南方作戦 ~地球降下作戦~
いつも誤字脱字修正ありがとうございます。
感想もありがとうございます。励みになっております。
今週のビックリドッキリメカ登場!
と、言っても常軌を逸するほどでは有りません。
コンセプトとして、有り得たかも知れない歴史として書いております。
別府造船や赤船「土佐」の復活の様にです。
その世界観をお借りしていますので。
一式戦闘機は鍾馗に変えましたけどね。
と言う訳で今回も生暖かい目で見て頂ければと存じます。
よろしくお願いいたします。
1942年2月
夜から朝に変わる。いつもの時間に、世界はふと考え込んで、朝日が出遅れた。
なんて事は無く、熱帯の朝日は今日も暑苦しく上ってくる。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか? もうすぐ節分ですが、ここマレーに季節の変わり目はありません。あるのは雨季と乾季だけです。先日、1月なのに川で泳ぐ羽目になりましたが、熱帯のおかげで寒中水泳とはならず、お陰様で風邪なども引いておりません。皆様もお体ご自愛くださいませ。
「乾さん、そろそろ出撃ですよ」
「ああ、分かった。じゃあシゲさん、このハガキ出しといて」
我々は、クアラルンプール飛行場で出撃を待っていた。いつもの敵飛行場や敵陣地のへの空襲では無く、空挺作戦に参加するために……
原油を中心とする「資源地帯の確保」は日本の太平洋戦争開戦理由のひとつであり、陸海軍の南方作戦における最重要攻略目標(最重要戦略目標)であった。東アジア屈指の産油地パレンバン油田と製油所を確保するため、その作戦は立案された。
1941年5月20日のクレタ島へのドイツ空挺部隊の降下作戦は、マレメ飛行場を制圧し初期の目標を達成した。実際の降下作戦は、前年のデンマークでの降下作戦同様に戦果を挙げたが、兵士と輸送機の損害が非常に大きかった。損害の多さにドイツ軍では、以降は大規模な空挺作戦は行われなかった。しかし、初期のドイツ軍エアボーン作戦の成功は、各国に衝撃を与えた。特に日本軍では、いつものごとく「あれ、いいな。オレもやってみたい」となった訳である。
クアラルンプール飛行場から、まずは第一梯団、挺進第2連隊の329名を乗せた、挺進飛行戦隊の一〇〇式輸送機やロ式輸送機が飛び立つ。
次に、百式司令部偵察機が偵察のために出撃し、次に我々、飛行第6戦隊、そして最後に、1時間の時間差で飛行第11戦隊、第59戦隊・第64戦隊が出撃する。
輸送隊、爆撃機、戦闘機の巡行速度が違うための時間差出撃である。
百式司令部偵察機は、先行して状況を挺身部隊に逐次報告することになっている。
爆撃機に関しては、重爆撃機部隊は同時進行のビルマ方面へ割り振られ、蘭印方面は軽爆撃機中心となっていた。
爆撃の中心は、97式軽爆撃機と99式襲撃機である。その99式襲撃機は、航続距離の関係で全て99式襲撃機改で編成されていた。
そして、何故か今回も我々の小隊だけは別な機体が用意された……
「あっ! 乾中尉の小隊の機体はこっちです」
「あれ? この99式襲撃機は初期型のじゃないか?」
「99式襲撃機改は1,600kmの航続距離がありやすが、原型のこいつあ1,000kmしかありやしませんよ!」と、説明ありがとう、まっつ。
「パレンバンまで、700km以上あるんですよ! 帰って来れませんよ。自分は泳げないんですよう」と、毎度同じ文句を言う大多賀。
「こいつは、別製です。今回の空挺作戦用に作った別製の特別製です」
「またかよう! 何でウチらばかり、毎回キワモノに乗せられるんだよう!」
「辻参謀が、こいつを操れるのは乾中尉達しかいないって推薦してったらしいですよ」
「つじいー! あの野郎、どこに居やがる? ホ103で一連射してやる!」
「辻参謀なら、参謀本部に呼び戻されたとかで内地に帰還しましたよ」
「なあにい?」
「つじいー! 次に会った時が、てめえの命日だ!」と日本の方角に叫ぶ乾であった……
99式襲撃機改Ⅲは、基本的に初期型と変更点は後部座席が無い位である。が、今回の作戦に当たって、お買い物船団(来島義男命名)がドイツより持ち帰った、FW190戦闘機の機体各部の作動機構が電動であることを参考にして、ある工夫がされていた。
