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魔族について調べよう!

 翌日、わたしが朝の支度をしているとアンゴルモアが話しかけてきた。


『仕事に行くのだろう? 偉大なる我も連れて行け』


「え? どうして?」


『お前、昨日言っていたではないか。魔王に匹敵するほどの敵が現れたかもしれないと』


 その後、アンゴルモアはこう続けた。


『当然、偉大なる我がそれを興味を持つのはおかしなことではあるまい?』


 猫の言うことには一理あるが、


「ううううん、いろいろ無理がある気もする……」


『なぜ?』


「だって……普通、猫を職場には連れて行かないからね」


 わたしの言葉を、アンゴルモアが鼻で笑う。


『くだらぬな、前人類。使い魔だと説明すればいいではないか?』


「使い魔かー」


 確かに抜け道としてはなくもないが。使い魔と主の結びつきは強力なため、盲導犬とかと同じ扱いになるのだ。一般人だとぴんとこないだろうが、魔術師しかいない職場なら、理解はしてもらえるだろう。


 何かしら理屈をこねれば、あるいは――

 ただ、使い魔自体があんまり流行ではないのだが……。


 理由は使い魔になれる素質のある動物が少ないからだ。


「本当に行きたいの? そんなに楽しい場所でもないよ?」


 猫がふぁ〜っとあくびをする。


『ただの暇つぶしだ。どうせやることもないしな』


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「きゃー、かわいい!」


 わたしがアンゴルモアを職場に連れて行くと、同僚の女性たちが寄ってきてかわいいかわいいと褒め讃え始めた。

 確かに中身は尊大で偏屈だが、外面は胴長短足でコミカルだ。


「ミリアさん、この猫は?」


「えーっとですね、知り合いの魔術師からもらった猫さんでして。素質があったので使い魔にしてみました」


 道すがら考えた言い訳である。

 嘘をつくことに胸は痛む――だが、魔王を思わせるほどの力を持つ第三勢力が動いている現状、アンゴルモアの知識は大きく役にたつはずだ。

 そう自分に言い聞かせて、わたしはこの状況を許すことにした。


「ミリアさん……触っていい!?」


「もちろんですよ、どうぞ」


『ま、ま、待て! 偉大なる我を勝手に触るでない! おい、卑小なる前人類! 偉大なる我の許しを得ず、勝手に許可しているのだ!?』


 ふふふふふふ……。

 アンゴルモアが抗議の声を上げるが、わたしは気にしないことにした。


 面倒ごとを持ち込んだ猫への報いである。


 それに、ここで同僚の頼みを断れば角が立つ。ただ飯食いの居候は飼い主の交友関係に貢献するべきなのだ。


 ……わたしが失業したら、君も食べるものがなくなるのだぞ?


 ひとりが触ると次はあっという間だった。

 わたしもわたしも!

 あ、いいな! わたしも触りたい!


『みぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!』


 女性の同僚たちはアンゴルモアを容赦なくもふった。

 あんなところや、こんなところをまさぐりながら、容赦なくもふった。


 そんな朝の一幕が終わり――

 仕事の時間になる。


 同僚たちは緩み切った表情をきっと引き締めて仕事に取り組んだ。

 この辺の変わりようは、さすが宮廷魔術師、魔術師のエリートだ。

 わたしも職責に恥じないように頑張らなければ。


 そんなこんなで時間が過ぎ――

 昼休憩が終わってすぐのことだ。


 上司のダグラスがわたしと他3人の同僚を呼び出した。

 ダグラスが口を開く。


「昨日話した件について、正式に王太子グランデール様より指示があった」


 そこで、ダグラスがわたしの足元にいる猫に気がついた。


「ミリア、それは?」


「わたしの使い魔のモアです。職場に連れて来てますけど、問題は無いですよね?」


 ダグラスは少し思い出すように遠くを見てから、こう言った。


「ああ、問題ない。だけど、申請書類は必要だな。管理に確認して指示に従ってくれ」 

「分かりました」


 わたしがうなずくと、ダグラスが話題を戻す。


「やってもらいたいのは、調査だ。知っての通り、俺たちドリッピンルッツ隊は王城にある書物も管理している。古い文献を漁って、魔王や魔族に関する情報を集めるように命じられている」


