バーラン王宮
翌朝早く、アデレードの乗る馬車は国境に向け出発した。
国境を抜け、サラド国内に入り、最短ルートでバーラン王国に向かった。
サラド国は小国であるが、立ち寄った街はどこも賑わっていた。
アデレードは馬車の窓からの風景に、驚くばかりだ。
アデレードが馬車の背もたれに身体を預ける。
「ミュゼイラ、バーランでは勉強をしたい、知識が欲しい。」
アデレードは侯爵邸では、ミュゼイラの用意した本で勉強していた。
「アデレード様、もちろんです。
その為にも、体力をもどさねばなりません。
でも、焦りは禁物です。」
侯爵家を出て5日後、馬車はバーラン王宮の門に着いた。
「ウォルフ・キャストレイ帰還した。
王に取り次ぎ願う!」
ウォルフの顔を見た門兵達が敬礼をするのを見て、アデレードは、自分の為にどれ程の人物を用意してくれたのだろう、と思う。
案内の兵士を先頭に、ウォルフ、ミュゼイラ、アリステア、アデレード、ショーン、ベイゼルと続いて王宮の中を進む。
大胆な造形が彫刻された扉の前に案内されると、静かに扉が開かれた。
豪華なシャンデリアが輝く天井は装飾画で飾られ、壁も彫刻が施された豪華な部屋である。
正面高座には、王、王妃と王太子。
「アデレード!」
ダリルが駆け寄ってきて、アデレードを抱き締めた。
「ダリル、待って、皆が見ている!」
今にもキスしそうなダリルを、真っ赤になったアデレードが止める。
「アデレードよく来た。顔を見せておくれ。」
ダリルの後ろから声をかけてきたのは、バーラン国王。
ロクサーヌの葬式で会ったアデレードは、子供らしい体型の美しい少女であった。
ダリルから話を聞いていたとはいえ、アデレードの細さに胸が痛む。
アデレードも察したのだろう。
にっこり笑った。
「これからです。」
王妃がアデレードの前に立った。
「私は王妃サンドラ、貴女に会うのを楽しみにしてました。」
アデレードが礼を取るのを、いらないわ、と止める。
「すぐに医者の手配をします。診察をしてもらいましょう。
男の子ばかりで、女の子は嬉しいわ。」
王の隣に立つ王妃は、微笑んでアデレードの手を取った。
「陛下、私、アデレードとお揃いのドレスが欲しいわ。」
「ああ、それはいい。すぐに仕立屋を呼びなさい。」
女の子は楽しいわ、と王妃は王に話している。
アデレードが王、王妃と話している間に、ダリルはショーンに声をかけた。
「君の事は、ミュゼイラから報告がきている。」
「ショーン・キリエです。
キリエではなく、旧姓のショーン・マドラスと名乗るべきかもしれません。」
「いや、キリエでよいだろう。君はアデレードの兄だ。
歓迎するよ。」
ダリルの言葉に、ショーンは深い礼をした。
ダリルはショーンのことも調べてあった。
そこには、トルスト王国学園秀逸の人材と報告されていたのだ。
特に土木においては、学生ながら突出した才能であった。
レポートで出した橋の改修工事は、採用されて建設に入っている。
他に、語学と戦略の才能も報告がある。
『お前の頭は、僕の時代に必要だからな。』
ギリアンが言った言葉は、誇張などではなく、どこの国でも必要となる頭脳であった。
「王宮にアデレードの兄として部屋を用意しよう。」
「ダリル殿下、僕は王都で仕事と部屋を探そうと思ってます。」
ショーンは、ダリルの申し出を丁寧に断る。
ダリルは、腕を組むとニヤリと笑った。
「遠慮はいらない。
働いてもらうつもりだからね。
弟と同じ学校に通い、この国に役立ってもらう。
頻繁に氾濫する河があってね。
何度も橋が流されている、これを研究して欲しい。」
ダリルの言葉に、ショーンは目を見開く。
「かしこまりました。
殿下の期待に添えるように、尽力いたします。」
「よかったよ。」
アデレードが簡単に、ダリルの正妃になれるとは、ダリルもショーンも思っていない。
アデレードは王の姪だが、他国の貴族であるだけだ。
ショーンが功績をだせば、それはアデレードがダリルの正妃になることの助けになる。
好きだけでは未来の王妃になれない。
国に貢献できる結婚であること、国にとって有意義な結婚であること。
ダリルが寵愛する愛人として、大事に大事にする事は簡単だ。
だが、それはアデレード自身が許さないだろう。
アデレードは負ける事や逃げる事が嫌いで、しかも頑固だから。