今回の空挺作戦での乾達の役割は、挺身隊の火力不足を補うことであった。本来なら、パレンバンから100km離れたムシ川河口沖にでも、空母を浮かべて支援をすればいいのだが、各方面で絶賛作戦中の海軍が空母を回してくれる訳は無く。たとえ空母の空きがあったとしても、他国同様に決して良好な関係とは言えない、日本陸海軍の間柄で貸し出してくれるとは思えなかった。
1941年11月末
ドイツからのお買い物軍団が、別府に到着して翌日に別府造船を訪問……いや、急襲した者達が居た。
「社長、日商の高畑さんがいらっしゃってます。もう一人のお客さんと一緒に」
「何っ! そんな予定は無かったはずだぞ。いずれにしても面倒事しか考えられない…… 居ないと言っておけ!」
「いや、待てよ、もう一人って誰だ?」
と、だらしない恰好でお汁粉を食べながら、秘書に返答する九州に覇を唱える別府造船グループ総帥、来島義男社長であった。
「陸軍の軍人さんで、瀬島さんて高畑さんが言ってましたよ」
「何っ! 瀬島龍三か? 参謀本部の?」
「そう言えば、参謀さんとか言ってましたよ」
「この辺のものを片づけるから、1分後に部屋に通してくれ」
そして、1分後に社長室に二人を通した秘書(と言う名のおばちゃん)は、目を見開いた。そこには、先程までのネクタイは外し、袖まくりしてお汁粉を食べていた義男の姿は無かった。そこに居たのは、キチンとネクタイをし、ロンドンのセビーローで修業したという銀座の仕立屋の背広を着て、普段は掛けない銀縁の眼鏡まで掛けた姿は、業界の切れ者と勘違いされる程の擬態であった……
「いやあ来島さん、今日は一段と一流の企業人に見えますなあ。そうそう、こちら陸軍参謀本部の瀬島大尉です」と笑いながら日商の高畑誠一が部屋に入ってくる。その後ろに参謀本部の瀬島龍三大尉。
「いつもですが、突然の訪問でびっくりしていますよ。高畑さん」
「始めまして瀬島大尉、ご活躍は耳にしております。別府造船の来島です」
「初めまして、陸軍参謀本部の瀬島です。ノモンハンでは、99式襲撃機のお陰で何とか日本の判定勝ちに持ち込めました。その99式襲撃機を開発した来島さんにはいつか感謝を申し上げたいと思っていました。99式襲撃機だけではなく、数々のアイデアを出して頂いてるとか……」
「いや、大したことはしていませんよ。アイデアは出しましたが、完成させたのは渡辺鉄工所の技術者達です。彼らを褒めてあげてください」
「それだけでは有りません。失礼ですが、九州の小さな造船所を日本を代表する企業体までにしたのは、来島さんだとお聞きします。今回の件といい、時代の趨勢を見る目が鋭いと感じます」
「いやあ、そんなに持ち上げられても、何も出ませんよ。ただ、運が良かっただけ。まあ、我ながら、運を持ってる方だとは思いますね」
「確かに、来島さんは持ってますねえ。いや、知っているとも思えますね……」
「えっ?」
「まあ、挨拶はこのくらいにして、本題はドイツからの船の中身についてなんですがね」と、高畑がそろそろ商談にと話を変える。
陸軍としては、義男がドイツから持ち込んだブツは何がなんでも欲しいと、日商を窓口として交渉に当たろうとしていた。
瀬島は、交渉の最終判断をするために派遣されていた。本来は、主計の役割であり参謀本部作戦課の参謀が出てくる様な案件では無かった。
瀬島は、個人的な興味として義男に会いたいと思っていた。自分も参戦したノモンハンにおいて、縦横無尽に活躍した「空飛ぶ戦車」99式襲撃機。そして、その主力武器たる別製爆弾架台。また、その後の99式襲撃機の改修、河川多目的運用船、ホ103のマ弾なども義男のアイデアであることが、参謀本部では不思議に思われていた。
「単刀直入に申し上げると、陸軍は正規の値段の2割乗せで全て購入したいと言っています」と高畑が購入交渉に早速入る。
義男としても、元々陸軍に売るつもりだし、13年前に買ったり投資した時の10倍になっているし、なんならここ10年での技術導入で元は取れていた。
