違うのだろうか。
わたしはその違いをもっと知りたいと思った。
だが、アンゴルモアがあくびをした。
『くだらないことを思い出した。しばらく寝るので、垂れ流し状態をなんとかしてくれ。うるさくて敵わん』
そう言うと、アンゴルモアはぐてっと突っ伏した。
思考の垂れ流し状態か――
とりあえず訓練と思って、集中して本を読もう。
アンゴルモアの語る過去は気になるけど。なんだか、そこまで違うと、逆に本を読むことに意味なんてあるのだろうか――
と思ってしまう。
当の本人も眠ってしまったし、気にしても仕方がないか。
そんなこんなで時間が過ぎていく。
やがて、チームリーダーが口を開いた。
「よし、みんな。読んだ内容を持ち寄って話をしようか」
そんなわけで、わたしたちは集まって話を始めた。
といっても、まだまだ初日。わたしたちの本読みは、調べるべき世界の入り口でしかない。
なので、自然と内容は浅くなる。
わざわざ調べるまでもなく知っている浅い情報しかないので、雑談になりがちだ。チームの初日だし、それはそれでいいのかもしれない。
同僚のひとりが言った。
「ひさしぶりに、アンゴルモアの12の悪行を読みました。グレートバライアス峡谷を禁術でたち割ったシーンはよく本でも読みますけど、すごいですよね!」
「……あー、いや、その、それは――」
『おい、偉大なる我の言ったことを話すつもりなら、やめろ』
『え?』
別の同僚が口を開く。
「高潔の騎士グランツェの名前も久し振りに読んだなあ。子供の頃、よく六英雄ごっこをしたけど、グランツェは人気のある男だったなぁ。俺も、万民のために戦うのだ! って木の枝を持って叫んだものさ」
「実は、万民ではなくて、ごせ――」
『こら! 卑小なる前人類! やめろといっているだろ!?』
『どうして? 間違っているんだから、教えないとダメじゃない?』
『バカもの! 教えたとして、それをどこで知ったと問われたらどう答えるつもりだ!?』
『あ』
『下手に話せば、偉大なる我の正体を気取られる可能性もある。いいか、決して偉大なる我の正体を気づかせるな。許さんからな!』
む、むー。
正しいことを伝えられないのがもどかしい。
だけど、アンゴルモアが言っていることも理解できる。大昔はすごい魔王だったけど、今はただの無力な猫。だからって、正体が露見すれば見逃してくれるかといえば、そんなはずもなく。間違いなく殺されるだろう。
『なにをそんなに困っている。そもそも、おまえだけが真実を知っていればいい、違うか?』
『そうなの?』
『そうだ。お前が相手にするのは、この魔王の再来と思わせるほどの強敵。禁術を使わなければ決して勝てないだろう。重要なのはお前だ。お前以外は役に立たないと思え』
……そんなこともないと思うけど。
でも、情報提供者のアンゴルモアが外に漏らすな、という以上、わたしがそれを破るのは違うだろう。
それに、わたしがしっかりしないとダメなのも事実だ。
『……わかった』
『うむ、わかったのならそれでいい』
満足げに頷くアンゴルモア。
アンゴルモアの言い分は受け入れたけど、それならそれで解決しないといけないことがある。
楽しげに意見を交わし合っている同僚たちだ。
アンゴルモアの話によると、どうやら伝えられている歴史は違う部分が多いようだ。なら、そうと知りつつ、彼らにこの無意味な労働をさせるのは忍びない。
意味ないよーとも言えないならば――
超速度で終わらせるのみ。
ちょうどいいことに、わたしは仕事を片付けるのに便利な禁術を知っている。
というわけで、禁術を使うことにした。




