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来島義男生誕百年記念その2

何とか書き上げたという感じです。

これなら、阿部寛主演で映画化できるかも・・・

画面が、スタジオ内の映像に戻り、包帯や絆創膏をしたアナウンサーと佐藤大輔の姿が映し出された。


「大変、御見苦しいところをお見せしました。誠に申し訳ございません。陳謝いたします。それでは佐藤先生、佐藤先生から見たら他の政治家同様に我田引水だとおっしゃりたいんですね?」


「そうですね。在米日本資産凍結の解除もそうですが、自分の傘下のラジオ局を認可させたり、東京タワーの鋼材を傘下の神戸製鋼所にしたり、税金を安くしたのも自分の税金を安くするためと、自分の利益になることを率先して行っています。また、女性の社会進出に関しては嫁が怖いだけですよね」


「東京タワーの鋼材は、スクラップにされた戦艦・金剛からのもので、平和的な再利用です。価格も、かなり安くされたと聞き及んでおります。税金が安くなるのはいいことでは無いでしょうか? 事実、あのままでは日本の富裕層は海外に出て行ってしまうのではと危惧されていましたが? さては、自分が貧乏作家だから金持ちに対する嫉妬ですね。完結した作品が一本だけだと何かと大変ですもんね。うちの安い出演料でほいほい来てくれると思ったら」


「てめっ! 言わせておけば、好き勝手言いやがって! 表、出やがれ!」


「おうっ! 望むところだ! 偏ったことばかり言いやがって、少しは空気読め、この野郎!」



画面が突然、世界の名曲に変わり、テロップが流れる。

『ただいま、放送に支障が出ております。暫くお待ちください』



画面が、スタジオ内の映像に戻り、先程とは別のアナウンサーとレンズの厚い丸メガネを掛け、髪を三つ編みにした若い女性が現れる。


「大変申し訳ございません。度々、御見苦しいところをお見せしました。ここからは、私たち二人が主に来島義男の文化面の功績についてお伝えしたいと思います」


「あの、私突然引っ張られて来たんですけど……」


「あなた、ゼミで来島義男について調べてたと、入社試験の面接で言ってたでしょ」


「はい、秋津ゼミでやってました」*1

「資料もあるから、視聴者へ説明してください。これは、業務命令です」


「…… あっ! はい、やらせていただきます!」


「それでは、視聴者の皆様、先程の来島義男の政界での活躍に続いて、戦後の文化に及ぼした影響についてお伝えいたします。さあ、どうぞ」


「そうですね。来島義男の文化面への影響としては、よく言われるのは若者文化への理解なんですが、実は来島義男自身の欲求っだたのではないかと言われております」


「ほう、大胆な切り口ですね。話を続けてください。それはどういった点でしょうか?」


「コカ・コーラやディズニーランド等に代表されるアメリカの文化の導入もそうですが、映画やマンガに対しての熱量を感じます。ラジオ、テレビもそうですが、総じて娯楽への助力を惜しみなくしております」


「それは、来島義男自身が己の欲求を満たすためにした? と、言いたいのですしょうか?」


「全てがそうだと言いませんが、インタビューでもポテトチップス食べてコーラを飲みながらアニメを見るのが至高の時間だと言っています」


「そう考えると、長谷川市子を見出したり、放送短縮されそうになったアニメを予定回数まで1社CMで支えたりしてますね。1979年のルパン三世の映画版もディズニーのネットワークを使い全世界で上映し、反響を得ましたよね」


「ええ、そうです。それまでも、日本のテレビアニメは世界中で放送はされていましたが、ディズニー以外の長編アニメ映画で初めて全世界的に成功したと言えます」


「映画と言えば、三船敏郎を007やスターウォーズに出演させたのも来島義男だと言われていますね」


「そうですね。1965年の政界引退後は、政治を次男の義宗に、事業の方は長男の碧に任せ、完全に趣味の世界に没頭しています。三船敏郎の他にサニー・チバ、千葉真一などのアクション映画は、香港のカンフー映画に対して、カラテ映画として確立されております」


「そう言えば、次男が、義男の義の字を受け継いでいるのに、長男は、碧というのは何か理由がありますか?」


「長男は、妻・茜にちなんで付けたそうです。その辺も恐妻家であった来島義男を良く表しています。長男の碧は、妻・茜に似て聡明で妻・茜から幼少より帝王学を仕込まれ、東京帝国大学を出てからは、日商で高畑誠一と瀬島隆三から企業人としての裏表を学んで1954年に30歳で別府造船グループの総帥の座を来島義男から引き継ぎました。弟の義宗は中学生時代は、幼少時より武道に打ち込み、その腕っぷしから別府の暴れん坊将軍と呼ばれ、たびたび警察のお世話にもなっていたそうです。政界でも1973年の青嵐会を叩き潰した時には、『流石! 暴れん坊将軍義宗』と言われました」