「日本に運んでくる船賃も掛かってはいるんですがね……分かりました。その条件でお受けいたしましょう。私も愛国者の一人ですので、お国のためになるのであれば苦労して持ち込んだかいが有ります」
元々、陸軍に売るつもりだし、運送費が少々掛かっていて正規の値段から幾らも儲けは無いが、既に儲けは出ているし、義男にはある考えがあった。
「瀬島大尉、一つ条件を付けさせて頂いて宜しいでしょうか?」
「条件とは何でしょう? 私で判断出来る事であれば……」
「いえいえ、そんなに大した事では有りません。武器の使用法を私の意見も入れて欲しいのです」
「武器の使用?」
「そうです。例えば、マウザーの20mm機関砲ですが、これは前線のエースパイロットに優先的に使って貰いたいと思っています」
「また、MG34機関銃は重機関銃として用いるための大型の三脚Lafette 34(ラフェッテ)も100基ほど仕入れております。これを使うと有効射程3,000mとなります。飛行場の急速な制圧などに打って付けでしょう。空挺作戦の火力として持ってこいです」
「おやおや、来島さんは陸軍の機密もご存じで……」
「いえいえ、機密など存じておりません。地球降下作戦にはピッタリかと」
「ははは、地球降下作戦はいいですね。どこに降下するか分からない。これはいい!」
何故か、「地球降下作戦」を気に入った瀬島は参謀本部に持ち帰り、秘匿名称「地球降下作戦」はパレンバンの油田、石油精製所奪取の作戦名となった。
「今日は、有意義な話が出来て良かったです。来島さんを参謀に引き抜きたい位ですよ」
「いえいえ、こちらも日本の商社のトップ二人とお話しできて大変有意義でした」
「商社のトップ二人?」
「いえいえ、日本の商社のトップと日本陸軍のトップと言おうとしたのですが、最近少しボケて来ておりまして、ははは」
義男は、二人を送り出してソファに背中を預け
「間違っちゃいないよ。日商岩井と伊藤忠商事の社長って、日本経済界のレジェンド二人に会って感動しただけだよ」
義男は、転生前の学生時代に商社を第一志望としており、財閥の一族社長では無い叩き上げの二人に対して尊敬の念を持っていた。
「それにしても、持ってるじゃなくて、知ってるかあ……流石、参謀は頭が切れる」
高畑は、鈴木商店ロンドン支店長時代にカイザーが商人となったような男と呼ばれていたが、瀬島は瀬島で参謀が商人になっただけに、大手商社の考えつかない手で伊藤忠商事を大きくしていった。
義男は、改めて昭和の財界人トップの凄さを思い知った……
さて、義男は、帰りしなに「私で良ければ、いつでも助言させて頂きます」といい、直ぐに挺身部隊の火力不足を補う方法が無いか助言を求められることになった。
そいつが、乾達の乗機である。
「乾さん、こいつは99式襲撃機改Ⅲ バルキリーです」
「何すか? そのバルキリーって。確かにこいつはノモンハンで缶切りとは言われたけど」
「名前の由来は、分かんないです。とにかく、そう呼ばないといけないそうです」
バルキリーは、アイデアを出した義男が「この名前じゃなきゃダメなんだ! 絶対に!」と、報酬その他を辞退してまで押し込んだ。
陸軍も、この作戦のみだし「まっ、いっか」となり、今に至る。
99式襲撃機改Ⅲ バルキリーの主な改修点は尾輪を電動モーターで伸ばし、機体を水平以上に出来ることだった。このことにより、地上に居ても機銃掃射が出来る。
また、翼下に八十九式重擲弾筒を片翼に4基、合計8基搭載した。機銃と合わせて地上での火力支援に用いるため、射角30度、俯角5度まで機体の角度を変えることができた。
八十九式重擲弾筒の発射装置は、ワイヤー式の簡素なものであり、挺身部隊が取り外して使える様になっていた。
機体下部にMG34機関銃を三脚Lafette 34(ラフェッテ)と弾薬2,000発を入れたコンテナを2個釣り下げ、八十九式重擲弾筒同様に挺身隊に提供することとした。
後部座席を撤去した空間には、八十九式重擲弾筒の弾薬18発ずつ入れた布袋8袋が入れられていた。
乾小隊の3機で、MG34機関銃6挺と弾丸12,000発、八十九式重擲弾筒24門と弾丸432発を挺身部隊に提供出来る計算である。挺身部隊は、手榴弾とベルクマン短機関銃のみの武装であり、乾達からの武器が円滑に入手できるかに作戦の成否が掛かっていた。