「魔王や魔族、ですか? 邪悪なるものと関係があるのですか……?」


 わたしの問いにダグラスは首を傾げる。


「わからない。だが、グランデール様のご判断だ」


 魔王に匹敵する力を持つ邪悪なるもの――だからこそ、まずは同格である魔王を調べようということか。悪くないアプローチに思える。 


 実際、魔族の詳細は謎に包まれている。


 伝説の領域にあるし、王国民であればみんなが知っていることなのだが、いかんせん500年前のことだ。情報は古びていて、脅威としてもすでに終わっている。後回しになるのは仕方がない。

 少しでも手がかりが欲しいなら、そういう調査も必要だろう。


『くっくっくっくっく……』


 足元の猫が笑う。


『お前たちが、どれほど我々のことを知っているのか見させてもらおう』


 ……わからないことがあれば、この猫に聞けばいいのか。

 本人なのだから詳しく教えてくれるだろう。

 都度わからなければ聞きたいところだが、そうなると同僚たちがいる前で質問できない。……わたしもアンゴルモアと同じく心で会話できるといいんだけど――


『ほーう。卑小なる前人類よ、偉大なる我ともっと会話したいのかね?』


 !?

 え、今、わたしが思ったことに返事してきた!?


『どど、どうしてわたしの気持ちがわかったの?』


『ふぁっふぁっふぁ! 偉大なる我を希求するお前の声が届いたからだ』


『……わたしも心の声で会話できるの?』


『もちろんだ。言っただろう、偉大なる我とお前はつながっているのだから』


『……そうなんだ、できるんだ……』


『偉大なる我と心で会話をしたいと思ったからできるようになったのだ。そうかそうか、偉大なる我ともっと会話したいか。うんうん』


 何はともあれ――

 優秀なアドバイザーをゲットできたのはいいことだ。

 どしどし聞いてやろう。

 そんなわけで、わたしたちは『特秘図書保管室』と移動した。

 また、あそこか。

 理由としては、魔王に至る情報は隠すという国の方針があるからだ。それなりに『深く』書いてある本は、どうしても保管室行きとなる。


「まずは基本的なことが分かりそうな書物から当たろう」


 4人チームのリーダーである、30半ばくらいの男性がそう言った。目録を眺めながら、誰がどう読むかを話し合う。


 わたしが担当することになったのは――

『概論・魔王や魔族とは』という本である。


 わたしはテーブルについて本を読み始めた。

 本を読む事は嫌いではない。むしろ好きなのだが――

 お昼を食べた後だから眠いなあ……。


『お昼を食べた後だから眠いのか、全く卑小なる前人類はダメだな』


 足元に座っていた猫が話しかけてきた。


『……う、うぐ!? な、なぜそれを!?』


『思ったことがダダ漏れだ』


『え、頭で思ったものが全部出ちゃうの!?』


『いや、まさか。頭の中で伝えたいことと伝えたくないことを整理するのだ。さっきまでは、お前の心の声は偉大なる我に届いていなかっただろ? それはお前が伝えようとしなかったからだ』


『あー……なるほどねそういうことか……』


 慣れなきゃいけないなぁ。

 わたしは本を読み始めた。

 ――魔族とは、人間がすまう世界の外にある領域『魔界』からやってきた種族である。

 最初の一文を読んだ瞬間、


『なんだそれは意味がわからん』


 猫が鼻で笑う。

 どうやら、読んだ内容が伝わってしまったらしい。うう……慣れないなあ。

 内心でため息をつきながら、猫に疑問を投げかける。


『意味がわからないって、どう言うこと?』


 すごく単純な内容だと思うが。


『魔界ってなんだ? 外の世界?』


『え?』


 まさか、そこに疑問を投げてくるの?


『呼び名が違うとか?』


『いいや。そもそも、外の世界とか意味が不明だ。偉大なる我は、お前たち前人類と同じ世界に住んでいたからな』


 いきなり驚きの事実を告げられた。


『え、いや……うん……ど、どういうことなのかな?』


 魔界がない?

 ありえない。なぜなら、それは魔王のおとぎ話で必ず冒頭でふれられるくらい常識なのだから。


『魔族は魔界の住人――なんだよね?』


『違う』


『え、ええええ!? そ、それが常識なんだけど!?』


『卑小なる前人類どもの常識なぞ知るか。魔王である偉大なる我が言っているのだ。魔界なんてない』


 まさに歴史学を覆す、とんでもない事実を猫は口にした。

 そして、それだけでもなかった。


『そもそもだ、もともと魔族はお前たち前人類と同種だぞ?』


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