「日商の歴代社長から薫陶を受けたと言いますが、陸軍参謀だった瀬島隆三ですよね? それは、謀略を学んだということでしょうか?」


「瀬島隆三は、1947年の講和条約後の軍備縮小で陸軍を辞め、高畑誠一に誘われて日商に入社しました。その後は、謀略的なことは無く日商の2代目社長として、日本を代表する商事会社に成長させております。また、兄の碧は、東京帝国大学では三島由紀夫と同級生で仲が良く。父、義男にも紹介し、三島由紀夫の小説を海外に配信し、海外で映画化された作品も多々有ります。弟の義宗は、星新一と東京帝国大学で同級生で同じく父、義男が海外に紹介し日本のSFブームを海外で起こしています。兄弟共に東京帝国大学卒なのは、偏に母である茜のお陰と兄弟共に語っております。父の義男は放任主義ですので」


「ご子息の方に話が逸れまして申し訳ありません。話を来島義男に戻しましょう。その他、何がありますか?」


「そうですね。やはりマンガ、アニメですと、御宅裕司と共に秋葉原の開発と東京ビックサイトでの夏冬のコミケでしょうか。秋葉原は、世界的にAKBとして有名で聖地化しておりますし、夏冬のコミケも海外からの参加者が年々増加しております。また、音楽に関しましてもビートルズの1件からお分かりの通り、いわゆるロックに対して理解が深く、1959年1月には東京FMの他にT-wabeを開局し、少ない会話で多くの曲を聞かせるをモットーに若者にロックを根付かせました。開局当時は、プレスリーのハートブレイクホテルをヘビーローテーションしていました。東京FM、後にT-wabeでDJとして活躍した岡田奉美とロイ・ジェームスを見出しています。二人は、ビートルズの来日の際の司会や通訳、坂本九や美空ひばりがアメリカに渡り、アメリカのTV番組出演の際の通訳。また、コンサートの司会をしています。後には、別府中学校の後輩である城達也と慶応大学の学生だった小林克也を見出しております」


「美空ひばりは、ビートルズの来日公演の7月1日の夜公演の前座の最後にサプライズで登場し『Twist and Shout』を歌い、楽屋に居たビートルズの面々が驚き、翌日7月2日の最終日の夜公演にアンコールで美空ひばりと『Twist and Shout』を歌ったのは伝説となってますね」


「そうです! 本来、アンコールなどやらないビートルズが、美空ひばりに依頼して実現したそうです。これも、来島義男が美空ひばりに懇願して出演したことが元となっています。翌年の美空ひばりのロスアンゼルス公演、シュライン・オーディトリアムにはサプライズとしてビートルズが出演し、『Twist and Shout』を一緒に歌っています。」


「日本人歌手の海外進出に来島義男が、尽力していた訳ですね」


「そうです! 漫画やアニメだけではなく日本文化の全ての海外進出に来島義男が絡んでいます。また、1960年からは、日本ゴールドディスク大賞として、その年に一番売れたレコードを表彰しています。表彰式は、フジテレビで生放送されています。来島義男は『一番売れた曲がその年の最高でしょう』と語り、日本の音楽シーンの権威に反旗を掲げ、若者の共感を得ました」


「一番売れた曲が最高は、良く分かりますね。某何とか大賞だと何故これが? というのが散見されますね。色んな大人の思惑があるのでしょうか」


「おっしゃる通りだと思います。また、来島義男は日本のディスコ・ブームの立役者だと言われています。1970年代のディスコ・ブームでパラパラ・ダンスが流行ったのは、来島義男と御宅裕司が共同で経営していた六本木のシャングリラが発祥と言われています。そもそも、戦後の東京再開発に当たり、別府造船グループは六本木と秋葉原を受け持ちました。その理由が、秋葉原は聖地にすることと、六本木については本人曰く『オレは六本木の帝王になる!』という今でいう中二病的なものでしたが、今の発展具合を見ると来島義男の功績と言えます」


「私たちが今何気に親しんでいるものは、戦前の日本には無かったもので、その多くのものが来島義男によってもたらせたものであることが良く分かりました」


「そうですね。吉田茂がイギリス贔屓、来島義男がアメリカ贔屓と良く言われる通り、この二人が戦後の日本のトップだったお陰で、西洋の文化が排斥されることなく日本の文化との融合を遂げたと言えます。かと言って、二人は日本の文化をないがしろにはしていません。1951年のアメリカとの平和条約締結及び国連加盟の際、日本外交団はニューヨークに付いた際に、全員が紋付袴で揃えていました。旅客機のタラップから降りた際とターミナルビルのコンコースを歩く和服の集団が当時のニュース映像に残っています」


