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番外編 戦いの傷跡

公演が終わり、カサブランカがアデレードに挨拶に来るという。

アデレードとユリシアは、バルコニー席で待っていた。もちろん、王太子妃であるアデレードを待たせるなどゆるされることではないので、カサブランカが終演後舞台衣装のまま、桟敷に急いで来るまでの間である。


ユリシアとアデレードが肩寄せあって、舞台の感想を言い合う姿は一枚の絵のようだった。

それは、急いで駆けつけたカサブランカも美しいと思った。だからこそ、胸の奥に黒い染みが広がるのを感じていた。


美しく生まれて、苦労もせずに男達の庇護の元に生きている。


「ご観賞をいただき、光栄であります。カサブランカと申します」

思いとは裏腹の言葉が、スラスラと出てくる。

元々、歌が上手いとはいわれていだか、幼子を抱えて逃げる道中で歌が変わった。

生きるために歌い、夫を殺した憎い敵国でお金を得るため歌った。妊娠中に出征し子供の顔を見ることなく亡くなった夫への届くことのない想い、敗戦国での内乱と恐怖。憎まなければ生きる力を無くしそうだった。

子供の為に、生きねばならない。


長い間緊迫状態にあった両国が、交戦になった理由

はいくつもの噂あった。

その中に、王太子の美姫アデレード奪還もあるのだ。

奪われた元婚約者を取り戻すために、王太子が開戦を決断したと。


「美しい歌声でした。何より、心の奥底に響くように聞こえてくるわ」

ユリシアがカサブランカを褒める。ショーンの事で不信を抱いていても、事実は認めるのだ。

ユリシアとアデレードが始めて会った時もそうだった。

アデレードは、ユリシアの横顔を見つめていた。


「公爵閣下のご支援のおかげで、権威ある劇場で公演させていただけるのは、身に余る栄誉であります」 

カサブランカは、舞台の続きともいえるぐらいに妖艶に微笑んだ。そして、低く腰を落とし、美しいカーテシーをするのは貴族の証。

「妃殿下に拝謁の誉れ、カサブランカ、何よりの喜びであります」

貴族の名を捨てて、カサブランカと名乗らねばならなかった。


カサブランカが顔を上げれば、豪華なドレスに宝石に飾られた髪。

王太子妃アデレード、美しい姿があった。


舞台での繊細で優雅とは程遠い低い声が、その場に響く。

「貴女のせいで!

返して、あの人を返して!」

カサブランカ自身も、衝動的にしたことだった。

アデレードのせいではないと分かっていても、誰かを憎まずにはいられなかった。

直ぐに護衛に取り押さえられ、膝をついた。


「どうして戦争なんてしたの! どうしてあの人が死ななければならなかったの、返して!」

力のない女の身体。押さえつけられたカサブランカは抵抗もできず、涙を溢れさせて叫んだ。


私のせいじゃない。

アデレードは、言えなかった。

だから、父は戦争を避けようと奔走したのだ。叶わなかった結果がここにある。


「貴女の歌に、どうして惹かれるのがわかったみたい。」

ユリシアが押さえつけられているカサブランカの視線に近くなるように、(かが)んだ。

「貴女の心が血を流しているから」

その血に魅せられる。

「貴女の大事な人、そして誰かの大事な人を戦争は奪ってしまった。

貴女の歌声は正直よ。恨みだけではない、優しさも希望も聞こえる」

ユリシアの言葉の途端に、カサブランカが泣き出した。

それまで耐えていたものが溢れ出したかのようだった。


そして、その泣き声さえも歌に聞こえる。

神は彼女に歌を与えた、その場にいた誰もがそう思った。


ショーンは軍師として誰も考えつかない戦略をたてた。それは、大きな被害を与えて短期決戦で終えるようにした戦略だ。

長期化すれば、もっと甚大な被害になったとはいえ、勝つ為には多大な犠牲が必要だった。

ダリルもショーンもその死を背負っている。


「大丈夫よ、彼女を離してちょうだい」

アデレードが護衛に指示するも、彼らも職務だ、簡単には離さない。

「これ以上の狼藉をするなら、最初からしたはずよ。それに、彼女には守らなければならない者がいるから」

凶器などを持っていないことを確かめて、護衛はカサブランカを押さえつけている腕を放したが、直ぐ側に居て臨戦態勢を緩めない。

劇場の支配人がカサブランカに駆け寄り、彼女を守るように寄り添った。

「妃殿下、この度の不祥事、私の監督不届きもあります。

大変申し訳ありません」

頭を床に着く程下げる若い支配人が、カサブランカに陶酔しているのは見て分かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 人の上に立つ人が起こったものの責任を取らなければならないのは、権力があるという事とイコールですからね…それに耐えるのも人の上に立つ人の定め。権力のある地位とは孤独なものですから、それを知る事…
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