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番外編 聖女の裏側

王宮の門の前につめかけた市民に手を振りながら、アンは馬車に乗る。


侯爵邸に着くと、侯爵は足早に執務室に入った。

もっと民衆を(あお)らねばならない。先導する人間を増やそう。


アンは自室で王太子の姿を思い出していた。

どうしても王太子妃になりたい、そのためにはどうすればいいのか。

貴族より平民の方が圧倒的に多い。

どうして貴族ばかりが力があるのか。

軍だって、実際に戦地で戦うのは圧倒的多数の平民の兵士達だ。

でも、どうすればいいかわからない。


貴族になってからの方が足かせが多い。

作法や礼儀、そんなのばかり注意される。貴族って綺麗な服着て、美味しい物を食べて贅沢に暮らせると思ってた。

謁見室だって、もっと王太子の近くに寄ればこのペンダントの力が効いたはずなのにと、胸元の古びたペンダントを握りしめる。

このペンダントを貰ってから、何もかもが思い通りにいく。きっと魔法のペンダントなのよ。


元々美しい街娘として有名だったが、2年前の王太子の成婚の頃に両親が亡くなり、訪ねて来た老紳士がアンの運命を変えた。

『おじいさまの形見です』

父も母も町の出身で、そのような身分のある祖父がいるとは思ってなかった。

『主は亡くなるまで、昔手放した貴女のお母様の事を思ってらっしゃいました。

正当な後継がいるため、引き取ることはかないませんでしたが、こちらを』

そう言って差し出したのは、何年も暮らせるだけの金子(きんす)と古びたペンダント。

『こちらは先祖代々の石が付けられています。必ず離さぬようお持ちください』

それからは、あきらかに男達の態度が変わった。

美しい娘と好感をもたれる事が多かったが、それ以上になった。

アンの願い通りに動いてくれるようになったのだ。


そんなある日、手紙が届いた。

その手紙の通りに、書かれた場所で火事が起きる、と言った。

別の日には、拐われた女性達の監禁場所が手紙に書かれていた。

何度も何度も手紙を受け取った。

差出人のない神からの掲示。




王宮では、アデレードが置手紙を残して消えていた。

『お任せください。

証拠を掴んだら連絡をするので、軍の用意をお願します』

護衛のベイゼルと侍女のミュゼイラとアリステアを連れて行ってるのが、僅かな救いであった。

だが、アデレードの容姿は目立つし、知られている。

手紙を握りしめて、ダリルは苦笑いしていた。

「まったく君は」

アデレードが紛れ込んだであろう王都の方を見た。



豊かな髪は泥で汚して質素な紐でくくる、顔はメイクで美貌を隠し火傷の跡に見える物を張り付けた。

4人それぞれで侯爵家の下働きに入り込んだ。

ベイゼルと侍女二人はキリエ侯爵家で偽装していたこともあり得意だ。


ダリルは私のものよ。

だから、私が追い払うのよ。


アデレードが調理場の下働きに入り、ベイゼルは従者、ミュゼイラとアリステアはアンの侍女になった。

今までいた侍女をアンが追い出したらしく、マナーを教えられる侍女を探していたのだ。


王太子妃のアデレードが長く王宮を離れる事は出来ない、短期決戦である。


侍女のミュゼイラはアンの食事を取りに来た時に、アデレードと情報交換する。


「ベイゼルが侯爵が薬を用意していると言ってる。

貧民街に大火を出して、そこを救護しようとしているのかもしれない。

大火を予知するだろうから、場所と日にちを調べてちょうだい」

すでに過去の手紙は押収して王宮に送った。

予知しても大火になるようにするには、付け火をする風向き家屋の密集度、条件が必要だ。

大火になれば、自分達を救ってくれた聖女を旗印として暴動が起きるかもしれない。

それを沈静するための条件が王太子との結婚、想像がつく。


ダリルはベイゼル達が簡単に屋敷に入り込めた事が不審でならない。

これだけの事を考えているにはお粗末なのだ。

これは、誰か他の人間の意図で動かされていると考えるべきか。

たとえば、他国からの介入。

考えられるのは、アデレードを狙う罠。

それでも、アデレードは飛び込むのだろう。ならば、自分は早期に終息させるのみだ。


ダリルは招集をかけた側近、司令官達と他国からの情報を照合する。

侯爵と平民の聖女も愚かすぎる。

いざとなれば、諜報に始末させる。民衆を誘導する大義名分はいくらでも作れるというのが分かっていないらしい。

「殿下?」

「もしも市民が蜂起したら最小限の被害で制圧する為に、武器の準備をしておくように」

「殿下、最小被害は、市民ですか、我軍ですか?」

「聖女を信じて蜂起したらリスクがあるというのも、示さねばならないだろう」

歯向かう者まで守る必要ない、とダリルは指示する。


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