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番外編 明日への歩み

アデレードはユリシアの隣に屈み、泣いているカサブランカを見る。

「優しいお義姉様に、私は何度も救われました。きっと、彼女もそうだと思うわ」

「いいえ、助けられたのは私の方よ」

ユリシアとアデレードはお互いを見合って笑った。

それにより、緊張していた場が緩む。


アデレードが立つとユリシアも続いて立ち上がり、アデレードの身体に負担がかからないように椅子に案内する。二人が元の椅子に座ると、カサブランカと支配人が床に膝をついて座る形になっていた。


「カサブランカ、貴女を罰せねばなりません」

アデレードは王太子妃として、王族として確固たる立場でなければならない。

罵声を浴びせられたにすぎないが、それを許すわけにいかないのが秩序だ。


カサブランカは元貴族、貴族が平民を罰をするのは分かっている。心残りは息子のことである。

我慢しないといけなかった。


「私の父はトルストで侯爵でした」

アデレードは静かに言葉を選んで話し始めた。

「トルストとバーランの開戦を阻止しようと、家にいることもないぐらい奔走していました。

今はとてもその気持ちがわかります。

子供が戦争にいくことがないよう願う気持ち」

ダリルが戦地に向かった時、心臓が潰れそうだった。ダリルの生存が不明の時、生きる意味を無くしそうだった。

それが、我が子ならばどうだろう。

アデレードは、そっとお腹に手を当てる。

「貴女が私を恨むのを、捨てきれるものではないのでしょう。

それは、自分の子供を戦地にやってまでも叶えたい恨みなのですか?」

恨みを晴らすために、もう一度戦争をして勝ちたいのか? とアデレードは聞いている。


アデレードの問いかけに、カサブランカは身体を震わせて、首を横に振る。

「どうして戦争という道を選択するの!!?」

(うめ)いたような声なのに、カサブランカの声は叫んでいるように聞こえる。

「トルストを裏切った妃殿下もサンベール公爵も生きていて、国の為に戦った夫が死んだのは、どうして?」

アデレードを非難する言葉で動こうとした護衛を、アデレードが手で制する。

サンベール公爵と聞いて、ユリシアは目を伏せた。

ショーンがカサブランカに魅了されているのはないか、と不安に思っていたことが恥ずかしい。

カサブランカはショーンを恨んでいる、それをショーンは知っているのだろう。それは色恋ではなく、罪悪感なのかもしれない、とユリシアは思った。


「私は、父と同じように戦争を避ける道を探したい。これから生まれる我が子を戦地に送りたくない」

今は平和でも、アレクザドルや他の国といつか戦争になるかもしれない。

アデレードはカサブランカを見た。

もし、本当にアデレードを恨んでいるなら、ナイフを持って近づくこともできたはずだ。

カサブランカは、貴族令嬢として育って剣など持ったこともないのだろう。

カサブランカは歌があったけれど、カサブランカのように大事な者を失くして底辺を彷徨っている者は多いはずだ。それは不安分子となっていく。


「カサブランカ、貴女をバーランから追放としましょう。

貴女の息子はサンベール公爵家を後見として学校に預けます」

カサブランカと息子を離すということを、カサブランカが納得するはずもない。

立ち上がってアデレードに駆け寄ろうとするのを、護衛より早く、カサブランカの身体を支えていた支配人が腕を握って止めた。


「私の駒となって他国の情報を探りなさい。

学校が長期休暇の間は戻って来て、私に報告するのです。

息子は人質です。

貴女の歌ならば、人々は心を許すでしょう。

その国で何をするかは、私には(あずか)り知りません」

アデレードの言葉を、ユリシアが微笑んで補足する。

「平民となった貴女の息子では、貴族学校に入学するのは無理でしょうが、我がサンベール公爵家が後見と成れば話は別です。安全に学業に専念できます。

そして他国で情報収集するために、妃殿下は費用をお渡しになります。

例えば情報収集のために貴女が元トルストで公演をして、混乱している国の民に影響をおよぼしても(あずか)り知らないと申されているのです」

アデレードの立場では、王太子妃を侮辱した人間を許すことは出来ない。そうやって追放されたとなると、情報は集めやすいだろう。


「私も貴女も、いろいろ違う。

けれど、母、という立場は同じ」

ダリルと結婚して子を授かった。幸せを守る為に、王太子妃、王妃だからこそできることがあると思う。

避けれない戦いかもしれない、避けれる戦いもあるかもしれない。

アデレードはそれだけ言うと立ち上がり、桟敷席から出ようとして足を止めた。

「支配人、貴方に彼女を預けます」

戦争を避けるためには、生きた情報が必要なのだ。そして女一人では危険だから、支配人に着いて行けと暗黙に促す。


若くして支配人になったのは、劇場を後援している侯爵家の次男だからだ。アデレードの真意を理解する経験も知識もある。自分ならば他国で公演するつてもあり、妃殿下から費用と共に配置される護衛を使うこともできる。

「はい。必ず年に2回、妃殿下に報告にあがりましょう」

緊急な場合も自分ならば連絡する方法がある、と支配人はアデレードに頷いた。

妃殿下は国を、未来を生きる子供を守る同士としてカサブランカを認められた。ならば、自分はそれを守るのだ。


護衛が先導してアデレードが出て行く後ろを、ユリシアが着く。その後ろをさらに護衛が守る。


「カサブランカ」

支配人が声をかければ、

「ありがとうございます」

カサブランカは両手を握りしめて、アデレードとユリシアが出て行った出口に深く頭をさげた。

生きる目的ができた。

私達の恨みを、子供には引き継がせない。


これで完結となります。

母や義母との縁が薄いアデレードでしたが、生まれる前から子供を守ろうとする母でした。

子供が出来て大喜びのダリルとかショーンとか書きたかったのですが、アデレードとユリシアの話でいっぱいになりました。

この話を書けたのも、読者の皆様のおかげです。

ありがとうございます!

violet

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