当初は、物資投下担当飛行第98戦隊が落下傘で物資を投下する予定であったが、自由落下の落下傘降下ではどこに行くか分からず、投下した武器・弾薬が入手できないことを危惧し、乾達に使命が言い渡されることになった。
クワトロ大尉の百式司令部偵察機による、「パレンバン上空に機影無し」の打電により、先ずは軽爆撃機部隊による敵陣地に対する爆撃が行われた。
重陣地には、98式軽爆撃機の100kg爆弾が、他は広範囲の制圧を狙い99式襲撃機が別製爆弾架台乙で八十九式重擲弾をばらまいた。また、12,7mmで敵陣地と思しき場所はしらみつぶしに機銃掃射していった。
降下部隊は、パレンバンの市街地北方10キロにある飛行場の東西両側に落下傘降下をする予定であったが、飛行場の制圧具合を見て挺身部隊を率いる久米大佐は、乾小隊と共に挺身部隊を飛行場に強行着陸させた。これは完全な奇襲作戦となった。
この時、ハドソンやブレニムからなる連合軍の飛行部隊はスマトラ島上陸に向かう第38師団の輸送船団の攻撃に出払っており留守であり、飛行場守備隊は爆撃隊が帰って来たと誤解し、対空射撃も無かった。
「よっしゃー!大多賀、まっつ、降りるぞ!」
「飛行場に戦車とか居ないでしょうね!」
そう、幾ら「空飛ぶ戦車と言われた襲撃機」でも本物の戦車には叶わない。
「大丈夫でしょうかねえ? 自分は泳げないんですよう」
うん。大多賀は他の言葉を知らないのか……
「とにかく、怪しいと思ったら、機銃でも擲弾筒でもぶっ放せ!」
飛行場に強行着陸した乾小隊は、飛行場の中央に陣取った。三方向に銃撃出来るような三角陣形を取る。そこに、久米大佐始め挺身部隊が集まってくる。
流石に気づいた飛行場守備隊が銃撃を始め、それに応戦する挺身部隊との地上戦が始まった。そして、地上戦の主役は99式襲撃機であった。
「まっつ、正面の機銃を潰せ! 擲弾筒食らわしてやれ!」
「了解! 熱いやつを喰らわせてやるぜ!」
松井は、水平だった機体を下げておよそ30度の仰角を稼いで、300m先の敵機銃に擲弾筒を2発発射する。直撃はしなかったようだが、機銃は沈黙した。
今度は、左から射撃を喰らう。
「左舷! 弾幕薄い! 何やってんの!」
大多賀が機体を左の敵に回し、12,7mmを連射して敵を黙らせる。機銃で敵の頭を下げさせた所に擲弾筒を発射して止めをさす。
各機の擲弾筒を撃ち尽くした頃、敵の銃撃が静かになった。そのすきに、挺身部隊が乾達の機体に取りつき、機体下部のコンテナを降ろしMG34を取り出す。翼下の擲弾筒も外され、後部座席後から擲弾も取り出し、各々遮蔽物を見つけて仮の陣地構築を始める。
戦闘機隊より、パレンバン飛行場に戻る機体を発見し、全機撃墜したとの無電が入る。
一安心かと思ったが、飛行場に戦車を始め敵兵多数が接近中という追加の連絡もはいる。
うちらは燃料無いから、後は宜しくねと言って戦闘機隊は帰って行った……
こらあ!帰って来ーい!と戻ってくる訳も無く、自分たちも帰りたいが帰り着くまでの燃料が無い。何より、乾小隊は挺身部隊の火力支援としてパレンバン占領まで現場に居なくてはならない命令であった。
「大多賀! まっつ! 燃料と機銃弾の残量は?」
「30分くらいの飛行なら行けますぜ! 機銃弾は150発!」
「大多賀も似たようなもんです!」
こういう時は、12,7mmを500発も積んでる事に感謝する。かなり、撃ったが擲弾筒も併用しているので機銃弾が100発以上残ってるのは嬉しい限りだ。
「ようし! 久米大佐、ちょっと上に上がって上空から戦車を撃破してきます」
「おう! こちらは任しおけ。重機関銃が6門に擲弾筒24基もあるんだ。簡単にはやられんよ」
上空に上がると、市街地方面から戦車を先頭に連合軍の装甲車部隊がっやてくるのが見える。ざっと、敵兵約500という規模だ。飛行場までは500mの距離まで来ている。
「大多賀! まっつ! いつも通りに行くぞう!」
乾達は、一度敵部隊を追い抜いて後方から最接近し、戦車・装甲車の後部エンジン部を狙う。乾が、ノモンハンで確立した対戦車攻撃だ。厚い装甲を持つ戦車でも後部や上部は薄くせざるを得ず、そこを的確に攻撃していく。