「それは、確か映画にもなりましたね。サムライin NYですね」


「そうです! それです。吉田茂役の三船敏郎を先頭にV字型で並ぶポスターが有名ですね」


「そう! それです。右端に一人、貴族の様な恰好をした人がいましたね」


「はい、それはニューヨークまで外交団を乗せた機体を操縦した機長の四条隆親です。日本の名門貴族の四条家の次男ですね。来島義男から、貴方は束帯を着てきてくれと言われたそうです」


「いやいや、急な代役で来島義男について色々説明頂きありがとうございました」


「1984年現在、北は札幌から南は九州まで一本の新幹線が繋がっていますし、それ以外の在来線も160kmの最高速度で走っています。これは、戦前の狭軌のままでは無理でした。日本の隅々まで高速道路が走っていますし、これも来島義男のお陰だと思います」


「今年は、東京サミットで1988年には名古屋オリンピック、益々発展する日本の礎を気づいた来島義男、生誕100年を記念いたしまして、2夜に渡って紹介させて頂きました。ご視聴誠にありがとうございました。それでは、この辺で渋谷のスタジオから失礼いたします」


1984年、東京は世界一の都市となっていた。世界一の人口と車両台数だが、第1から第8までの環状線と、その外には東京外環道、首都圏中央連絡道路と有り、それぞれを繋ぐ高速道路も整備され、世界一高度なモータリゼーション社会と言われている。

地下鉄も含めて、全ての線路が標準軌のため、郊外からそのまま地下鉄への乗り入れも出来、混雑緩和に繋げていた。

東京都には、羽田に東京国際空港と横田国際空港、神奈川県に厚木国際空港と3つの国際空港を抱え、国内外の航空便を捌いていた。

東京湾岸は、埋め立てられ、東京国際空港や東京ディズニー・リゾート、東京ビックサイト、人工スキー場のザウス1、2が湾岸沿いに林立していた。それらを結ぶ湾岸高速道路は、横浜ベイブリッジ、レインボーブリッジと繋ぎ、木更津からのアクアラインで東京湾岸を周回することが出来た。

ベイブリッジとレインボーブリッジは、いずれも橋げたの高さ60mとし、今後のクルーズ船の大型化に対応できるように設計されていた。

新宿を初め、高層ビルが立ち並ぶ姿はニューヨークのマンハッタンを彷彿されるものであった。

後楽園球場は、1978年にアストロドームに次いで世界で2番目のドーム球場になっていた。



1984年6月13日 大分県別府市


「これより、来島義男生誕100年を記念しました来島義男記念館をオープンしたいと思います。オープンを祝しまして、内閣総理大臣 来島義宗様より祝辞をいただきたいと思います。来島先生、宜しくお願いいたします」


「ええ、本日は来島義男生誕100年を記念して建立いたしました記念館のオープンに御集り頂き誠にありがとうございます。列席しております兄共々、御礼申し上げます。さて、この記念館には来島義男が生涯に渡っての業績が分かるようになっております。大分の小さな造船所を世界に冠たる財閥までに育て上げたのは、紛れもなく父 来島義男その人です。是非、その業績を目にして頂きたいと思いますし、後世まで残したいと思います。中には、第二次世界大戦で制作された珍兵器もございますし、ヒットラーの絵を初め生前集めましたコレクションもございます」


「生前だあ? こちとら、まだ生きとるわい! 義宗、父親を殺すとは大したもんだなあ」


「あっ! しまった。思ってたことが口に出ちまった」


「なんだとう! 育て方を間違えたわ!」


「お言葉を返すようですが、育ててくれたのはお母さんです!」


「何をてめえっ!」


来島義男、100歳を迎えて尚健勝であった。政界を引退し、頭が薄くなったといい伸ばした髪の毛は、横だけが残り白髪の落ち武者の様であったが、本人は「あれ、これってshake it up,babyだよね」といたく気に入り、スーツに白いマフラー、黒縁メガネとチャーチルから貰ったというステッキが定番のスタイルになっていた。

その100歳の義男が、暴れん坊将軍と言われる日本の内閣総理大臣に髪を振り乱し、ステッキを振り上げ叫んだ。


「どうして、こうなったあああ! シェケナベイベー!」




*1 進め!別府造船所(仮) 第3話 閑話休題~秋津教授の憂鬱 をご覧ください。


すいません。阿部寛は無理ですね。シェケナベイベー!

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― 新着の感想 ―
[一言] 前回のラストが佐藤大輔氏てしたか、確かに完結は(征途)のみやもんな、レッドサンブラッククロスも終わっちゃたからな、なにせ何年か前の静岡での日本SF大会ドンブラコンでも佐藤大輔を糾弾して((笑…
[気になる点] 新人局員は「宮間」さんでしょうか?
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