第204話 冷徹な目線
(だとすると天音と静音さんは双子の姉妹……いや、静音さんが姉だったのか!? ……なら葵ちゃんは?)
よくよく考えれば、天音と静音……そのどちらにも音という漢字が入っていることに気付いた。ましてや母親の名が雪音であるならば、もはや疑いようの無い事実であろう。
「静……音だと! もうそんな名前を付けたと言うのか!! やはり情が移る前にこの子は殺さねばならぬ!! おい!」
男性はメイドさんに命令する形で部屋を後にしようとしていた。
「あなた待っ……ごほっごほっ……」
ところが母親は必死に手を伸ばし追い駆けようとしたが、咳き込み血を吐きベットに倒れこんでしまったのだ。
「雪音!? おいしっかりしろ!!」
妻の異変に気付いた男性は必死にベットに駆け寄る姿が見えていた。そして突如として記憶が途切れたかのように再び目の前が暗闇の世界となってしまった。オレは未だ出口が見えない光へと向かい、まるで何かに導かれるように歩み出す。
「ふぅ~。今日もお掃除が大変ですね。はぁはぁ」
すると今度は別の映像が映し出された。場所は先程とまったく同じ廊下で、全身を黒服で身を包んだ背丈の低いメイドさんが一生懸命に窓掃除をしている姿が映っていたのだ。季節が冬なのか、口元に両手を当て息を吐き温めていた。パッと見、年の頃では5、6歳かもしれないその女の子にオレは見覚えがあった。
(あれって……静音さんだよな? もしかして静音さんの幼い頃なのか? じゃあ双子の長女だからって殺されずに済んだのか!? はぁ~良かったぁ~っ)
前の映像で父親らしき男性から殺すと言われていた静音さんの無事な姿を見て、きっとオレは内心安心しきっていたのかもしれない。だから不思議と「何故あんな幼い子がメイド姿で掃除を?」とは疑問に思わなかった。
「アイさん! 貴方また仕事をサボっているのですか!! 窓拭きは終わったのですか!」
いつの間にか、やや年配のメイドさんが幼い静音さんを叱りつけている光景が目に入る。
「あっメイド長様……。す、すみません……その手が寒くて……」
見れば幼い静音さんの手は真っ赤になり、体も小刻みに震えていたのだ。きっと暖も取らず掃除を……
パンッ!
まるで幼い静音さんの言葉を遮るように乾いた音が廊下に響き渡る。左の頬を叩かれた幼い静音さんは廊下に倒れてしまい、そして寒さとは別の意味で体を震わせ叩かれた左頬を手で抑えていた。
「……それで窓拭きは終わったのですか?」
「その……私一人ではまだ半分しか……」
バシャッ。一瞬そのメイド長とやらが幼い静音さんに何をしたのか、理解できなかった。…………いや、その行動の意味を理解したくなかっただけかもしれない。幼い静音さんは傍にあったバケツの水を頭からかけられてしまっていた。
「ほんと貴方はいつも言い訳ばかりするのですね。こうゆう場合言い訳などせずに『はい。畏まりました』といつも言っているでしょう? 貴方はそんなことも覚えられないのですか?」
「…………はい。畏……まり……ました……メイド長様……」
静音さんは俯き、生憎と上から見ているオレにはその表情は見えなかった。だが、髪の毛から落ちる滴とは別な雫がポタポタっと床を濡らしているのが見えていた。
(な…に……しやがってんだよ、おい! 掃除が遅いからってバケツの水かける必要ねぇだろ!!)
オレはメイド長とやらに怒鳴ったが、相手には聞こえていないのか無視されてしまう。
「一体何の騒ぎなのだ? 廊下で騒々しいぞ」
っとそこへやや年配の男性が二人に声をかけていた。
(あれ? この人は確か……)
「申し訳ございません、旦那様。アイさんがまた仕事が遅いのに言い訳ばかりするものですから叱り付けていたところなんです」
メイド長とやらは旦那様と呼ぶ男性に事の詳細を報告していた。その間幼い静音さんは俯き、ただ黙っているだけだった。
「……そうか」
男性は一言そう言うと幼い静音さんを冷徹な目線を送り、そのまま廊下を通り過ぎようとしていた。メイド長はすぐさま静音さんの粗相に気付き命令する。
「アイさん! 何を黙っているのですか!! 貴方のせいでこうなったのですよ! 旦那様に謝罪をしなさい!!」
キツイ言葉と共に床に倒れている幼い静音さんの右腕を掴み無理矢理立たせた。
「いたっ!? だ、旦那様……申し訳ありませんでした……」
「…………」
幼い静音さんは顔を下にしたまま謝罪の言葉を口にしたのだが、男性は振り返るどころか立ち止まらずにそのまま廊下を歩いて行ってしまう。
(だ、旦那様って……確かこの人は静音さんの父親なんだろ? 何でそんな他人行儀な物言いしてんだよ!? 静音さんは実の娘なんだよな? 何なんだよこれは……)
「アイさん、貴方も突っ立っていないで早くここを片付けなさい! 私は旦那様や天音お嬢様、お二人の給仕をするので忙しいのですからね!!」
「…………はい。畏まりましたメイド長様。すぐに片付けますので……」
メイド長はそう言うと、そのまま男性の後を追うように廊下の先へと早足で行ってしまった。後に残されたのは全身ずぶ濡れの静音さんと再び床を濡らす雫だけだった……。
第205話へつづく