戦車・装甲車を撃破した所で弾切れとなったが、飛行場からMG34機関銃の銃撃がはじまり、散開した擲弾筒部隊に擲弾筒をつるべ打ちされて敵部隊は壊滅した。
激戦を制した降下部隊は飛行場制圧を報告し、夜までに第2梯団がパレンバン飛行場に到着し、夜の内に第1梯団と協力してパレンバン市街に突入、同市を占領した。
戦果としては石油25万トン、英米機若干とその他の兵器資材を鹵獲し、放火により油田設備の一部に火災が発生したものの大規模破壊は避けられた。
乾達も飛行場に残った燃料を発見し給油し、第2梯団が運んできた12,7mm機銃弾を各機400発補充し、夜間も挺身部隊を支援し占領に貢献した。
「どこまでも行こう 道は厳しくとも 幸せが待っている あの空の向こうに あの星を見ながら迷わずに行こう」
「隊長、のんきに歌など歌わんといてくださいよう」
「いいじゃないのう。もう、パレンバンも占領したんだし、敵機ももうこの辺には居ないしさあ」
「あの星って、北斗七星の隣の星ですか? あれ、死兆星って言うんじゃなかったでしたっけ? 自分は泳げないんですよう」
「ああ、何を縁起でも無いこと言ってんだよう! そんなもの見えねえよ!」
何はともあれ、乾小隊は今回も任務を全うすることが出来た。
第38師団主力も当日にバンカ島に到着、翌日にに先遣隊が超大発でムシ川を遡上しパレンバンに到着した。師団主力も2日後にパレンバンに到着、周辺地域を確保し空挺作戦の目的を完全に達成した。
なお、日本内地においては「強力なる帝国陸軍落下傘部隊は…」で始まる大本営発表第192号にて、挺進連隊の活躍とパレンバン空挺作戦の成功を発表、陸軍落下傘部隊は「空の神兵」として大いに喧伝され、のちに作られた映画や軍歌のヒットと合わせて国民に広く知られ親しまれることになる。
蘭印作戦において、日本軍の進撃は留まる事を知らず、やがてジャワ島に対しても空襲が行われるようになった。連合軍はホーカー ハリケーンやブリュスター バッファローで対抗したが、二式戦闘機や零式艦上戦闘機の敵ではなかった。連合軍は更なる戦闘機を欲し、インドに輸送途中のカーチス P-40を引き抜くことにした。水上機母艦に改装された元空母の ラングレーは、元飛行甲板上に32機のカーチス P-40 戦闘機を33名のパイロットと共に乗せ、貨物船シーウィッチ に も、P-40戦闘機 27機を梱包状態で搭載しジャワ島に向けオーストラリアのフリーマントルを出撃した。
バリ島沖で日本軍の索敵機がラングレーを発見し、バリ島に進出していた高雄航空隊の一式陸上攻撃機17機が攻撃に向かったが、ジャワ島からの救援の戦闘機部隊に1式陸攻が3機撃墜され、高角砲4門と40mm機関砲16門に阻まれラングレーを取り逃がしてしまう。
無事にカーチス P-40 戦闘機59機をジャワ島に届けたラングレーだが、夜間にパレンバンから飛んできた乾小隊に別製爆弾架台の攻撃を受け撃沈している。ラングレーの撃沈は、乾小隊を誘導した百式司令部偵察機が確認している。
ラングレーの撃沈は、この時期に始まった「東京ローズ」によって海外に発信された。
「黒い三連星、英軍空母に続き米空母を撃沈!」と、盛んに喧伝されることになる。
ジャワ島に陸上げされた59機のカーチス P-40 戦闘機のその後は、篠原達の撃墜マークへとなり果てた。
マレー作戦から続く歴戦で、篠原は撃墜数を150機まで伸ばしていた。加藤建夫は16機。
加藤正治が、60機。上坊良太郎も60機。樫出勇が24機。1月から参戦の黒江保彦が20機と各自撃墜数を伸ばしていた。この6人で南方作戦の敵機撃墜数の7割を稼いだと言われている。(海軍機含む)
3月に入り、ジャワ島も占領され南方作戦が完了すると、我々には昇進と機種変更のための内地帰還が言い渡された。
嫁さんや子供に会えると喜んだ一同であったが、機種変更の後は更なる激戦地に向かうことになるのであった。
いよいよ、次からソロモンの戦いです。
どんな新型機が出てくるのか乞うご期待!
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